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HeroRider 序章

作者: 製本業者

連載できるだけのネタは無いけど、Xで書き散らかしたのをまとめてます。


「君は追放だ」

ソファーに浅く腰掛けた、背広姿の初老の男は、顔の前で組んだ指を蠢かしながら、そう告げた。

「はい?」

その言葉とともに、対面のソファーでキョトンとした表情を浮かべた小太りの男は、間抜けな声を出した。

そして、全く似合っていない白衣姿のまま、硬直する。


「何度も言いたく無いが……

君の研究は、学術会議からの懸念を受けて、大学としては正式に中止になった。

合わせて、博士号も君の論文は無かったものとされ、取り消し。

この結果、研究室の廃止と准教授の地位剥奪。

要するに、君のこれまでの実績は全て白紙。


つまり……学会追放と言うことだ。

さすがに修士論文についてはそのままなので、修士の資格は残っているけれどね」

言いにくいことを一気に吐き出したらしくすっきりとした顔つきで、初老の男は立ち上がる。


「ああ、さすがに今日中に出て行けとか、そんな鬼畜な事は言わないよ。

とはいえ、いつまでも居て良いはずも無いけどね。

なので、二週間、引っ越しの期間として待って貰えるそうだ。

それが過ぎると、問答無用らしいがね」



「ちくしょう」

カウンター席に、ドスンと言う音がしそうな勢いで、ジョッキが叩きつけられる。

小太りの男は、ジョッキとは逆の側の手で口元を拭うと、盛られた皿から串揚げを掴みソースを掛ける。

少したっている為か、ソースを吸った衣が音を立てるような事は無かった。

一口囓る。


揚げたてほどでは無いがそれでも熱い衣の油と肉汁によくなじんだ、一手間かけたらしいソースの薫りが口の中に広がる。

その余韻を胃袋へ流し込む勢いで、ジョッキのビールを呷った。

「あー、うめぇ」

言葉が無意識にこぼれでている事に気づき、ジョッキからビールとともに言葉も流し込む。


「どうです、ご一緒に」

気がつくと、いつの間にか隣の席に、やや薹が立っているといえまだまだ美人で通用する女性が座ってきた。

自分が座ったときにはなかなか来なかった、アルバイトの男の子がすっと飛んでくる。

彼女が、まずは生中を頼むと、すぐにメニューを取りにアルバイトは奥へ飛んでいく。


「何ですか」

「一目惚れ、とか言うと信じてもらえないでしょうか」

男は、今度はアサリとワケギのぬたを口に運ぶ。

普通の店より酢の量が多いため、その分砂糖と味醂でバランス取っているとはいえ、味にパンチが効いている。


彼女は、置かれたお手拭きを、さっと広げる。さすがに首元を拭うようなマネはしなかったが、少し意外なことに手首の奥まで拭っていた。

それを目の片隅に起きながら、男は箸置きに箸を置き、改めてビールを呷る。

先ほどよりも、何故か苦みを強く感じる。


「では、乾杯」

メニューと同時にジョッキと突き出しを持って来たアルバイトに何点かつまみを頼むと、そう言って手を取っ手に通すようにして持ったグラスを持ち上げ、顔を向けてにこりと笑った。

無視していたつもりだが、言葉とともに目を合わせてしまう。

正直言えば、ドキリとした。


料理が届くまでの間、彼女は無言のまま彼に向いて微笑んでいた。

その微笑に恥ずかしいと言う思いが先に立って、チラチラと若干控えめな彼女の胸元を伺うばかり。

それでも視線が交差するたびに、謎めいた優しい微笑を浮かべてくる。

結果、ジョッキとつまみの皿ばかり眺める事になる。


情けないとは思うが、免疫の無さは無菌室培養並だから仕方無い。

彼女に料理が届いたところで、彼は自分のビールを追加した。

そして、思い切って話そうとして……

「で?」と間抜けな言葉を発してしまう。

言葉以上に、声の間抜けさが、彼の心を容赦なく穿つ。

後悔したが、既に遅かった。


ばつが悪くなり、顔を背けながら、レンコンの串揚げをソースに浸し、口に運ぶ。

少し冷めた肉詰めレンコンのシャリシャリした感覚が、表情を隠すのには都合が良かった。

ミンチ肉の味を舌に感じたところで、突き出しを食べ終わったらしい彼女は、いきなり真面目な顔になった。


「そろそろよろしいでしょうか、博士。

いえ、今は修士ですからマスターと呼んだ方が良いですかね」

その言葉とともに、一気に冷水を浴びせられたようになる。

それは彼女にも見て取れた。


「なるほど、道理でご存じなはずだ」

一ミリも酔いを感じない口調で、彼はまっすぐに彼女の顔を見つめる。

彼の目から一切の感情は消え、研究対照を観察する目に変わっていた。

それに呼応するように、彼女も言葉を続けた。

「では、単刀直入に。我々は、あなたを欲しています」


「意味がわかりませんね」

「言い方を変えましょう。あなたが提唱している、下田線の理論を我々は必要としています」

それは、彼をその若さで講師を飛ばして准教授へと導き、そしてすぐ絶望へと叩き落とした、新たなる理論。

「神にでもなる気ですか」

「悪魔かもしれませんね」


「科学という名の悪魔へ、名実ともに魂を売るのも面白いか」

彼は、微妙におびえた表情でバイトの子がおいて逃げた生中の入ったジョッキを持ち上げると、一気に飲み干した。

苦いはずなのに、喉元で甘みすら感じる。

この瞬間、彼は悪の科学者に墜ちていった。



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