第1話 魔族令嬢リリアナ・フェルナンドは成人を迎える
世界は表裏一体であった。
人族の多くが住まう世界には、精霊族と呼ばれるエルフやドワーフ、人魚も住む自然が多くある。天空には竜族や有翼族の住まう浮き島があり、様々な種族が時に争いを起こしながらも、世界は均衡を保ち存続していた。
その中で、特に争いの絶えない裏の世界が、我ら魔族の住まうデズモンド。
凶悪な魔物が跋扈するこの地では、力こそが絶対だった。
◇
今日、私はデズモンドを治める魔王様から王命を賜る。
魔族の貴族子女が十六歳の成人を迎えたことを祝しての習わしだ。といっても、大層なことではない。だいたいは親の後を継ぐようにとか、どこそこの貴族に嫁げとか、そういった話を進めるだけだ。
私はフェルナンド公爵家の三女。お父様の後はお兄様が継いだし、二人のお姉様もすでに嫁いでいらっしゃる。私も、どこぞの貴族令息へ嫁ぐよう賜るのだろう。
だけど──
ついと窓の外を見る。
もやもやとした私の心とは裏腹に、空は雲一つなくて真っ青だ。
清々しい空を、魔鳥の影が横切るのを見て、不安がよぎる。ここは王城に近いから、魔物の襲撃はない。でも、辺境の地にいけば、穏やかな日々なんて数える程度だろう。
明日も笑ってすごせるのか。考えると、胸が苦しくなった。
仕立てたばかりの赤いドレスに袖を通し、化粧台の前に座ると、浮かない顔が映った。思わず小さいため息をこぼせば、支度を手伝っていた侍女のデイジーが「どうされましたか?」と話しかけてきた。
「……不思議な夢を見たの」
「夢でございますか?」
「魔物の咆哮が聞こえない森を歩いてたら、誰かが私の手を引いて、『こっちだよ』って笑って……」
「きっと、素敵な殿方が現れる予兆ですよ」
「それなら良いんだけど……魔物がいない世界なんてあるのかしら」
「お嬢様。心配なさらずとも、魔王様が素敵な殿方と引き合わせてくださいますよ!」
鏡の中に映る私を見て微笑むデイジーは、輝くプラチナブロンドの髪を丁櫛で梳かしてくれる。薔薇の香油を馴染ませ、丁寧に梳かれた長い髪は一段と輝いた。
「……嫁ぎ先が決まったら、デイジーもついて来てくれる?」
「もちろんでございます。どこまでも、リリアナ様について参ります」
優しいデイジーの指先が髪を撫で、深紅のドレスに合わせた赤薔薇の飾りを、結い上げた髪にそっとさす。
薔薇の花飾りから下がる小さなガラス玉が、まるで朝露のようにキラリと輝いた。
「笑顔をお忘れなく。フェルナンドの薔薇には、笑顔が似合いますよ」
「ありがとう、デイジー……今日、陛下にお会いするのが少し不安だなんて、失礼よね」
「魔王様は私たち全てを見ていらっしゃる、偉大な方です。きっと、お嬢様の幸せを考えてくださってますわ」
「そうね……年の近い貴族となるとヴァレリー辺境伯のご子息あたりかしら」
年齢が近い貴族子息を思い出し、ちょっと考えてみる。ヴァレリー辺境伯様の御子息は、私の三つ上だけど、まだご婚約をされていない。何かと問題の多い領地だから、嫁がせる令嬢の選出が難しいのだろうという噂だ。
あの辺りは、一段と狂暴な魔物のいる山々がある。嫁ぐ令嬢だって、それなりに強くないといけないだろう。
「私、戦闘には自信がないわ」
「トリメイン公爵様にもご子息がいらっしゃいますわ」
「……トリメイン公爵様の御子息は、お茶会でお話しをしたことあるけど、物静かな方だったわ。たぶん、私とは話が合わないんじゃないかしら」
「お嬢様の美しさを前に、緊張されていただけかもしれませんよ」
「デイジーは、褒め上手ね」
次々に、縁談に上がりそうな貴族令息の名を挙げ、ああでもないこうでもないと話していると、少しだけ心が軽くなった。
デイジーがついているから、きっと大丈夫。
魔王様は、きっと私のために考えて下さっている。そう信じて参じた私に下されたのは──
「リリアナ・フェルナンド、そなたにはアルヴェリオン王国の王弟エドワードに嫁いでもらう」
アルヴェリオン国って……人族の国!?
どういうことかしら。魔王様は私に、国を捨てよと申されるのか。
頭が真っ白になった私は、言葉を発することも出来ず、玉座におられる若き魔王様を見上げた。
心の奥まで見透かすような、冷たい金の瞳が私を見つめている。
「輿入れは、ひと月後だ。フェルナンドの薔薇よ、その命、デズモンドのために輝かせよ」
深く響く魔王様の声に、私は頭を下げて「仰せのままに」と答えるしかなかった。
次回、本日13時頃の更新となります
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