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全裸な魔王家族

作者: 図科乃カズ


 ここは神と魔族と人間が共に暮らしていた異世界。

 そこで始まる小さな物語をできるだけ正確に伝えるために平易な言葉で語らせてもらう。



   ◇   ◇   ◇



「なんでみんな知ってるのよぉーー!!」


 マノメム・オウスの絶叫が魔王城全体を揺るがす。驚いたコウモリが薄暗い空へ舞う。しかし、謁見の間にいる3人は微動だにしない。


「我のところにも手紙(伝書コウモリ)が来たからな」

人間界での生活(幼稚園)以来ですから10年ぶりかしら? ほんと楽しみね、うふふ」

「彼は勇者学校を主席で卒業したそうじゃないか。いやはや、僕には劣るとはいえ賞賛に値する」


 玉座に座る筋骨隆々のマノメムの父、大魔王ラゼンオウマが自慢の黒角を撫でながら口を開けば、隣に立つ王妃ヒオウカダハは古代エルフ特有の長い耳を上下に動かしながら相づちをうつ。王妃の反対側に立つ兄王子ニアカオバはさらさらな金髪を掻き上げながら鼻で笑う。

 さすがは20年前の神々との戦い(ラグナロク)を制した者たち、末娘が癇癪(かんしゃく)を起こしたぐらいでは眉ひとつ動かさない。

 余裕綽々の家族3人に更に文句を言いたかったが今はそれどころではない。なにしろ家族全員が彼が今日ここに来ることを知ってしまったのだ、このままにしておける訳がない。マノメムは冷静になろうと頭を振ると父王に尋ねた。


「それで父様(とうさま)はどうするつもりですか?」

「しれたこと。『世界の半分で仲間に(最高のおもてなし)なるか』と聞く(をしてやる)まで」


 マノメムの問いに父王は立ち上がる。それに呼応するように中庭に雷が落ちる。窓から飛び込む閃光が謁見の間を照らす。浮かび上がる、父王、王妃、兄王子のシルエット。

 その姿は一糸(まと)わぬ生まれたままの――裸、全裸、真っ裸。恥ずかしがるどころか威風堂々と美しい肉体をさらす有様は正に魔王一族の正装と呼ぶに相応しい。


「もうじき奴が来るのだ。マノメムも早く(正装)になれ」

「逆でしょ、逆! みんなが服を着るんでしょ!」

「勇者が来るのだ、(正装)になるのが当然であろう?」

父様(とうさま)母様(かあさま)兄様(にいさま)もいつも裸でしょっ!」


 声を張り上げるマノメムに兄王子が口を挟む。


「マノメムは(正装)になって自分の貧相な体を見られるのが恥ずかしいのですよ」

「あらあら。大丈夫よマノメムちゃん。あなた、ママの血を引いてますから、あと3年……あと10年もすればボッキュボーンよ」

「裸が恥ずかしいって言ってるの! あと憐れんだ目で見ないで。私はちょっと成長が遅いだけなんだから!」


 豊満な胸を揺らしながら慰めの言葉をかける王妃だったがそれがかえってマノメムの神経を逆なでした。もちろん、王妃に自慢したいとかの意図はない、単なる天然だ。

 家族の中で唯一しっかりとドレスを着込んだマノメムは「やはりやるしかない」と覚悟を決めた。



   ※   ※   ※



 マノメムが魔王一族の(正装)に羞恥心を覚えたのは人間界での生活(幼稚園)の入園式でのこと。

 娘の晴れ舞台だと喜び勇んで式に参列した父王はもちろん(正装)、地上の全てを統べる支配者として耳目を集めていたところにその姿、目立たない訳がなかった。もちろん悪目立ちという意味においてだが。

 虚弱体質だからと心配した王妃が服を着させていなければマノメムも(正装)で参加していただろう。それが回避できたのは単なる偶然であり、もし(正装)で参加していたならば父王を見る目と同じであっただろう。

 まるで珍獣を見るかのような冷ややかな目、その視線の先にいる父王の存在が急に恥ずかしくなる。一歩間違えれば自分も同じように見られていた。いや、もう同類と思われているかもしれない、何故なら自分は魔王の娘なのだから。

 入園初日で好奇の目にさらされたマノメムはそれからすぐに同園生にいじめられるようになる。病弱で小柄だったからではない、父王と同じ赤髪の癖毛(くせげ)に小さな羊角(ようかく)のせいでもない、ましてや王妃と同じ長耳に美しい蒼玉(ブルーサファイア)の瞳のせいな訳がない。「お前のとーちゃん、はーだか」だったからである。

裸王(ラオウ)の娘」とからかわれるたびマノメムは小さな胸を痛めた。(正装)は人から指を差されて笑われる恥ずかしいこと、それが悲しかった。


「お前ら、弱い者いじめすんなよ!」

 いつものように園庭でいじられて泣いているマノメムを助けてくれたのがシュヤウだった。彼は鮮やかな足さばきで次々といじめっ子を転ばせるとマノメムの手を取って逃げ出した。


「あいつら、マノメムがかわいいからちょっかい出してきたんだよ」

 頭を下げるマノメムにシュヤウはそう言ってニカッと笑った。日に焼けた顔に白い歯が(こぼ)れる。その笑顔にマノメムの心がキュンと鳴った。

 それからシュヤウが彼女の面倒を見てくれるようになった。マノメムが泣くたびに彼は優しく頭を撫でて慰めてくれる。それがとても嬉しかった。

 幼心(おさなごころ)に芽生える彼への想い。父王の(正装)を思い出すたびに苦しかった胸はシュヤウへの愛で膨れあがり切なくなっていった。そう、彼女は幼くとも立派な乙女だったのだ。


「字、覚えたらマノメムに手紙を書くからな!」

 夢のような時間は必ず終わりを迎える。勇者の能力が発現したシュヤウは勇者学校へ進学することなったからだ。悲しむマノメムにシュヤウは元気よく叫んで旅立った。。

 それから6ヶ月後、シュヤウの初めての手紙がマノメムに届く。

 嬉しくなったマノメムは2通の手紙を(したた)める。すると彼は更に3通返してくる。


 ――そのように繰り返していくこと10年、2人の間を万の単位で伝書コウモリが行き来することになり、過労死する(コウモリ)がいたとかいないとか。



   ※   ※   ※



 そのシュヤウが魔王城(魔王討伐)に来るという。何やらマノメムに早く伝えたいことがあるらしい。

 日時も指定せず手紙に「今日行く」と書いてあるのを見てなんとも彼らしいと笑みを浮かべたマノメムだったが、父王に「大事な話がある」と呼ばれた瞬間、嫌な予感に血の気が引いた。そして、その予感は見事に的中し、最悪な形でポーズを決めて彼女の目の前で具現化していたという訳だ。


「マノメム、早く(正装)にならんか。ポーズは『ここがお前の墓場だ(優雅なお出迎え)』だぞ」

「ちゃんと練習しておかないとね。うふふ、シュヤウちゃんの驚く顔が楽しみ」

「我が妹のために一番目立つポジションを空けてある。仁王立ちして天を指すんだぞ」


 父王が両腕を上げて上腕二頭筋の張りを見せびらかせば、王妃は(なま)めかしいディラインを露わにする。兄王子に至っては床に寝そべり愁いを帯びた目を向ける。生きる芸術品があるのだとすれば(まさ)にこの3人こそが相応しい。

 しかし、彼らの中心にぽっかりと空いたスペース、そこに収まるべき者をじっと見つめる3人。そう、ここに最後のピースがはまらなければこの作品は完成しないのだ。


「だーかーらー! 私は脱がないって言ってるでしょ!」

「なぜ服を着て他人を欺こうとする? 分からぬか、上に立つ者に必要な能力が?」

「裸にならない常識」即答するマノメムだが父王は意に介さない。

「それは自らをさらけ出すこと。人は偽りに敏感なもの、隠し事をしている者には誰も従わん。そこに猜疑心が生まれるからだ」

「裸でいる方がよっぽど疑われるわよっ」

「でもねぇ、マノメムちゃん。お城で服を着ている(心を開いていない)のはあなただけなのよ」

「母様、門番石像(ガーゴイル)掃除粘液(スライム)照明鬼火(ウィルオウィスプ)観葉植物(テンタクルス)浄水装置(ウンディーネ)も服が必要ないだけです!」


 会話に入る王妃にマノメムは早口でまくし立てる。すると何かに気づいた兄王子がパチンと指を鳴らす。


「母君、我が妹はこのポーズ(芸術作品)がまだ至高の域に達していないと憤慨しているのですよ。魔王軍四天王が足りない、と」

「あらあら、そうなの。でもぉ、平和になって(神々を滅ぼして)彼らの任を解いてしまったし。今から来てくれるかしら」

「任を解いたんじゃなくて『裸になるのはまっぴらゴメンだ』ってみんな逃げ出したの間違いでしょっ!」


 マノメムの最速のツッコミが炸裂する。このままでは家族(父王と王妃と兄王子)は当然のように裸でシュヤウを出迎える。そして父王どころか家族全員が裸族だと知られてしまう。自分もそんな魔王(変態)家族の一員だと思われるのは絶対に嫌だ。なんとしてもシュヤウと家族が会うことだけは阻止しなければ。

 彼女はこの日のために用意した奇蹟の筺(キューブ)を握った。それは神々との戦い(ラグナロク)の古戦場跡で苦労して見つけたものだった。

 マノメムの小さな異変に父王がピクリと眉を動かす。


「どうしても(正装)は嫌だというか、マノメム?」

「当たり前よっ」

「我が一族の誇りにかけて娘の我が儘は看過出来ぬぞ」

「ならばどうするおつもりです、父様? 力ずく? むしろ望むところよっ」

「その意気やよし! それでこそ我が娘!」


 ぎらり、父王の灰色の瞳が獲物を見つけた猛禽のように光る。父王から放たれた圧倒的な闘気が寝そべっていた兄王子を吹き飛ばす。慌てた王妃が何かを叫んだがマノメムには聞こえない。

 目の前が父王の魔法領域に入れ替わり、彼女と外界を区別する境目は無意味となった。


「【はじめ、それは無であった】」時間も空間も超越したマノメムはマノメムではなくなった。

「【1日目、星あれ、と言った】」その言葉に星が生まれ、無は無ではなくなった。

「【2日目、闇あれ、と言った】」星々がぶつかり合い、(あや)しく燃えて影を作った。

「【3日目、形あれ、と言った】」光の中に埋もれていた個の輪郭が浮かび上がり、そこは膨張する宇宙であった。


 3日間かけて宇宙創成、万物創世、天地創造と一体化していたマノメムは、ようやく朧気(おぼろげ)ながらも自分を取り戻した。恐るべき父王の最終奥義、それは神々との戦い(ラグナロク)で神々を(ほふ)った最大究極魔法『ビッグ(生まれたままの)バン(姿であれ)』であった。

 遙か過去の記憶が未来の予知のように感じる。自分は誰だったのか、何をしようとしていたのか、それを思い出そうとしていた時、父王とは別の、2人の声がマノメムを(つらぬ)いた。


 ――【3日目の夜、最後に作られたのはパパとママとニアカオバちゃんとマノメムちゃんでした】、うふふ。

 ――そして【4度目の日が来たる前、全ては現世(うつしよ)が見た夢だったと知る】のですよ、ウン。



「ええい! 詠唱の邪魔をするなっ!」


 父王の激情が果てしなく広がる宇宙を一気に反転させる。一点に収縮する宇宙は自分の質量に耐えきれずに高密度の重力を発生させ、それに弾かれたマノメムは事象の水平面へと放り出された。

 彼女と同じように放出された物体は輪郭を取り戻しながら降り注ぎ、気づけばそこは初めから居た謁見の間だった。


「パパ、娘相手に本気になってどうするの」

 いつものように微笑んではいるが王妃の声は極寒の吹雪のように冷たい。さしもの父王もまずいと思ったのか巨体を縮こませながら弁明する。

「子どもが親を越えようというのだ、最大の壁となって立ちはだかるのが親の務め。その成長に一肌脱いだだけなのだ」

「パパはこれ以上脱ぐ必要はありません」


 ぴしゃりと言い放つ王妃にとりつく島もない。このような時、叱られる方は大事な部分を無意識に隠し、叱る方はこれ見よがしに誇示するのはどの世界でも同じようだ。

 そのシュールな光景を見ながらマノメムは己の未熟さに奥歯をかみ締めていた。

 父王はただの裸好き(ストリーキング)ではなかった。邪悪な神々を打ち払った裸王(ラオウ)だったのだ。さすがは地上の全てを手にした後「これで終わってはつまらん」と勇者学校を設立し自らを滅ぼす勇者を育成しているだけのことはある。

 そのような偉大な存在の娘であることを誇りに思う。しかし、だからこそ許せないのだ。家族全員で裸が当然だと考えていることを。どのような偉業を成し遂げようともそれではただの変態なのだ。


「体は小さく力も魔力もない。まだまだ子供なのだから親が助けてやらねば」

「あらあら。マノメムちゃんは脱いだらすごい(・・・・・・)ってご存じないのかしら?」


 まだ続いているお説教。しかし、とマノメムは考える。

 一見まともなことを言っている王妃も妖艶な肉体を隠そうともしない。つまり父王と同類。兄王子に至っては裸好き(ストリーキング)な上に自分好き(ナルシスト)。やはりシュヤウに会わせる訳にはいかない。


「ならば父君をどうにかするのではなく、マノメムが城の外で彼と会えばよいのではないかな?」

 いつの間にか近くにいた兄王子の呟きに驚いてふり返るマノメム。さすがは父王(大魔王ラゼンオウマ)の血を引く者、変態(裸好きのナルシスト)ではあるが馬鹿ではない。

 兄王子からもたらされた発想の転換にマノメムは大きく頷く。自分は全裸(変態)家族の一員だと誤解されたくないだけ、ならば家族と会わせなければよい。一生? そう一生。愛のためならば死ぬまで重い十字架を背負う覚悟は出来ている。


「マノメム! 会いに来たよっ!」


 突然、謁見の間の扉(勇者式礼儀)が蹴破られ(作法で)青年の声が響き渡る。10年ぶりに聞くその声にマノメムの胸が高鳴る。ふり返った先には勇者の格好をしたシュヤウが立っていた。

 黒髪に日に白い歯を見せて笑う少年、マノメムはすぐにでも駆け寄りたかった。しかし――、


「勇者よ、よくここまで辿り着いた。『我の味方になるなら(最高のおもてなしを)世界の半分をやろう(してやろう)』」


 前に進み出た父王の重厚な声が轟く。威厳に満ちたその姿は正に魔王を具現化していた、裸ではあるが。しかもその側には全裸の王妃もいる。このままでは家族が裸族だと知られてしまう。


「安心しろ、我が妹よ。【美しさ、それは見るものではなく感じるもの】!」

 兄王子が呪文を詠唱する。全裸の彼を中心に放出した光が謁見の間に溢れ、(かぐわ)しい香りと共に無数の花弁が舞い散った。視界にはバラ、アネモネ、ガーベラ、ダリア、マーガレット、ユリ、アザレア、パンジー、リナリアなど、色取り取りの花々が咲き乱れた。

 これは兄王子が作り出した魔法領域、シュヤウの目をそらすためにしてくれたことだと理解出来たが、花の数が多すぎて何も見えない。

 見えない先で兄王子が高笑いしていることに歯ぎしりしたマノメムだったが、すぐに別のことに気づいた。自分が見えていないのならばシュヤウも(・・・・・)見えていない(・・・・・・)、と。


「マノメムは大丈夫か!?」心配するシュヤウの声だけが聞こえる。

 これは好機、今のうちにシュヤウを家族から遠ざければ。マノメムはドレスに手をかける。そして勢いよく脱ぎ捨てた。

 露わになるマノメムの肢体。絹のように滑らかな白い肌、それを最低限に隠す下着(ビスチェとショーツ)。しかし、幼児体型(未成熟な部分)は隠しようがない。恥ずかしい? 下着姿だから? 幼児体型だから? いいや、そうではない!


「脱がなきゃ魔法が使えないなんてどんな体なのよっ!」


 マノメムの体から魔力が一気に放出する。ほとばしるその力は兄王子の魔法領域を簡単に吹き飛ばし、その場を乙女色に染め上げた。

 大魔王ラゼンオウマの娘であるマノメムは父王の魔力を受け継いでいた。ただ、受け継いだのはそれだけでなかった――裸にならなければ魔法が使えないのだ。ちなみに兄妹(きょうだい)である兄王子ニアカオバも同じ体質だが、王妃ヒオウカダハは古代エルフなのでそのような制限はない。単に好きで裸になっているだけである。


「その声はマノメム?」すぐ近くに聞こえるシュヤウの声。

「シュヤウ、そこから動かないで! 【瞬きの瞬間、時空を司りし者よ。光速の翼を広げ我が身を次元の広がりに(いざな)い――】」


 薄紅色に染まった空間にマノメムの詠唱がこだまする。魔法陣なしの瞬間移動(テレポート)は高度な魔法技術を要する。しかも自分だけではなくシュヤウと2人で移動、少しの座標がずれるだけで魔法は失敗してしまう。


「【――新たな空間に我と愛しい人を再調和せよ】!」

「甘いぞ、我が娘よ。この程度の魔法領域で我を出し抜けると思うたかっ!」


 マノメムの詠唱に父王の咆哮が重なる。声は波紋となり乙女色の世界(マノメムの魔法領域)を打ち砕く。マノメムの魔法領域は拡散され、謁見の間に居るそれぞれの人影が浮き彫りになった。父王は一喝しただけでマノメムの魔法領域を無効化したのだ。


「無事でよかった、マノメ……ム?」

 彼女を認めて安堵の表情を浮かべるシュヤウ。だが、その表情は一変する。

「その格好、まさか!?」マノメムの下着姿を見て驚愕する。と、「そこに居たか、勇者よ」父王のシルエットが太い声と共に近づいてくる。

 瞬間移動(テレポート)は失敗、父王は近づき、シュヤウに下着姿(恥ずかしい姿)も見られてしまった。このまま魔法領域が消滅すれば家族の正体(全裸な家族)が知られてしまう。

 それだけは嫌だ。焦るマノメム。と、その時、


「大丈夫よ、マノメムちゃんは出来る子なんだから」背後から王妃の声。

「困っている妹を助けるのは兄の役目さ」シュヤウの背後からは兄王子の声。


 ふり返るマノメムの手を取ると、王妃は何かを握らせた。それは父王を止めるための切り札としてマノメムが隠し持っていた奇蹟の筺(キューブ)神々との戦い(ラグナロク)で神々が魔王を封印するために作り出した呪われし結界の筺だった。

 見返すマノメムに王妃は優しく微笑む。その笑顔にマノメムの消えかけた闘志が蘇った。逃げるのではない、父王と戦うのだ、例えどのような姿をシュヤウの前にさらそうとも。それこそが乙女の純愛、マノメムの乙女道(生きる道)


「――【はじめ、それは無であった】」父王の最大究極魔法(『ビッグバン』)の詠唱が反響する。

 先ほどは父王の魔法領域に意識が飲み込まれていたのに、今は王妃が召喚した魔法障壁のお陰で意識がはっきりとしている。シュヤウを見れば兄王子の魔法障壁(『百花繚乱』)に守られていた。彼は何も見えてない。


「【1日目、星あれ、と言った】」父王の声が呪文の続きを唱える。

「マノメムちゃん、ママも手伝うからね」王妃がマノメムの背中に手を添える。

「僕の魔法領域はあと十数秒しか持たないからね」兄王子が華麗に状況を伝える。

「何が一体どうなってるんだ!?」シュヤウだけが何も分かっていない。


 マノメムは奇蹟の筺(キューブ)を握りしめる。神代文字が刻印されているこの立方体に大量の魔力を送り込めば神々が編み込んだ魔王(大魔王ラゼンオウマ)を封印するための結界が発動する。


「【2日目、闇あれ、と言った】」

ある(・・)のはこれだぁーー!!」


 マノメムは勢いよく下着をはぎ取った。王妃はさりげなく脱ぐのをサポートし、兄王子は最後の魔力で魔法領域から草花を召喚してマノメムに送った。

 乱れ飛ぶ花びら、中心には全てをさらけ出した生まれたままの姿のマノメム。そして、衣服によって抑えつけられていた魔力が一気に解き放たれる。光り輝く魔力が奇蹟の筺(キューブ)に集束し鋭い白光を放つ。


「神々の遺物を使ったか!」閃光の奥から父王の太い腕が伸びる。「それはすでに見切っておるわ!」

 迫り来る父王の黒い2本の腕、やはり父王には勝てないのか? 脳裏をよぎる王妃と兄王子の顔。そして、この城まで来てくれたシュヤウの優しい笑顔。彼はなんて思うだろう。

 泣きたくなるマノメムにシュヤウは微笑みながら呟いた、「マノメムも裸族だったんだね」と。


 ――なにそれ?


 プツン、マノメムの頭の中で何かが切れる音がした。

 彼女が見たシュヤウは奇蹟の筺(キューブ)が生み出した幻、この遺物は使用者の能力が最大限に発揮されるように設計されていたのだ。しかし、マノメムがそのような仕様(神のいたずら)を知るはずもない。

 なに見てたのよ、どれだけ苦労したと思ってるのよ、彼女は爆発した感情を抑えることなくそのまま発露した。


「私は裸族じゃなぁいっっ!!」


 全裸のまま絶叫したマノメムは、持っていた奇蹟の筺(キューブ)に力を込めると、目の前に居たシュヤウ――彼女にとってはそう見えていたが本当は父王の――顔面に向かって強烈な右ストレートを叩き込んだ。


「ぬ゛ごがぶう゛あ゛ぁ゛っ!」

 父王の断末魔と共にシュヤウの――ではなく父王の顔面にめり込んだ奇蹟の筺(キューブ)が全方向に開いた。そこから放たれた6色の光の帯は父王の裸体を縛り全身を覆う。封印の儀式を思わせる賛美歌がどこからともなく流れてくる。6色の光は混じり合いながら収縮していった。そして、


『パラララッパッパー』


 軽快なラッパの音が鳴り響き6色の光の帯が弾け飛んだ。砕けた光の破片はマノメムの体に集まると袖が膨らんだ(パフスリーブの)真紅のドレスへと変化した。

 突然の変化に驚いて辺りを見渡すと、


「なんだこれは! 脱げんぞ!」黒色の王衣(大魔王の衣装)を引き離そうとする父王。

「あらあら、うふふ」(きら)びやかなシースルードレスを楽しそうに揺らす王妃。

「素裸の方が僕の美しさが際立つんだけどね」道化師のような王子服でポーズを決める兄王子。


 家族(父王と王妃と兄王子)は三者三様の衣服に身を包んでいた。

 ここは先ほどと変わらない謁見の間。それなのにこの部屋が変わっているように見えるのはマノメムの気のせいだろうか。(いな)、彼女は知りようがなかったが、二度にわたる父王の最大究極魔法(『ビッグバン』)によって全ては原子レベルにまで分解され瞬時に再構築されていたのだ。今いるマノメムも最大究極魔法(『ビッグバン』)前の彼女ではなかった。


「マノメム!」タキシード姿のシュヤウがマノメムの手を握る。「勇者になる(資格を取る)のに10年! やっとここまで来れたよ!」

 日に焼けたシュヤウの顔から白い歯が零れる。懐かしいあの頃の面影を残しつつ10年成長した少年の笑顔はとても眩しい。そして彼は一瞬の迷いもなく、

「俺が想像してるよりずっと素敵な淑女(レディ)になったねっ」戸惑うマノメムを強く抱きしめた。


「ちょっ、いきなり恥ずかしいんだけどっ」

「挨拶だよ、挨拶。小さい頃はよくしてたろ?」

「今は小さくないわよ!?」

「はは、マノメムは変わったのに変わらないね」


 赤面してプリプリと怒るマノメム担いだシュヤウはグルグルと回った。声を上げる彼女と笑い続ける彼。それを見ているのは、怒髪衝天の父王、破顔一笑の王妃、自己陶酔の兄王子。


「ところでマノメム」彼女を降ろすとシュヤウが尋ねる。「さっき、裸だったよね?」

 笑顔のままの彼の言葉にマノメムは凍りつく。やはり見られていたのだ、しかもよりによって自分自身のあられもない姿を。彼が来る前に無かったことにしたかった、そのために神々の遺物まで持ち出したというのに。

「これは、あの、熱さで服が溶けちゃった? みたいな?」マノメムはあたふたと言い訳を口にする。

 何を言えば全裸で全裸の父を叩いたことを誤魔化せるだろうか。どう取り繕ってもシュヤウのひんしゅくを買うのではないだろうか。マノメムの乙女心が悲鳴を上げる。彼の反応が怖い、しかし、


「よかったよ、俺が勇者になれて」彼女の予想に反し、シュヤウは心底安心したように胸をなで下ろした。

 え? よかった?? どうして??? 混乱するマノメムを見てシュヤウは笑う。

「魔王一族は全裸だって勇者学校で一番初めに習ったんだ」

「なにそれっ!?」


 突如飛び出した衝撃の事実にマノメムは意識を失いそうになった。まさか自分を騙してる? しかし、シュヤウの笑顔に曇りはない。ならば、先ほどまで自分がやっていたことは一体……。

 マノメムの全身から血の気が引いていく。シュヤウは10年前から全裸(変態)家族を知っていたのだ、恥ずかしい、この場から消えてなくなりたい。

 ふらり、倒れそうになる彼女をシュヤウが支える。


「もう、いっそ殺して。あと、後生だから後腐れなく家族全員()って。特に父様は念入りに」

 錯乱して恐ろしいことを口走るマノメムに、シュヤウはそんなことは出来ないと首を振る。出来るわけがない、彼はむしろその逆、彼女を救いに来たのだから。

 魔王城に入るには条件がある、魔王城の使用人として認められるか勇者として魔王を打倒するか、だ。シュヤウは後者を選んだ、何故ならば、


「だって、君の裸を他の誰にも見せたくなかったんだ」

 くるり、マノメムの背中にシュヤウが手を回す。近づく彼の顔、サラサラの黒髪に白い歯、思わず頬を赤らめるマノメム。


「誰かに先を越されるんじゃないかっていつも焦ってた。絶対に俺が一番だって。次の勇者には見せたくない――だから、俺と結婚してくれ、マノメム」

 シュヤウの出した答え、それはマノメムと夫婦となって別の家庭を持つこと。そうすればマノメムは魔王一族から離れ(一族の定め)に縛られることもない。シュヤウも彼女の裸を他人に見られないで済む。そのために誰よりも早くマノメムの元に訪れてプロポーズをする、シュヤウはそれだけを目標にこの10年、勇者学校で主席を維持し続けていたのだ。


「私は……」突然の告白にマノメムは言葉が詰まった。

 何か言わなければならない、そう思えば思うほどこの気持ちを言葉にすることが出来ない、嬉しさで溢れ出るこの感情はなんなのか。


「これからはずっと一緒にいたい。マノメムは?」シュヤウがマノメムの顔を覗き込む。

「私、シュヤウに――」あることに気づいて声を漏らすマノメム。それはほんの細やかなことなのにとても大切なこと。


 ――あれだけ手紙を交わしていたのに、まだ一度もシュヤウに「愛している」と伝えていなかったのだ。


 マノメムは俯いて顔を赤くした。

 父王は激怒して声を上げ、王妃は笑顔のまま父王を押さえ込み、兄王子はひとりポーズを決めて若い2人(マノメムとシュヤウ)を祝福した。



   ◇   ◇   ◇



 マノメムとシュヤウの物語はこの後ようやく始まるのだが、それはまた次の機会に語るとしよう。

 なに? 僕の美しい肢体に見とれていて聞いてなかったって? やれやれ、君という奴は。

 ならば仕方ない、そこまで君が望むのであれば心ゆくまで僕の体()を堪能するがいい。


【美しさ、それは見るものではなく感じるもの】!



   了


ここまでお読み頂き本当にありがとうございます。


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