初登校.3
「ユメお嬢様。学校への準備が整っております」
朝食を無事終えて、自室に戻り学校への準備をする。
まずは布団を片付けようと、そろそろと歩く。布団の位置を確認しダイブ。枕に額を擦り付けて現実逃避をしていると、キリから声が掛けられる。
なんとキリが、学校に必要な物を用意してくれていた。……まあ、わかっていたけど。
「ん……わかった……ありがとう」
返事と感謝をかえしゆっくりと立ち上がる。左に体を向ける。
「行ってきます」
そこにあるだろう"物"にしっかりと言い、背を向ける。確かなものを忘れないために。
「では、参りましょう」
左側から声がする。いつの間にか隣に来てくれたキリが私の手を握る。
いつもは私に触るとき必ず一言入れるのに……。そんないつもと違う使用人にそっと手を引かれる。心なしか手を握る力がいつもより強く感じた。
* * *
初登校と言っても新鮮な気持ちで通学路を歩く訳でも、新しい学校生活に心を踊らす訳でもない。ただ、玄関でキリの帰りを待つ時間が少しソワソワしただけ。
そんな不思議な状態で待っていると、キリの足音が近づいて来た。
「お待たせしました」
キリが帰ってきた。
少し待ってるようにお願いされただけで、何をしに行っていたのかがわからない。
そもそもキリは、私を待たせるようなことをあまりしないし、したとしても必ず要件を話すぐらい真面目でまめな人だ。そんな彼女には珍しい行動だったため、落ち着かない気分になる。
「ユメお嬢様。こちらをどうぞ」
そうキリが言った後「失礼します」と言い、私の両手を握り下から優しく包む。手を皿のように広げられると、滑らかで少しひんやりとした物が置かれる。
これは何だろうと疑問に思い、手を動かそうとするも僅かに"怖さ"が勝ち手が動かない。キリの事は信用しているけれど、感情がそうをさせない。
「安心して下さい。これはただの布です」
下から重ねられた手が私の手を沿いながら、手のひらに置いてある物を私の指にそっと当てる。私は指の感触に従いゆっくりとそれを握る。思ってたより滑らかで少し驚く。
「絹で作った横幅1m縦幅1cmの布です」
ハンカチにしては細長いし、タオルにしては小さい。てことは
「これ……巻くよう……?」
「はい。昔のはもうボロボロになってしまいましたから。」
そっか、もうそんなになっていたんだ。
今まで私を守ってくれていた大切なもの。それはもう無いとわかっていながらも、あの不思議と落ち着く感触はまだ鮮明に覚えている。
「もう……捨てた?」
「いえ、ユメお嬢様の大切な物だと思っておりましたので」
「そう……じゃあ……捨てて」
「よろしいので?」
「ん」
形ある物いつかは崩れる。
なら最後は折り合いが付くように、例え忘れても今抱えるこの喪失感と『今までありがとう』という感謝の気持ちだけは嘘にさせないように。だけど、できれば
「この家で……燃やしてほしい」
どこかもわからない所でいつの間にか消えている。
そんな別れは少し寂しい。せめて最後だけでもその一瞬を感じていたい。
暗闇の中から。