縁と責任
困ったことになったね。実際さ。
人の世の時間で言うところの、午後六時。
酔っ払った人の子が、私の住処⸻祠を壊して、そのままいなくなってしまった。
ああ、恨みはしてないよ。するものか。でもね、困った。人間世界の物質には干渉できない、してはいけない決まりだからね。
祠を前に悩んでいる私の後ろを、トラックが通り過ぎて⸻止まった。
降りてきたのは、二十代そこそこの、背の高い青年だったよ。
「壊れてる……」
青年はそう言って、祠の前にしゃがみ込んだ。折れた柱を拾って、泥を払って。元の場所に戻してくれた。
最後に手を合わせて、立ち上がる。
「あとは管理してる所に連絡すればいいか……? どこに訊けばいいんだ?」
そこ、そこに神社あるよ。そこで訊いて。
「あ、神社……」
青年は神社の敷地内の社務所へ、駆け込んだ。素晴らしくいい子だね。
やがて青年が社務所から出てきた。
ふむ、何かお礼がしたいね。まあ、私が何もしなくても、心根の優しい子にはいいことが起こるものだけど。
なんて考えていたらね、彼の乗り込もうとしたトラックの前輪のあたりで、何か黒いものがぞわりと動いたんだ。
いけないね。あれは、よくないものだよ。
黒いものは、青年の首にぐるりと巻き付いた。私はちょっと焦ったよ。お礼がまだだったからね。
「うっ……? なんだ?」
彼は顔を歪めたよ。苦しいんだろう、息が出来ないんだろう。彼は座り込んで呻いた。
いけないね。祠に触ったせいか、この地に巣食うよくないものに目をつけられたかな。私のせいだね……。
やむを得ないよ。
私は苦しそうに首を押さえて身を縮める青年に近づいて、その背に手をかざしたよ。
浄化の炎よ、彼の手に宿り、彼の力となれ。
彼の手が燃え出した。
「うわ!?」
大丈夫大丈夫、それは熱くないよ、きみにはね。
彼の首に巻き付いた黒いものは、燃えて、炭になって、消えた。
「何だったんだ……?」
彼は首を傾げたよ。
うーん、言えたらいいんだけどね。
まあ、またいずれ機会があれば。
いつでもきみを見ているよ。
それが私にとれる責任ってものだ。
【つづく】