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はじまり、はじまり

 



 夜の帳が降りると、世界はとたんに輪郭を失う。

 人々の目に見えぬものたち――不浄と呼ばれるそれらが、ゆらゆらと路地に滲み出す。

 彼らは夜が好きだ。

 音も、灯りも、言葉も薄くなる時間帯が。


 そして私は、それらを祓うために生まれた神だよ。



「……多すぎる」


 その夜も、彼はひとりで歩いていた。

 真城大樹。私の力を継いだ人間。

 彼の足取りは重く、背中には緊張が張りつめていた。

 けれど引かない。

 怯えもせず、不浄に立ち向かっていた。


 ――でもね、大樹。


 君はまだ、死ぬには早いんだ。


「……っ!」


 不浄が背後を取った、その瞬間。

 私は降りた。許しを乞い、焔を帯びて。

 この地で穏やかに眠っていた、三十五歳の男の身体を借りて。



 ――



「天照大御神よ。

 私は、この地を守る焔の神。

 今一たび、現の世に身を顕さん。

 この身をもって、不浄を焼き清め、

 命ある者を護りたく願う。

 どうか、御許しを」


 ……静寂が返ってきた。

 けれど、森を渡る風が止み、

 夜空の雲が裂け、星々が煌めきを増した。

 祠の灯籠の火が、誰もいないのにふっと灯る。



 ――



「大丈夫、ちゃんと見てたよ」

 振り返った大樹の目が、一瞬見開かれる。

「あんた……誰だ」

「名乗ったこと、なかったっけ。私は迦具津乃焔神――ホムラでいいよ。長いからね」

「カグツノ…ホムラカミ?」

「うん。君の家の近くに祠、あるだろ? あそこに祀られてる神さ」

 そう言うと、大樹の顔が一段と怪訝そうになる。

 うん、驚くのも無理ないよね。神が髭面の男の体で軽口を叩いてるなんて、そうそうあることじゃない。

「神様ってもっとこう、威厳あるもんだと思ってた」

「君が困ってるのに、悠然としてる神様ってどうなんだろうね? 私はああいうの、あまり好きじゃない」

 苦笑しながら、私は足元の土をひと撫でし、そこに焔を宿す。

「……それは、俺のと同じ――」

 大樹の目が、私の手元に落ちた焔を見つめる。

「うん、私が君に授けた。でも焼くためじゃない。これは浄める炎だよ」


 私は人差し指を鳴らした。

 火の陣が広がる。焔の紋が夜気に浮かび、地を這って不浄を囲んだ。


「いこうか、大樹。

 ――君と私は、これから何度もこうして並び立つ。

 夜を歩くなら、少しでも温かいほうがいい。そうだろ?」


「……ホムラ。ありがとう」



 私の中で、眠っていた人間の記憶がひとつ、静かに波打った。

 火を愛し、人を守って死んだ男の魂は、もういない。

 けれどその体は、私に託された。

 今は、私の手足として、大樹とともにある。




 ……もう一つ、私は確かめる。

 深い火の底へ。

 語らぬ父よ。

 原初の火にして、かつて世界を焦がした炎の神。

 あなたが私に残した、破壊の炎。

 それはまだ封じたまま。

 私は、あれを使わない。


 ……沈黙。けれど、あたたかな熱が、胸奥に満ちる。

 それだけで、十分だよ。




 焔を灯して、闇を裂く。

 君が立ち止まらないように。

 君が、夜をひとりで歩かなくてすむように。


 私はここにいる。何度でも。




【終わり】

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