初登校.6
「新入生の皆さん。どうもこんにちは」
私より高い所から発せられる男の声。
ハキハキと話すその声は、自信と誠実さが溢れていた。
「僕は、満天星学園前生徒会副会長二年の佐藤 光輝と申します」
少し改まって言うけれど、声のトーンが変わらない事から重々しくなく、むしろさっぱりとした印象を受けた。
生徒会の事は少し知っている。前にキリが、学校の事を教えてくれたときに出てきた単語。
確か学校生活を送る上で問題点や課題などを改善・解決し生徒をまとめる組織のこと。そのことについて思い出していると
「まずは、ご入学、誠におめでとうございます」
静けさが後を引き、風の音さえ緩やかに靡く。
ただ一つのその声を招き入れるかのように。
「桜の花も美しく咲きそろい、やわらかな春風に心華やぐ好季節を皆さんと迎える事ができ嬉しく思います」
爽やかに語られる時候の挨拶。
親しみ深く自然な挨拶に周囲がざわめき、何故か所々で黄色い声が発せられてる。
しかし次の言葉でそれが消えた。
「ですが、まだ中学から高校への移り変わりを激しく感じ、心がまだ追いついていないという方も居ると思います。」
ここまで来るときに一つ疑問に思った事がある。
それは外に居る人数の多さ。
元々クラス表が張り出されている掲示板の周りにけっこう人がいた。自分のクラスを把握したらすぐに学校の中へと移動するため、少なくても外に居る人数が増え続けることはない。なのに実際はどんどんと足音が増えていっている。
「僕もでした。緊張で小刻みに足が震え、不安で呼吸が上手に出来ませんでした。なので、皆さんの気持ちはよく分かります。」
空気が変わる。ピンと張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいくのを肌で感じた。
「なので、一つ僕なりの緊張や不安への必勝法を教えます」
再び静寂が場を支配する。でもさっきの静けさとは違う雰囲気が漂う。
「それは、人に頼ることです。一人で抱え込むと周りが見えなくなり、ただそこにずっと立ち止まってしまいます。ですがもし、周りに同じ境遇で同じ悩みを持つ人が居たらどうでしょう。"周りを見なくても"いいんです。そっと手を伸して見て下さい。きっとあなたのその手を握ってくれる人が現れます。」
胸にモヤモヤとした霧がかかり、"右手"を強く握る。
早くなる自分の鼓動を聞きながら、必死に意識をそれに逸らす。
「…………もし、それでもあなたの手が伸ばし続けているのならば、必ず僕がその手を掴みましょう」
強い風が肌に当たり、後ろから押されるように吹き通る。
少しだけ体が浮きバランスが崩れる。倒れないように両手を使い、近くの木に身を寄せた。
咄嗟に白杖を離してしまい、近くで倒れる音がする。
「少し長く話し過ぎましたね。まあ要するに、何か困ったときがあったらいつでも僕らに頼って下さい。以上です」
一人の足音が小気味良く響く。ゆっくりと、しかし歩みをけっして止めないようなそんな力強い音に聞こえた。
私も早く移動しようと木から身を離そうとしたとき、全体から声が弾けた。
「何あの人!! すごく良い人じゃない?!」
「うううっ……少し泣いちゃった」
「やべぇ鳥肌がとまんねぇー。てか、あの人何者だよ……俺の心がすっかり晴れちまった」
「あんなすげぇー人が副会長だったんだなー……あれ、あんな人中学のときに居たっけ?」
ちょっとした炊き出し現場のような騒ぎに少し驚く。
確かに心をかゆがらせる言葉はあった。でも……。
「……あのッこれ! あなたのです……よね……?」
弱々しい声が思考を断ち切る。いつの間にか、すぐ近くに人が居たらしい。
「……そう……私の…………ありがと」
どうやら転がっていた私の白杖を拾ってくれたみたい。
お礼を言いながら手を前に出す。
「!そっか、よかったぁー。……あッ……えっとわたしもね……この学校に入学するの」
それぐらい分かると思いながら白杖を受け取る。
さすがに校内の中で、しかも同い年ぐらいの子を前に他校の生徒かと疑わない。
「だから……えっと……もしよろしければ……わたしとッ」
「お~い。なにやってんの? 遅れるよ!」
「あッちょ、ちょっと待ってて! あのッ……え、居ない?!」
遅れるという言葉に少し焦る。只でさえ歩くのが遅いのにこれ以上時間を浪費できない。
正面玄関へと歩きながら、あの爽やか男とさっきの子を重ねる。
やっぱりと腑に落ち、足取りが少し軽くなった。