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プレゼント

作者: 雲居笹乃

 午後九時四五分。都会でも田舎でもないこの市の電車は、この時間なら三十分ごとにしか駅に来ないだろう。電車で向こうに着くまでに十三分くらいかかるから、十時の集合に間に合うためにはこの時刻の列車に乗らなければならないのだけれど、私はまだベッドからさえ出ていない。遅刻決定。軽くため息。行く気はさらさらないのだけれど。

 もう冴えている目で時計をボーっと見つめる。瞬間、意味のない目覚ましの音が、ジリジリと部屋に響いた。


「ちさとー、今起きたの? 今日遊ぶって言ってなかった?」

 母さんの声。私以外のみんなはすでに起きているんだろう、階下からテレビの音が微かに聞こえる。弟と父さんが会話する音も。

「うん、でも寝坊しちゃったから今日は休む。携帯でメールしとけば大丈夫」

 ベッドの下に置いといた携帯を手に取ると、すばやくメールを送る。内容は、昨日から保存しておいたものだった。


「本当にいいの? だって今日、沙奈ちゃんの誕生日じゃないの。それでみんなで集まるって言ってたじゃない」

 そう、今日は沙奈のバースデー。だから親しい友達五人――男子二人女子三人――で沙奈の誕生会をしようといっていたのだ。駅の近くのカラオケボックスで、騒ぐ約束もして。プレゼントも、用意した。

 でも、私は今家にいる。

「大丈夫、大丈夫。こんなことで喧嘩になるような人とは友達になってないし、一応」

 母さんには適当に返しておく。とはいっても余計なことを聞かれるのも面倒だし、母さんが心配をし過ぎないように、そのくらいで。

「そう?」

 心配性の母は朝食を皿によそりながら何度も私に尋ねる。今日は味噌汁とご飯か、あ、天気予報明日雨じゃん、いやだなぁ。母の心配をよそに、私はそんなことばかり考えていた。

「いいのね?」

 母さんが聞いてきたのはこれで一体何度目だろう?

「だから平気だってば!」

 ついつい声を荒げてしまった。


 ヴーヴー、と携帯がなる。どうやらメールが来ているようだった。多分彼女から。携帯を見ると、やっぱりそう――予想通り、麻実だった。

『作戦実行したぁ? こっちはオーケー。亮も大丈夫だってメール来たよ』

 画面にはそう文字が浮かんでいた。

 私もすばやく指を動かす。

『こっちも大丈夫そう。沙奈にはメール送ったし。沙奈から返信は来てないけど。ま、任務完了ってことで』

 送信、と。携帯を閉じると、パタンといつもの音がした。



「ねぇ、私思ったんだけど」

 何日前のことだったっけ、麻実がそう言って亮と私を呼び寄せたのは。口に手を当てて、微妙ににやけた顔で言う。

「沙奈の誕生日、サプライズでもしてあげない? あいつらの気持ちに気付いていないとは言わせないから」

 三人で、ほかの女子と話す沙奈と、その後ろ、席五個分離れたところで次の授業の用意をしている純を見た。純が机越しにふっと顔を上げ、少し止まった。彼は見ているのだ、前を――彼女のいる場所を。

 沙奈はそれに気付いたのか純の所に翔けていく。そして笑顔で話しかけた。たぶん、メガネ汚れてるよ、とか言ってるんだろう。

 胸の奥から聞こえた声……私は聞こえないフリをした。


「あいつら、早くくっつきゃいいのに。クラス公認の仲だろ? どっからどう見たってそういう関係にしか見えねえし」

「ホントにそう。じれったいんだから」

 横の二人はこういう話を始めさせたら終わらない。早いうちにやめさせとかないと全然違う所まで話が飛んでしまうし。麻実の話はまだ途中なのに。

「んで、麻実、サプライズはどうしたのよ、サプライズは」

「あ、そういえばそうだったっけ」

 話を始めた張本人だというのに。まあ、こういうところが麻実のいいところでもあるのだけれど。

「えーとね……当日まで絶対に内緒にしておいてね。――純に、告白させるのよ。二人っきりでね」

「こくはくぅ?」

 私と亮の声が重なる。麻実は「しーっ」と言って人差し指で口を押さえた。

「ごめん、で、どういうこと?」

 麻実は話し始めた。

 つまりは、こういうこと。


 まず、『誕生日だし皆で出かけよう』ともちかけ、みんなその気のように何日もかけて念入りに話を進めていく。同時進行で、純には「男子からの告白っていいよねぇ」などの話を耳元で聞かせておくのだ。そして当日は、五人のうち沙奈と純以外の三人は適当に理由をつけて休み、二人だけにし、純に告白をさせる――。


「上手くいくのか、それ」

 言ったのは亮。たしかにそれにはうなずけた。告白をするかを決めるのは純だ。一応サプライズにはなるだろうが、それが百パーセント完璧に成功するとは……言いづらい。

「大丈夫! 私が何とかするから。もちろんばれないようにね」

「本当に大丈夫かー?」

「何よ、文句でもある?」

「ねぇけど……俺もあいつら、いい加減にはっきりしろって思ってるし」

 亮はため息をついた。彼の目が見る先は、教室を通り越した遠くのどこか。きっと私には見えないところなんだろう。けれど亮の気持ちはなんとなく漠然と、わかる気がした。

 亮の胸にも誰かいて、今叫んでいる所なのかもしれない、そう思った。実際、私の心は少しうるさくて、変な感じがした。



 違和感はまだおさまってくれていない、むしろ強くなっている。でも、私は家からは出ない。二人を邪魔する気はない。


 ヴー、ヴー、ヴー。携帯が再び鳴る。一体誰からのメールだろうか。差出人は――沙奈と、亮。二人から来たようだ。一体いきなりなんなんだろ。

『もぉ、なんでみんな一斉に? もしかしてサプライズでもあるのかな? まあいいけどぉ……。今日は楽しんでくるねっ!』

 沙奈からのメール。あらら、ばれてる。ま、いっか、本当のサプライズは、これからなんだろうし。一言、『ハッピーバースデー』と送っておこう。

 次は亮から?

『よお。今度愚痴大会でもしようぜ、いろいろたまってんじゃねぇの? 俺もたまってるし』

 亮から前にメールが来たのはいつだったっけ。面倒なことが嫌いな亮が、珍しい。――うん、たまってる……亮にも、私にも。このことはまた学校で話そう。今はあんまりそういう気分じゃないから。


 今頃彼女たちは何をしているんだろう。二人っきりで笑いあっているのか、それても気まずい中、精一杯話しているのか。それを想像して、フッと笑みが漏れた。

 リビングの窓へ手をつける。ガラスが少しだけひんやりとしていて気持ちいい。

「お誕生日おめでとう、沙奈」

 小さな声だけど、そう言った。


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