お兄ちゃんの秘密
不気味な夢を見たそうだよ、かおるちゃん。
でも内容は思い出せないんだって。ま、そういう夢のほうがたちが悪いって、私も思うよ。
ここしばらく、ずっと学校に行けてないみたい。
セキが出て、胸が苦しくて、頭が重くて、吐き気もする。……うん、それはあんまりだよね。
体って正直だから、心が苦しいと、どこかが壊れちゃう。
夜8時。かおるちゃんは寝返りを打って、時計を見た。
「……遅いな。お兄ちゃん」
ああ、あの子だよ。真城大樹。
私の祠を、壊れかけのままに放っておかず、ちゃんと向き合ってくれた子。
ドンドン、と部屋の扉が叩かれて、大樹が声をかけた。
「かおる、入っていい?」
「……」
「かおるちゃん? 寝てるのか?」
「起きてる。入っていいよ」
扉がゆっくり開いて、廊下の明かりを背に、大きな影が差し込む。
……ああ、見えたのかな。かおるちゃんの身体にまとわりついていた、あの澱のようなもの。
言葉にはしないけど、大樹はすぐに気づいたんだ。
「……なに、お兄ちゃん。どうしたの?」
「いや……」
「服、汚れてるね。どこ行ってたの?」
「祠を…」
うん、うん、そこ。そこが大事。
「道に迷ったんだ。……壊れた祠があって、適当だけどちょっときれいにしてやったんだ」
大樹らしい言い方だね。適当なんて言ってるけど、あの子はちゃんと手を合わせてくれたんだよ。
そして――手を置く。かおるちゃんの肩に。
「なに? ……ひゃっ」
炎が、ぼうっと立ち上る。
でも熱くないよ。あれは、人を傷つける炎じゃない。
私が彼に授けた、「あれ」を祓うための神通力。
人の悪意や、病みついた怪異にしか効かない、やさしい炎なんだ。
大樹は、かおるちゃんの背中をぽんぽんと叩く。
「かおる、具合はどう? 頭痛い? どこか苦しいとこあるか?」
その声に、かおるちゃんは気づくんだよね。あれ、さっきまでの不快感が……ない。
「ない……」
「……そか」
その言葉に、大樹の肩も少しほぐれる。まったくもう、心配性なんだから。
「今日はもう遅いから、寝ちゃいな」
「お兄ちゃん、さっきのは何だったの?」
かおるちゃんの問いに、大樹はにやっと笑って、唇に指を当てる。
「お兄ちゃんとかおるだけの、秘密だ」
ふふ。そういうの、ちょっと好きだよ。
言葉じゃ説明できないことは、あえて秘密にしておいた方がいいこともあるしね。
――朝。
かおるちゃんは、するりと起き上がった。
あんなに重かった体が、まるで羽みたいに軽い。
家族と同じ時間に朝食をとり、お味噌汁をすすりながら、大樹を見る。
……澄ました顔してるけど、君、ちょっと得意気だったでしょう。
何がどうなったのか、かおるちゃんはまだ知らない。
でも、調子がいいならそれでいいよね。
「秘密」にしておいてくれるって。
うん、それがいちばん。私たちだけの、小さな内緒話さ。
【つづく】