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第8話 ユキナの日記

 いつの間にか眠っていたらしい。

 昼頃、ガチャっと鍵の回る音がした。その音で目を覚ました。

「ユキナ……?」

 私は不思議に思い、布団から抜け出した。ダイニングテーブルのほうへ行くと、そこには妹さんがいた。ハンガーのついたままのスーツをなにやら袋に入れている。

「ああ、こんにちは。まだいたんですね。えーっと、紗季さん、でしたっけ。ユキナねぇやっぱり引き留めてるか。あ、あたしは午後からスーツが必要なのを忘れてて、お昼休みに取りに来たんですよ」

「ごめんね、長くお邪魔してて……。学校お疲れ様」

「どうですか、ユキナねぇのお母さん役疲れませんか」

「お母さん役?」

「長く一緒に住んでいると求めているものがわかるんですよ。姉は同性の庇護者を欲しがっているんだってね。紗季さんぴったりじゃないですか、年上だし、夕飯作ってくれるし」

「…………そうかな」

「冴やユキナねぇの考えていることは日記読めばわかりますよ。日記、読んでみてください。部屋の一番下の引き出しにあるんで」

「日記なんてそんなパーソナルなもの……」

「目を逸らしたいだけでしょう。ユキナねぇとこんなに近くにいてしまっているからには、知る必要がありますよ。というか、知ってどうするか決めてもらわないと」

「え?」

「ユキナねぇのお母さんになるか、どうか」

 妹さんは手を振って、家を出て行った。「お母さんになるのなら、歓迎しますよ。姉のお母さんなら、あたしのお母さんということでもありますし、仲良くしたいです」と冗談っぽく言って。

 ユキナは今日は最後まで授業が入っていると言っていた。私は妹さんの言葉をすんなりと飲み込むことはできなかったが、かといって無視するのも気が引けた。おそるおそる、ユキナの部屋の机の引き出しを開けた。最下段には、ノートが何冊も入っていた。何冊か取り出して開いてみると、どうやら解離性同一性障害と診断された十三歳のころから記述があるようだった。

 最初のほうは、自分が解離性同一性障害なのか疑う文章が数日に渡って書かれている。ユキナだと思って読んでいたが、違うと気が付いた。これは冴の筆記だ。母の死といじめと、父の蒸発に悩んでおり、あるときは長々と自死について書いてある。ページを捲るうち、赤ペンで大きく書かれた、「死なないで!」という字が目に入る。


 私が冴さんを励ますのは、自分自身を励ましているのと変わりない気がして、すこし恥ずかしいですが、できれば死なないでほしいです。だって私は冴さんの体を共有している、冴さんの頭の住人なんですから。冴さんの体が死んでしまったら、私もなくなってしまいます。冴さんが悩んでいることを解決するのは難しいかもしれませんが、まずはお話を聞きたいです。


 右上がりの整った字が、ユキナの字だ。ここから、ユキナと冴の交換日記のようになっていく。

 冴はいじめられている内容を相談したり、母がいないことを嘆いたりしていたり、時折テンションが高くなって好いている友達と遊んだことを色付きペンやシールなども用いて報告しており、テンションの上り下がりが忙しない。私であればちょっとコメントが苦そうに見える落ち込んだ内容でも、ユキナはできるだけ明るくコメントしていた。冴にとってユキナはあまりにも都合のいい存在で、冴が一人二役でしているイマジナリーフレンドと言われても、納得してしまえるほどだった。

 そこに子供のラクガキのような力強い文字で「死ね」と書かれたページが混ざるようになった。時には赤ペンで書いてある。紅玉の仕業だ。紅玉はユキナを騙り、冴の日記に悪意のあるコメントをするようになった。といっても、字が走り書きっぽくて汚くてすぐわかる上に、本物のユキナに二重線を引かれて否定されている。しかし悪意の放たれた先である冴は、受け取るのが苦しかったようで、「そうだよね、私なんて死んだほうがいいよね」と汚い字で希死念慮の染み出した想いを書くようになった。ユキナは一生懸命励まそうとしており、それがなかなかうまくいかないので、今度は紅玉と対話を試みている。


 なぜ冴さんを追い詰めるような真似をするのですか。


 多重人格なんて頭がおかしい。終わっている。フツーの人からはうそだと思われる。死んだほうがいい。冴なんて人間扱いされなくてとうぜん。お父さんが見捨てていくのもとうぜん。このせかいは苦しいだけ。生きていても苦しいだけ。もういまのうちに死んだほうがまし。死んだらお母さんのところにいけるかもしれない。それは救いでは。


 ここでノートには血痕がついていた。私は息苦しさを感じた。これまで見ないようにしていたが、ユキナの机の上にはたくさんの自分を痛めつけた痕跡があった。オーバードーズに使ったのであろう薬の空瓶や、酒瓶などが、夥しい数置いてある。私とユキナがDiscordのコミュニティで仲良くなったきっかけは、ユキナが「死にたい」と嘆いているのを、私が慰めたからだった。だから希死念慮があるのは、知ってはいた。けれどいま私はそれより深く、ユキナの心に触れようとしている。ユキナの許可なく、勝手に、触れようとしている。


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