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卒業  作者: みかづき
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episode赫夜

 ひぐらしの声が聞こえる。


 まるで、私がこれからしようとしていることを知っているかのように、その甲高い鳴き声は孤独に鳴り続けた。


 そう、まるで全てを見てきたような、そんな声だった。


 私は込み上げてくる焦燥感に似た胸騒ぎに居てもたっても居られなくなり、椅子を鳴らして立ちあがった。


――――カナカナカナカナカナ……。


 誰もいない教室の静けさも相まって、それは際立って私を急かせるようだった。


 私は大きく伸びて、死体のように固まった体をほぐした。


 なんだかやけに眠たかった。

 

 そして、夢を見ているような気分が濃霧になって押し寄せてくるように、頭がぼんやりしてくる。


――――そうだったら、よかったのに。


 生死の境でぼんやりしていたような気分で、まるで眠っていたのか死んでいたのか分からない心地だ。


――――そうだったら、よかったのに。


 目が覚めたのか、それとも生き返ったのか分からないけれど。


――――いっそ、そうだったらよかったのに。


 どちらであろうとどうでもいい、そんな気分だった。


 ただ今は、はっきりしない頭でも目的を果たしたかった。


 それだけは、()()とは言いたくなかった。



 教室を出て右、緑色の廊下の最奥にある廊下の屋上へ出るための金属扉へ向かった。


 ドアノブを捻り押し開き、髪が風に撫でられるのを感じながら屋上へ出た。


 高さが胸元ほどしかない柵が印象的だ。


 前かがみに柵へ体重をかけて地上を見下ろす。


 五階から見るコンクリートの地面は夕日に焦がされ思いのほか暖かそうな色をしていた。


 簡単なことだ、そこはこれから私の体を受け止めてくれる場所となる。


 死ぬ瞬間は強烈な寒気に襲われると聞いたことがある。


 だが、ここならば、その瞬間だけは、私だけは、むしろ心地の良いことだろう


 それはまさに求めていた未来で、夕日のせいだろう、その光景に恋焦がれている自分がいることに驚きはなかった。


 私は心に惹かれるがまま柵を乗り越えた。


――――カナカナカナカナカナ……。


 奴はまだ、泣き止むことがなかった。


 まどろしさ?


 不気味さ?


 それとも、懐かしさ?


 どれも妙にしっくりくるその声にどこか勝利感を抱きながらも、耳を傾けていたことが仇となった。


「バカな真似はやめなさい、赫夜」


 私の名を呼ぶ声が聞こえ、思わず柵を掴んでしまったことを後悔した。


 声の主は生徒やら先生やら、ましてや警備員などではなかった。


 私よりも小柄で、体の輪郭が曖昧な服を纏う少女が、。


「もう一度言うわ、今すぐそれをやめなさい」


 光すら飲み込むほど黒い少女の瞳と視線がぶつかった。


 しかし、少女の目がやけに恐ろしく私はすぐ目を反らした。


「あなたには関係ないでしょ、放っておいてよ」


「また、逃げるつもり?」


 少女は目を細めて、ため息をつく。


 立て続けに意表を突く少女に目的を思い出させられるが、そんな気分は萎み始めていた。


「逃げるって、何から……?」


 何が何だか分からないが、とりあえず何か言わなければと思った。


「言わなくても分かるでしょ?」


 少女は手に顔を乗せ、先と同じ表情を顔に張り付けた。


 目は決して笑ってなどいなかった。


 少女は深淵の如く底知れぬ闇色の髪を風に揺らせながら、私の方へ歩いてきた。


「」


 少女は左手を開き、私の腹に添えた。


 そしてもう一度同じ感覚になる。


 その声を、私は知っている。


 記憶を凍てつかせていた氷にひびが入ったように、何かを思い出せそうになる。


 しかし結局同じ結論に至る。


「放っておいてよ、あなたには関係ない……」


「」


 少女は私の腹からなぞるように、左へ指を這わせ、私の右手へ手を重ねた。


 それでようやく気付いた、私の右手は柵をギュッと握っていた。


 久しぶりに笑いがこみあげてきた。


「あなたの決意なんて所詮その程度だからだよ、赫夜」


 そして少女は、どこで知ったのか私、赫夜の名を口にする。


 多少驚きはあれど、少女と繋がりがあった可能性もあり言及はしなかった。


「まずはこっちに来なよ、死刑台は今のあなたにはふさわしくない」


 少女は二歩ほど下がり、手招きをした。


「別に、話なんかする必要ない……」


 私は一度深く息を吸って、未だにぼんやりする頭を無理矢理動かそうとした。


 そうだ、話なんか必要ない。


 目の前の少女が何であれ、私の目的は変わらない。


 このふざけた右手を突き放すだけで、たったそれだけの力で事足りるのだ。


 簡単な、簡単な生き方だ。


 だが、少女はそれを許さないかのように口を開く。


「ほんと、ばかな女」


 少女はため息交じりに吐き捨てる。


 張り付けたような笑みも同時にどこかへ消えてしまった。


 少女は嫌悪を隠さず、頬を引きつらせて私を見下ろしている。


 なぜ、そんな目で見られなければいけないのか。


 ()()ではないこの少女に、一体どんな感情でそんな視線を私に向けるのだ。


 ()()でないこの少女に、その目を持つ理由も過去もないはずなのに。


 持っていてはいけないはずなのに。


 その目は、()()()()目じゃないか。


 柵を握る手に力が入る。


 もういいだろう。


 これ以上彼女に構う必要はない。


「あなたには私の気持ちなんて分からないよ……」


 それが私なりの返事だった。


 そして、最後の言葉となる。


 そのはずなのに。


 私の覚悟をまたも折ろうとするように、少女は口を開く。 


「後悔するよ、絶対に」


 私は今日何度目か、言葉に詰まった。


 少女の態度に一貫性があるようには見えなかった。


 観客から演者となり、次は脚本家のつもりだろうか。


 死ぬのを望んでいると思えば、引き留めるようなセリフを連ねる。


 少女は私にも聞こえるため息を吐き、一拍おいて続けた。


「そっち側にいるようじゃ、あんたは一生クズのまま。口先だけのインチキ女」


 「まだ、あなたは選ぶことができるわ」


 その意思の籠った瞳は、私の目を奥を見透かしているようだった。

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