初登校.2
「失礼致します。」
襖が右に擦れる音がする。
「竜月様。夢お嬢様をお連れしました」
「やっと来たか」
低く凍えるような男の声。感情が乗っていないかのようなその声は、今の私と少し似ている。
手を引かれるまま歩いていると、不意にキリの手が離れる。すると座椅子を引く音がした。手で座椅子を触りながらゆっくりと座る。すると座椅子が少し押されテーブルに手が付く。
「遅いな。何もかも。やはり欠陥品か」
苛立ちを込められた声で言われる。
「はぁーー……まあいい。食事を始めよう」
長いため息を聞きながら手を手で包む。冷たい手を温めていると食事が始まった。
少しすると料理が置かれ、魚のいい匂いが漂う。お腹が鳴らないようにしてると
「本日は魚をメインにした和食料理をお作りしました」
「……」
「左からひじきの煮物、だし巻き、冷奴、鯛の塩焼き、白ご飯、けんちん汁でございます」
キリが料理の紹介をしてくれる。さりげなく、置かれてある料理の場所を教えてくれた。
「ではお食事をお楽しみください」
キリの小さな気遣いに心が少し温まる。感謝の気持ちを乗せ、そっと手を合わせる。
心の中で「いただきます」言い、箸に手を伸ばした。
* * *
手をそっと合わせ心の中で「ごちそうさまでした」と言い、手を下ろす。
和食のマナー通りに出来たと思う。もし出来て無かったとしたら、私はご飯を最後まで食べれていない。
そう思うとまた体温が下がった気がした。
「さて、わざわざお前と食事をした理由をそろそろ話そうか」
この人と食事をすることなんてほとんどない。
なのになぜ今日に限って、朝食を一緒にとろうとしたのか。ある程度予想がつく。
「今日からお前が入学する満天星学園についてだ」
満天星学園高等学校。私が今日から通う学校だ。
私立の小、中一貫校で、"多種多様"をコンセプトにした学園。
様々な才能を育成し、成功に導いてきたその方針は、どの学校にも無いものとされている。実勢や功績がある事から、入学志願者や外部入学志願者が後を絶たなかったのとか。でもある事をしてから、ぱったりと志願者が途絶えたらしい。
それと言うのが偏差値の向上、そして
「まさかお前なんかに2億も使うはめになるとはな」
入学金の指定金額を"億単位"にすることだ。
元々偏差値が高いのにさらに上げ、一般家庭では払えないような金額にする。このことから外部入学志願者は、ぱったりといなくなった。
では、入学志願者はどうなのかと言うと、中学受験での入学金及び受験料は変わらず続けるそう。なのに入学志願者も同様ほとんど居ない。
何故なのか。それは、とある特殊で残酷な条件が課されてしまうらしい。
「おい、聞いているのか」
「……」
ボーッと考えていたら怒気を孕んだ声で話かけられる。従順に振る舞うよう小さく頷いた。
「チッ、まあいい」
私の反応が気に入らなかったのか舌打ちされる。……舌打ちは嫌い。高いうえに乱暴な音、唐突に冷たい水をかけられたような気持ちになる。
舌打ちをして少し落ち着いたのか、声のトーンが少し上がる。
「高い金を払ってまで入学させてやったんだ。……わかってるんだろうな」
脅すようなその声に不思議と何も感じない。これは正式な取引。
だから覚悟はもう出来ている。
「わかってる」
そう短く、ゆっくりと言った。自分の意思を込めて。