影と笑い声
「やあやあ、聞こえているかい?」
夜中に青年が一人で散歩をしているとそんな声が聞こえてきた。はじめ青年は誰かが電話でもしてるのかと思い気にも留めなかったが、どれだけ歩いてもその声はときどき思い出したように聞こえてくる。
一体全体どういうことだと青年がその声に耳を傾けてみると、なんとその声は自分の足元から聞こえてきていた。
「お、気が付いてくれた。そうそう、俺だよ俺」
それは街灯に照らされて出来ている青年の影から発せられる声だった。なんで影が喋るんだとかそういった疑問は浮かばなかった。
疑問なんて、いまここで喋ってるという事実の前では意味がなかった。
青年は街灯の近くで立ったまま、なんで話しかけたのかと影に尋ねた。
「それはどうでもいいだろう」
そう言うが早いか、影は青年を置いて走り始めた。影に逃げられた青年は大慌てで地面を走る影を追いかける。
そうしてどれくらい走り続けただろうか。
見通しの悪い十字路の真ん中でようやく影に追いついた青年は、なんで逃げたりしたんだと尋ねようとする。しかしその言葉を発することは出来なかった。
角を曲がって走ってきた車にぶつかってしまったのだ。
撥ねられた青年の下で影がくすくすと笑い声をあげる。
「夜中にさんざっぱら歩かせやがって。せいせいする」
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