初登校.10
「……はぁ……やっぱり」
手で開いている短編小説を閉じながらため息をつきました。
見覚えのあるものが描かれていて、その意味に少し興味が湧いたので読んで見ましたが
「何も感じない」
家族を思い合う描写に離ればなれになる喜劇、そして何ににも代えられない愛情。
読み進めるごとに映し出されるその光景を前にわたしの心は波風一つ立ちませんでした。まあ、いいです。"いつものことですから"。
「……」
本を机の引き出しの中に置き、顔を上げて周りを見ました。
やけに静かだなと思いましたが、どうやらほとんどの生徒が移動しきっていたようです。
そういえば、本を読んでる途中に話しかけられたような気がしましたが何だったんでしょうか?
「……すぅー……すぅー……」
どうでもいい事を考えながら椅子から立ち上がり、移動しようと体を教室扉に向けようとしたときに、夢の中にいるひとの息づかいが聞こえてきました。隣から聞こえる寝息にそっと目を向けます。
「……すぅー……すぅー……」
そこには、外からの光を受けながら腕を枕にして寝ている少女がいました。腰まで伸びている黒のロングヘアに小さい体、あどけない顔立ちの同い年とは思えないそんな少女。よく見ると目元には白い布が巻かれていました。頭の後ろには布が蝶々結びで結ばれていて、窓から入ってくる穏やかな風が白い羽のような形を成している布と熱に照らされ鮮やかに光っている黒髪がユラユラと動いています。布や髪は動いているが少女の体は一向に身動きしないそのアンバランス差や、あたかも職人に作られたかのようなシミ一つない白い肌はまるで
キンコンカンコーン キンコンカンコーン
「……」
「……すぅー……すぅー……」
教室の上壁際にあるスピーカーから鐘の音が鳴り響きました。
確か集合の五分前に鳴ると座席表の下の欄に書いてあった筈です。この教室から集合場所までどのぐらいでしょうか?
さすがに入学早々に遅刻は悪目立ちしそうですね……。まあ普通に走れば間に合うでしょう。
「……すぅー……すぅー……」
冷静にされど気楽に考えていると、ふと気づく
なんで今だに起きる気配が無い少女を見ながら考えているのでしょうか?
目的地の場所は分かっているんですからそこへ移動しながら思考へと意識を向ければいいだけです。
「……すぅー……すぅー……」
一体何故?考えても考えても答えが見つかりません。
「…………はぁー……」
この感覚だけは知っています。いくら思考の波へと身を沈めようと"理解できない"その現象を。
だからわたしは分からないその答えを捨てて代わりに決めたのです。
「……すぅー」
わたしは視線を外し背中に広がる熱を背に教室を出る為、一歩前に踏み出しました。




