王国の知識と秩序を守る者
1
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Teach me the falsehoods which thou hast seen and heard.
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Teach me the malice which thou hast seen and heard.
男女二人の声で輪唱のように同じ呪文の詠唱がなされる。
「確認します。エグザミナー、幾つか発言を」
「私は探検家統括管理官エグザミナー。探検家管理官インスペクトの命を脅かす者。王国の知識と秩序を守る者」
「……よろしい。では確認を、イグザミナー。
私は探検家統括管理官インスペクト。探検家管理官イグザミナーに付き従う者。王国の知識と秩序を乱す者」
「……こちらも問題ない、続けて宣誓する。
私は探検家管理官エグザミナー。探検家統括管理官インスペクトに付き従う者。王国の知識と秩序を守る者」
「私は探検家統括管理官インスペクト。探検家管理官エグザミナーを付き従える者。王国の知識と秩序を守る者。
……では本日の審査を始めましょう。それにしても命を脅かすとは、今日は随分と穏やかではない言葉を選びましたね」
「そう言うだろうと思って選んだ。ちゃんと悪意は伝わったろう」
「えぇ、もちろん……
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Your voice be my voice.
では報告審査を始めます。守衛、待たせている探検家を入れてください」
インスペクトたちのいる五つ目の審査の間──審査の間そのものは五つ以上、存在する──に隣接する前室の外、前室扉前で待機している二人の守衛へ呼びかけた声は間違いなくインスペクトのものであったが、その声を発したのは天井近くから廊下を睥睨している人面の彫刻だった。
しかし守衛は驚く様子もなく、その指示に従う。何しろ管理官の二人も天井の彫刻と同じような仮面を常に着けているため、どれが本物なのかを考えることなど馬鹿らしくなっていたからだ。守衛は、きっとすべてが本物なのだろう、と思うことにしていた。前室の守衛の片方はその場に残り、もう片方は廊下を進んで突き当りの扉を開いた。
「第五の間における報告審査が始まった。最初の者、こちらへ」
守衛に促されて扉の向こう、踏査報告のために王都へ参じた探検家たちでごった返している大広間から、一人が吐き出されたかのように転び出てきた。吐き出された一人が手の中の木札を提示すると扉の中へ招き入れられ、前室前を固めている守衛へと引き渡される。報告に訪れた探検家の傍らを守衛が離れることは、インスペクトとエグザミナーの待つ主室へと送り込まれるまで、ついになかった。
最初の探検家は、まだ少年とも呼べそうな男性が一人だった。その若さから察せられるように今回が初めての報告か、或いは慣れていない新米なのだろう、とエグザミナーは考えていた。報告に際しては、そのまま探検へ赴くような装備で審査の間に入る者も少なくない中、小ざっぱりとした平服に着替えてきている辺り好感が持てなくもない。もっとも好感を持つことと、これから受ける報告の内容査定について関連性を持たせてはならなかった。エグザミナーが少年に声をかける。
「ようこそ、審査の間へ。あなたの報告が王国へ、新たな知識と堅固な秩序を齎さんことを願う。報告審査は私どもの質問に、あなたが返答する形式で進められる。頻繁に質問を繰り返すことになるだろうが、返答に関係のない発言は慎むように。
では最初に、あなたの名前と職位を」
「あ、はい、はじめまして。ぼ……私はタイロー。王国公認の遺跡探検家です」
タイローが新米丸出しの返答をしている間にエグザミナーは音もなくタイローへと歩み寄り、その眼前に立つ。
「よろしい。では次に、今回の任務について説明を」
「それは皆さんの方が、よっぽど知ってるんじゃあ……」
「あなたが任務をどれだけ理解して当たったか、が重要だ。二度手間だが改めて、あなたの口から説明を」
「はい、わかりました。
……私は一ヶ月くらい前に、王都で初めての遺跡踏査の任務を命じられました」
「任務を命じられた具体的な日にちは覚えていますか」
それまで黙って聞いていたインスペクトがタイローを遮って質問する。タイローは少し冷や汗をかいた。そんな細かい日にちなど覚えていなかったからだ。それでも正直に答えるしかない。
「……いいえ。一ヶ月くらい前としか覚えてません」
「続けて」
応えたタイローにエグザミナーが先を促す。タイローはインスペクトが発した質問に正しく答えることができたのか、わからないまま説明を続けることとなった。
「踏査を命じられてから、すぐに遺跡から一番近い街まで移動して道案内を募りました。道案内の都合がついて、六人で街を出発したのは街に着いてから三日あとのことでした」
「下賜された遺跡までの地図を。返却の必要はない、見せるだけで」
エグザミナーがタイローに指示する。先ほどの質問とは違い、これにはタイローも即座に反応できた。報告の際に下賜された地図も必要になる、と任務を受けたときに説明されている。タイローの携えていた袋から地図が引っ張り出されると、二人の管理官の目線が明らかに地図へと突き刺さった。
タイローの出した地図はインスペクトとエグザミナーから見れば虚実の入り混じった継ぎ接ぎだらけのものではあったが、下賜された地図に記載されている情報すべてが真実とは限らない旨を二人は知らされている。問題は、地図そのものが本当に王国から下賜されたものである、という一点であり、タイローが見せた地図は正しく王国から下賜されたものであることを、その言動や地図そのものから確認することができた。
「下賜された森の地図は正しく機能しましたか」
インスペクトが再びタイローに問う。タイローは返答に迷った。道案内の狩人に地図を見せたところ、幾つかの間違いを即座に指摘されていたからだ。幸いにして大事に至るようなことにはならなかったが、実際に狩人の案内で森を進むと地図の記述と合わないと思われる局面は確かにあった。地図読みに自信がなかったためではあったが、道案内を雇って良かった、と胸を撫で下ろしたことも覚えている。
しかし今のタイローの問題は、その事実を指摘して良いのか判断がつかないことだった。その迷いは言葉が何も発せられない空白の時間となり、空白は審査の間を満たす。するとインスペクトがタイローの胸の内を正確に読んだかのように言葉を続けた。
「正しく機能しなかったのであれば、我々は地図の間違いを正さねばなりません。現地で地図と現実を突き合わせたのは他ならぬ、あなたたち自身です。間違いがあったならば我々に教えてください。我々に新たな知識を齎してください」
その言葉を受けて、タイローの意は決した。
「わかりました。
……まず遺跡までの時刻が短すぎるように思えました。遅くても二刻で着きそうな風に書いてありましたが、雇った狩人の話によれば森を歩くのに慣れた者が急いでも三刻の距離だろう、とのことでした。僕たちは安全を選んで行きに五刻かけましたし、帰りも四刻でした」
ここでタイローは一度、言葉を切って管理官たちの様子を伺ったが、その表情は仮面に隠されて何も推し量れなかった。タイローの一人称が恐らく素に戻ったことには一切構わず、続けて、とエグザミナーに先を促される。
「遺跡の規模も違いました。遺跡を一回りするのに一刻とありますが、実際は刻四半もかかりませんでした。大きさが違い過ぎて別の遺跡に着いてしまったと思ったくらいです。これも狩人の話では、近辺に他の遺跡は見当たらない、とのことでした」
「他には」
「狩人の話だと生えている植物についても間違いがあるそうです。でも、これは僕たちでは確認できませんでした。狩人の話だと、使うのは怖い地図だ、と言ってました」
インスペクトたちが地図から知り得た箇所と、タイローの指摘した間違っている箇所は確かに重なり合っていた。
「わかりました、ありがとうございます。あなたの指摘を地図の原本へ反映させることを約束します。ですが問題も残ります。あなたへ下賜された地図の間違いが修正できません。
その地図は、どうなさいますか」
「どうとは、どういうことでしょう」
タイローは率直に聞き返した。答えたのは引き続いてインスペクトである。
「あなたが望むのであれば、地図の返上が認められるでしょう。しかし本来は地図も褒賞の一部ですから、もしも返上なさるというのであれば今回の褒賞が上乗せされることになるでしょう。返上なさらない場合であれば、あなた自身が修正して引き続き使うことになると思われますが、どうなさいますか」
ここに来て突如、褒賞の上乗せを提示されたタイローは迷わなかった。
「原本が修正されるなら、もう一度あの遺跡を調べる任務を命じられても次は修正された地図が貰えるってことですよね。それで報酬が増えるなら返上します」
インスペクトはエグザミナーを見やって頷き、言葉を続けた。エグザミナーもインスペクトへ頷き返している。
「わかりました。では、そのように手続きを進めさせましょう」
「私どもに正しい知識を齎してくれたことを感謝する。それと続く説明において遺跡から街や王都へ戻るくだりは、特に報告すべき事柄がなければ割愛して構わない。では道案内の都合がついたところから、続きを」
2
「……はい。僕たちは街に着いて三日を準備に使ってから、遺跡を目指して森へ入りました。地図の不確かさを指摘された僕たちは道案内の指示に従いはしましたが、あの時はまだ地図がそこまで不確かなものという確証も持てなかったので、地図と実際の違いを検証しつつ安全を重視して進みました。
遺跡に着いて、まず外形を測るために一周しましたが刻四半もかかりませんでした。遺跡の外形は、どの辺も似たような長さだったように感じられました。遺跡が思っていたより小さく感じられたので、念のために拠点を作って半日ほど休んでから遺跡踏査を始めました」
「よろしい。ここからは遺跡の地図を見ながら話を聞きたい。遺跡の地図は作成したか。もしも作成したならば、私どもはあなたに地図の提出を求める」
「はい、描きました……これです」
再びタイローが袋から羊皮紙を引っ張り出し、インスペクトたちへ見える形で提示した。こちらも再び二人の視線が羊皮紙へと釘付けになる。管理官の二人から見て、地図に意図的な歪曲や間違いは見受けられなかった。実に綺麗な地図であったが、それだけでは少し足りない。
「地図を私どもへ見せながら、先を続けて」
エグザミナーに促され、タイローは先を続ける。
「入り口は天穴に面している一辺の、ちょうど中央くらいに一つだけありました。何があったのかはわかりませんが石造りの扉というか、たぶん壁の一部が内側に倒れて入り口のようになっていました。封印していたものが後に基部を失って、内側へ倒れ込んだようにも見えました」
「それは、既に盗掘に遭っていた、ということでしょうか」
「わかりません。道案内の狩人によれば、その人が狩人として独り立ちした頃には、もうそんな感じだったそうです。ただ自然に倒れたにしろ人為的に開けられたにしろ、相当な時間が経っているように見えました」
「なるほど。続けてください」
「はい。その入り口は小さく、人ひとり入るのがやっとの大きさでした。角灯に火を入れて中に入ると、そんなに広くない部屋になっていました。だいたい十人も入れば身動きは取れなくなりそうでした」
今のところタイローが指し示す地図の注釈とも、管理官の二人が見聞きしている範囲で齟齬はない。今の二人であれば悪意を持って隠されていたとしても、地図か発言に反応が出る。そして地図には続きがあり、タイローも話を続けた。
「そして、この地図にも描いてあるように部屋の奥、入り口のちょうど反対側の床に階段が口を開けてました。隠されてもいませんでした」
「階段とは」
「下っていく階段でしたが、二十段くらい下りたところで更に狭い部屋になっていました」
「二十段くらいですか。地図では十八段となっていますが、正確なところを教えてください」
確かにインスペクトの指摘どおり、地図では「十八段下りる」と注釈をつけている。地図を見ずになんとなくで答えたタイローだったが、その指摘の細かさに舌を巻いた。
「十八段です。今のは少し省略して話しました。すみません」
「煩わしいと感じられるでしょうが、地図の原本を扱う者の一人としては必要な確認事項なのです。ご容赦いただきつつ、お付き合いください」
「はい、大丈夫です」
「階段を下りたところから、続けて」
「はい。下の部屋は五人で下りたら身動きが取れなくなりそうだったので、仲間の技士に探索を任せて僕と他の三人の仲間は一度、上の部屋に戻って仲間の報告を待ちました。技士はたっぷり半刻をかけて調べて戻ってきましたが、何もない、とのことでした。
仲間を疑っていた訳ではないですが、罠などの仕掛けもない、ということだったので一人ずつ下りて納得いくまで調べてみましたが、何もない、という結論は変わりませんでした。あるいは僕たちには見つけられなかっただけかも知れませんが、わかりません」
「何故あなたたちには見つけられなかった、と考えましたか」
「つまり、その……任務が簡単すぎるからです。結果論かも知れませんが、僕たちが上げた成果はそんなに多くありません。既に盗掘されていたかも知れない遺跡の現状を確かめただけ、みたいなもんです。
全員で下の部屋を調べた後、たっぷり半日は休んでから道案内の狩人さんの手も借りて今度は周囲の探索もしたのですが、結局は何も見つかりませんでした。こんなことで一ヶ月くらいは拘束されるにしても、言われたような報酬が貰えるなんて都合が良すぎると思うんです。
あの……不躾なのはわかっているんですが、こんな報告で約束していただいた報酬はいただけるものなんでしょうか」
「必要経費を含んだ上で、一人一日あたり大銀貨三枚という話は変わりません。市井の頼み事などに比べれば、ともすれば高額なのかも知れませんね。ですが私には安いとすら感じられます。
考えてみてください。辿り着いた遺跡で、いや遺跡へ辿り着くまでの間で獣に襲われない保証はありますか。あるいは遺跡に何者かが住み着いていて、その先住者と戦闘にならない可能性を見積もれますか。
危険手当までをも含めるのであれば、日に金貨三枚であっても不思議はない話だと感じられますが、我らが王の定められた褒賞は日に大銀貨三枚です。これは変わりません。
ただし先ほどから話に出てくる道案内に関しては任命時に申告がありませんでしたから、道案内へ支払う賃金は必要経費として褒賞の中から捻出していただく必要があります。ご納得いただけますか」
先住者はおろか野生動物にすら遭わなかったのは、道案内の手腕と自分たちの幸運か、とタイローは納得した。と同時に「それなら金貨三枚、出してくれればいいのに」と細やかな不満も抱くが、もちろん口にはしない。道案内の雇い賃については後で交渉しようと思っていたが、先に念押しされてしまった。もっとも予想していた対応だったので、今ここでタイローが慌てふためくことはない。雇い賃はタイローたちの身銭を切って既に支払ってあった。
タイローがインスペクトの言葉を飲み込む僅かな間を置いてから、インスペクトが更に続ける。
「先ほど、こちらの管理官も申し上げましたが、遺跡で起こったことが以上ですべてであれば、ここで報告を終了していただいても問題ありません。他に何かございますか」
「……何もないと思います。ちょっと確認するのに考えさせてください」
頷くインスペクトをよそに、タイローは考え始めた。タイローの報告を要約すると、遺跡へ行って手ぶらで戻りました、なのだが、それでも日に大銀貨三枚の報酬は変わらない、という。かかった日にちは、ほぼ一ヶ月くらいのはずだから一人あたま大銀貨九十枚くらいにはなるだろう。
つまり金貨四十五枚。見たこともない大金貨なら九枚か、というところまでをタイローは即座に計算していた。そして金額の提示はまだないが、地図の返上分もある。話の方は、もうほぼ終えたと考えても良さそうだった。実際、下の部屋には何もなかったし、遺跡の周囲も同じである。もう、ない。タイローは強く頷いた。
「はい。報告できることは、もうありません。ですが、まだ地図の返上分の報酬額を聞いてません」
エグザミナーが反応しかけたところを、インスペクトが手を挙げて制する。
「そうですね。地図の返上については、あるお願いを聞いていただいた上で大金貨二枚となります。お願いとは、地図が間違っていた事実を市井において吹聴していただきたくないのです」
大金貨二枚はタイローも驚く。大金貨ですら見たことがないのに、その上の白金貨まで目にすることが可能となる金額を提示されるとは思ってもみなかった。通商上、特別な場合は白金貨や、より高額な大白金貨が使われるらしい、と聞いたことはあるものの見たことなどあろうはずもない。しかし、これはつまり口止め料という奴なのだろう、と納得もする。「下賜した地図が間違いだらけだった」は、なるほど外聞が悪い。
「わかりました、口外しません。仲間にも言い含めます」
「ありがとうございます。ところで今日はお一人でいらっしゃいましたか。それともお仲間を連れていらっしゃっていますか」
「仲間を連れています。審査の間に入る待合室の、更に手前の待合室で待っていると思います。どうしてですか」
「支払われる金額が膨大になりますから、どのような貨幣でお支払いすべきか、そして一まとめでお支払いすべきかの話し合いが必要と思われますので」
金貨四十五枚を五人分。一人で持てるが、ちょっとした手間にはなる。
「どんな種類で支払ってもらうことができますか」
「一日あたり大銀貨三枚ですから、最低でも大銀貨での支払いになります。ですが総額で四百枚を超えますから、ご遠慮いただけると助かります。市井の商取引で使い勝手が良いのは金貨か大金貨でしょうけれども、ご希望であれば白金貨を用意することもできます。ただし白金貨を両替できる商人は多くないでしょうから、お勧めは致しかねます」
「そういうことなら、人数分に分けた金貨をもらえますか。一人あたま四十五枚くらいになると思うんですが……」
「ありがとうございます、そのように手続きを進めさせます。正式な金額については仰るとおりの金額になるのでしょうが、他の者に任せましょう」
こうしてタイローの初任務は完了し、一人あたま金貨四十五枚と大銀貨一枚の支払いを受けた。道案内の狩人には合計で金貨五枚を支払っていたので実質は金貨四十四枚に大銀貨一枚となり、事前に使っている必要経費を考えれば更に目減りするが、それでも物価の高い王都でなければ一ヶ月は楽に暮らせる金額であった。
またインスペクトとエグザミナーにも利益と呼べる収穫はあった。宣誓にあった知識や秩序こそ得られていないが、一度は下賜した地図を回収できた。そもそも新米の報告に新たな知識が含まれていることは期待していない。地図が市井に出回ることは想定されているものだが、回収できるに越したことはない。可能な限り回収せよ、とは二人が受けている数少ない指示のうちの一つであった。
3
「エグザミナー、休みますか」
「まだ一組目。問題ない」
「途中で息切れ、はないようにしてください」
「当たり前、舐めるな」
「わかりました。次を呼びましょう。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Your voice be my voice.
守衛、次の探検家を入れてください」
程なくして、次の探検家が審査の間の主室へ通された。今度の探検家は仲間たちをも主室まで引き連れて来た。
4
「ようこそ、審査の間へ。あなたの報告が王国へ、新たな知識と堅固な秩序を齎さんことを願う。報告審査は私どもの質問に、あなたが返答する形式で進められる。頻繁に質問を繰り返すことになるだろうが、返答に関係のない発言は慎むように。
では最初に、あなたの名前と職位を」
「ピボット、遺跡探検家」
ピボットと名乗った学士服姿の女性遺跡探検家は、部屋に入った瞬間から二人の管理官を凝視していた。その後ろに控えている三人の仲間も、鎖帷子を着込んだ女は剣を佩き、小剣を佩きながら複合弓を背負っている男は革鎧で全身を固めている。最後の一人は腰から戦棍を吊り下げており、こちらの男も全身を革鎧で固めていた。ピボット本人は杖を携えているので、魔術士なのであろう。つまり全員が見事に完全武装していた。
──Invisible neighbours, lend me your power.
──Teach me the flow of power that you feel.
インスペクトは小さくため息をついた後、魔術を行使する。案の定ピボットが魔術を行使したままであることを、魔術が教えてくれた。
「報告中の魔術行使について制限はしませんが、報告そのものに支障があるようならば中断させますので、そのつもりで」
「やり切って見せましょう、お気遣いなく」
インスペクトの忠告に対して、ピボットは皮肉で返した。まだ余裕はありそうである。そもそも魔力感知されていても害はない。悪意感知でも問題は軽微である。虚偽感知と判断できれば問答無用で中断させる。しかしピボットがどんな魔術を行使しているのか、管理官たちでも知り得ない。そもそも管理官が魔術を行使していると睨んでの行動であろうが、管理官たちにしてみれば「何を当たり前な」程度の話であった。
「では今回の任務について説明を」
ピボットが無言で遺跡までの地図と、恐らく今回の踏査した記した遺跡の地図を並べて提示する。話が早いことは消耗が抑えられるので管理官として歓迎できる側面もあった。エグザミナーの言葉にピボットは一切従わず、言いたいことを言いたいだけ言い切った。
「今回の地図も酷かった。地図は返上する。カネ寄越せ」
「その点については承知いたしました。地図の返上によって褒賞に大金貨二枚が上乗せされる、ということもご存じのようですね」
「知っている。地図は酷かったが、仔細を指摘するつもりはない。どうやってるかはまだわからないが、あんたら監視してるだろ。道中で何があったか知ってるんじゃないか」
「監視していませんので、何があったか存じ上げません。説明いただけますか」
「説明してやる。三人組のならず者に襲撃された」
「詳細を」
「どこから目をつけられていたかはわからないけど、森に入って一刻もしないうちに囲まれた」
「人数で勝っていたのであれば問題なかったのでは」
「人数の問題じゃない。襲われたこと自体が問題」
「そのならず者たちを私どもが派遣した、とでも仰るのでしょうか」
「違うのか」
「違います」
「その三人を撃退して、どうなさったのでしょうか」
「撃退したことは知ってるのね。ふん縛って身ぐるみ剥いで放置した。今ごろ死んでるでしょ、きっと」
「知りませんでしたが、皆さんが健在のようですから。ならず者の生死については関与しませんが、ひょっとすると賞金首でしたか」
「さぁ、知らない。気にしなかったし、証拠もって帰るのも面倒。どっちみち森で襲ってくる奴なんて、問答無用で殺されても文句言えないでしょ」
「そうですか、では今回の任務について説明いただけますか」
「……遺跡までの地図は、いつもどおり使えない地図だった。遺跡の外周は一刻くらいで正方形。構造は天穴に面した辺の中央を通り抜ける開口部を持った、いつもの砦風で地上二階地下一階の三階建て。上階に呪紋らしき刻印の施された石柱があるのも、いつもどおり。刻印が意味不明なのも、いつもどおり。詳細は地図の注釈に記載済み。呪紋らしき刻印も一応は写し取ってきた。まぁ、間違っててもあってても、どうせ気にしないだろうからいいでしょ。
これでいい?」
「ありがとうございます。それでは貨幣の種別と支払いの方法を決めていただけますでしょうか」
「全部、金貨で均等に四分割。帰りに窓口で受け取って帰る」
「わかりました。ありがとうございました」
地図や素描をすべて提出し褒賞を受け取ってから、ピボットが盛大に息を吐く。
「……尻尾、出しゃしない。関係ない話すんなとか、いけしゃあしゃあと言いやがって。腹立つ。んで肝心のお話は虚偽感知をすり抜けるか、逆にブチ当ててくる。怪しすぎ。もう私のまだ知らない虚偽感知をすり抜ける魔術、あるだろ絶対」
「わざと人数を間違えたのは?」
そう聞いたのは漆黒の肌色を持つ鎖帷子の女だった。
「そりゃ反応はあったけど、そもそも嘘だから魔術の反応だって確定なんだよな。知ってて乗ってる感じ。話の流れに不自然なとこ、なかったでしょ? 集中が崩れそうで攻め切れなかったのもあるけど。それよりも虚偽感知の影響下で、どう話をすればどう反応が出るか、ってのを読み切って喋ってる感じがした。悔しい」
「では、また遺跡踏査は受けるのかね」
こちらは壮年の戦棍持ちだ。
「もちろん。遺跡なんて大きさで定型があるようなもんじゃない。儲け話としては楽勝よ。あたしら全員、慣れてるし。あたしらの本番は審査の間だよ」
「王都と遺跡の往復と自由な時間がないのは面倒だが、ピボットの話に乗るだけで当座は儲かるしな。俺はやるぜ」
どうやらピボットと同年代らしい、複合弓を背負った男が言う。
「むしろ、乗らない奴いるの? いるなら、いま言って。事前申告から弾くから」
三人が三人とも首を横に振る。
「じゃ、残念会やったら次の遺跡踏査任務、受けに来るよ!」
ピボットの宣言を合図に、探検家と三人の冒険者は王都で定宿にしている宿屋へ向かっていった。
「もう、こちらの虚偽感知は感づかれているのでしょうね。確証を取りに来ている段階なのでしょう」
「だから統括管理官サマに、お任せした訳だが」
「向こうも虚偽感知だったのでしょうね」
「だろうな。自信満々で乗り込んで来た以上は」
「綱渡りでしたが上手くいったようですし、少し休みましょう。疲れました」
5
インスペクトが休む猶予を作ってから、三組目の探検家が呼び込まれる。虚偽感知と悪意感知の呪文は二人とも改めて行使し直した。当然ながら、その効能も確認済みである。主室に呼び込まれた探検家は男女の二人組だった。二人とも同じような革鎧に身を包み、同じように小剣を二振りずつ佩いている。
「ようこそ、審査の間へ。あなたの報告が王国へ、新たな知識と堅固な秩序を齎さんことを願う。報告審査は私どもの質問に、あなたが返答する形式で進められる。頻繁に質問を繰り返すことになるだろうが、返答に関係のない発言は慎むように。
では最初に、あなたの名前と職位を」
「アチーヴ。森林探検家を名乗ってる暗殺者」
「後ろのあなたも、名前と職位を教えてください」
まだ若い女の暗殺者が答えると間髪入れずに、アチーヴの少し後ろに自然体で立っていた壮年の男へインスペクトが確認を入れる。
「リザーヴ。冒険者兼暗殺者」
「よろしい。では任務の説明を」
「遺跡探検家マークの暗殺が今回の任務。特に何事もなく殺した」
「リザーヴさんも今回の任務の説明をお願いします。確認のため、あなたからも聞かせてください」
「アチーヴの言うことに間違いない。遺跡探検家のマーク暗殺が与えられた任務で、その任務はちゃんと果たした。絶命を確認している」
「アチーヴさん、今回の任務は暗殺だけですか。森林探検家としての任務は受けていますか」
「ないよ。今回は暗殺だけ」
「では次の機会には森林踏査も受けていただけると助かります」
「気が向いたらね。今日は褒賞もらって帰る。何日か後に、また任務をもらいに来るよ」
「わかりました。では窓口で貸与されている地図と引き換えに今回の褒賞を受け取ってください。ご苦労さまでした」
二人の暗殺者は頷いて振り返り、黙ったまま主室の扉を開けた。
「今日は変化に富んだ審査が続きますね」
「同じような審査なんて、一度もないだろうに」
「違いありません、そのとおりです」
「ま、私は楽ができて助かるけど」
「次の審査では一組目の審査のように、私が楽をできると嬉しいのですが」
「それは次の探検家に言ってくれ」
6
期待していた次の探検家は、眩しい赤毛を肩まで伸ばした女の遺跡探検家が一人だけだった。革鎧を着込み、小剣と盾を携えている。
「ようこそ、審査の間へ。あなたの報告が王国へ、新たな知識と堅固な秩序を齎さんことを願う。報告審査は私どもの質問に、あなたが返答する形式で進められる。頻繁に質問を繰り返すことになるだろうが、返答に関係のない発言は慎むように。
では最初に、あなたの名前と職位を」
「ドロウ、遺跡探検家」
「では今回の任務について説明を」
「説明はするけど、今回は報告じゃなくて破棄しに来たの」
「事情の説明を」
「地下で骸骨に襲われたわ。信じられる? 私も未だに信じられない」
「骸骨とは」
「そのまんまよ。一番最後に見たのは私を後ろへ引っ張り込んだアンカーに骸骨が剣を振りかぶって襲いかかったとこ。咄嗟にランナがアンカーの補助に入った。私とリードには『入り口まで戻れ』って叫んで逃げる隙を稼いでくれた」
「人物の整理を」
「……アンカーは戦士、ランナアップは治癒術士。リードは魔術士で、私は技士。戦闘になったときアンカーとランナが前衛に立つのはいつもどおりだったけど、岩の隙間から一匹ずつ出てきたのよ。逃げる途中でも出てきていたから、何匹いたのかなんてわかりゃしない」
ドロウと名乗った女技士の息遣いが荒くなってきた。
「あの化け物は何? 初めて見たし、噂も聞いたことがなかった。最後に聞こえた叫び声は『逃げろ』だったし、途中も骸骨が溢れてきてたし、二人で遺跡の外まで逃げ切ったけど、軽く一日は待ったはずだけど、とうとう二人とも帰ってこなかった……」
ドロウはさめざめと泣き始めたが、エグザミナーは一向に構わなかった。
「その化け物が何なのか、私どもにもわからない。噂など私どもの耳には遠いものだ。その骸骨は遺跡の外までは追って来なかった、と。二人ともご無事で何よりだった」
「無事な訳ないでしょ! 半分になったのよ、私たち! 二人を見捨てたのよ!」
エグザミナーの言葉にドロウが激昂する。しかしエグザミナーは冷静に言葉を続けた。
「命あっての物種。この職位に着いたとき、覚悟しておくべき局面ではあったはずだろう」
「私がボンクラだったってのは認めるわ! でも、その言い草は酷くない?」
「遺跡の外に骸骨が出なかった、という知識は後の探検家を救う。逃がしてくれた二人は残念だった。速やかに討伐隊を組織して差し向わせる。その為に協力して欲しい。下賜した地図を返上してくれ」
「……こんな話に報酬の底上げ? 血も涙もないね」
「違う。あなたに下賜された地図に基づいて、討伐隊を差し向ける為だ。今回の件について私どもに、あなたへかけられる言葉はない。違うか」
ドロウの激昂は収まるところを見せていなかった。もともと赤い瞳の色が怒りで更に激しく光ったようにも見える。
「違わないけど、あんたたちに人間性を期待したのが間違いだった」
ここでインスペクトが口を出す。
「弔意という訳ではありませんけれども今回の任務について、破棄ではなく完了として扱いましょう。後で残る二人と合流できれば、褒賞を分け合うとよろしいでしょう。現場に残ったお二人が死んだ、という報告を私どもは受けておりません。二手に分かれた、とは伺いましたが」
「……どっちでもいい」
「しかし下賜した地図の話ですが、『あなたたちが使った地図を使う』ことが速やかな討伐隊の派遣に際して、最も効率的と思われる手段になります。ご納得いただけませんでしょうか」
「釈然としないけど、言ってることはわかる、気がする……わかった、返上する」
「動く骸骨への手がかりとして私どもは、あなたに遺跡の地図の提出を求める」
「……はい」
丸められた羊皮紙が、そのままエグザミナーへ向けて差し出された。泣きながら怒っているドロウの眼前へ音もなく移動したエグザミナーは、受け取った羊皮紙をインスペクトにも見えるよう広げる。地図は未完成だったが震える筆致で注釈が書き添えられていた。遺跡の外に出た後で不安と格闘しながらも書き添えたのだろう。虚実入り混じった見え方は変わらないが、可能な限り誠実に描かれたもののようである。そんな提出された地図を見ながらインスペクトはドロウに問うた。
「余談になるのでしょうけれども、今後はどうなさるおつもりですか」
「まだわからない。しばらくはアンカーたちを待つけど、正直リードも私も疲れ果ててるし、これからどうするのかわからない」
「では無理に次を、とは申しません。よくぞ生きて王国の脅威を伝えてくださりました。思うところは色々あるでしょうけれども、しばらくは御身を大切になさってください」
「……ありがとうございます」
こうしてドロウは審査の間を出て行った。
「地図の返上は成ったが、酷い悪役にさせられた」
「それも役割です」
「美味しいとこだけ、持って行きやがって」
「ところで動く骸骨と骨人形、どちらだと思いますか」
「言うまでもなく、骨人形」
「でしょうね。討伐隊の組織を急がせますか」
「急がせるほどの脅威ではないだろうに」
「骨人形の材料を、みすみす二人分も増やして差し上げる必要はありませんから」
「それなら急いでも間に合わないだろうに」
審査の間に束の間、沈黙が訪れた。
7
五組目の探検家はプロディジーという名の森林探検家だった。壮年の男で短髪は革兜に隠れているが、褐色の肌から濃い色を想像させる。今日はじめての森林探検家ということでインスペクトたちは気を引き締めた。発言はさておき、地図からは虚偽を見抜きにくい為である。相手にどれだけ多く話をさせて揺さぶりをかけられるか、が重要だった。
「それでは作成した地図を見せながら、任務について説明を」
プロディジーは頷きながら背負い袋を下ろして地図を取り出し、二人へ見せながら説明を始めた。
「天穴を背負って街から六刻の移動した地域ということだったので、まずはそのとおり移動した。途中で気になるような動物にも人にも構造物にも遭ってない。静かなものだった。
現地に着いてから、まずは天幕を張って拠点を作った。その拠点を中心として一刻で移動できる範囲を調べるのが俺のやり方なので、今回も同じように調べた。結果としては平凡というか、変哲のないものになった」
プロディジーの説明を聞きながら二人は地図に見入っている。綺麗な地図だった。一切の嘘や憶測がない。虚偽感知も悪意感知も、地図からは何一つ情報を拾い出せなかった。
「変哲がない、とは」
「変化がない、と言った方が良かったかな。変化がなさすぎる。植生は変わらなかったし、変わる様子も見えなかった。地形も多少の上下はあっても、ほぼ平坦。何匹か見かけた動物についても草食の小動物ばかりで、危険な兆候はなかった。少々、出来過ぎな気がするくらいだ」
「地図の注釈が多くないのは、そういう意味か」
「そうだ。書き加えるような事柄が何も起こらなかった、と思ってくれていい。四日粘ったものの夜が来ちまった。こっちも大体の踏査は終えてたんで、それ以上は無理せず街へ退いた。夜に森を歩くのはどうかと思うが、留まるよりはマシなんで移動した。おかげさまで無事に着いて、今ここにいる」
「植生について目撃した種類を思い出せる限り」
「全部かと言われると違うと思うが、ブナやシイが大多数だった」
「動物についても、思い出せる限りを」
「リスにイタチにウサギにキツネってとこかな……鳥は正直よくわからんが、数種類は見た気がする」
「目撃した鳥類のうち指摘できる限りを」
「……カラスとタカとスズメっぽいのが飛んでいるのは見た。他は指摘できない」
地図にある注釈にも同様の記載しか確認できない。
「目撃していない動物で、あなたが危険と感じる種類を」
「……クマ、イノシシ、シカかな」
「……わかった、ありがとう。説明は以上として今回の踏査について、あなたの感想を」
「変化という意味では何もなかった、と言い切れるような踏査だった。もちろん本当に何もなかった訳ではなく動植物の営みそのものはあったんだが、それを変化とは考えてないだろ、あんたらは。あんたらが期待していたであろう遺跡なんかは影も形もなかった。今回の踏査はアタリだった。労せず報酬が貰える」
「では私どもは作成された森林の地図について提出を求める」
「もちろん。コレ渡さないと報酬ナシだもんな。だろう」
「そのとおり。作成された地図は踏査した証拠としても扱われる」
「報酬は大金貨込みで、ひとまとめに」
「話が早くて助かる」
こうして目新しい知識を仕入れることもできないまま、二人はプロディジーが審査の間を出て行く様子を見送った。
「報告部分については綺麗なぐらい、何もなかった。虚偽の隠蔽はなかったよな」
「魔力感知を使ってはみましたが何もありませんでした。もしも隠蔽があるのであれば、話術によって、でしょうね」
「今回は口出しして来なかったが、私は何か失敗していたか」
「いいえ。あれ以上の追及は難しいでしょうし、恐らく意味もないでしょうね」
8
「……では最初に、あなたの名前と職位を」
「エクセス。王国公認遺跡探検家」
「では任務についての説明を」
「それよりも、まず最初に。下賜された地図は全然、使えなかった。返上する」
「そのように手続きを進めさせる。説明を」
「森の中を六刻ほど彷徨い歩いて、やっとで遺跡を見つけた。遺跡は外周を回るのに一刻ほどかかる大きさだった。入り口が天穴方向の前後に空いている形式の砦。地上二階の一室に何らかの呪紋の刻印がされている石の塊があった。地上階は主に作業場所として使われていたような大部屋ばかりで、地階は倉庫か何かのような使われ方をしていたであろう部屋が幾つかあった。ここまでは、よくある遺跡だった、ここまでは」
「ここまでは、か」
「そう、ここまでは、だ。まぁ、聞いてくれ。遺跡の踏査には二日かけていて、一日目で二階と一階を、二日目に地階を踏査したんだが……二日目の踏査も終わって遺跡から離れようとした矢先、二階にチラッと人影が見えた。天穴は、ずっと昼のまま。動物かとも思ったが、気になったので再び二階へ上がってみたんだ。何があったと思う?」
「先を続けて」
「つれないな。学士服姿の男が三人いた。どうやら一人は衰弱しているようで床に膝をついていた。残りの二人は俺の姿を見つけると、酷く驚いた様子で『何をしているのか』と聞いてきた」
エグザミナーがインスペクトを振り返る。インスペクトは、ただ頷くだけであった。エグザミナーが向き直るのを待ってから、エクセスが続ける。
「もちろん遺跡踏査と答えたが、遺跡の真ん前に天幕張ってたし、あの三人が何処から遺跡へ忍び込んだのかがサッパリわからなかった。わからなかったが思い当たるのが一つあるよな。忍び込んだんじゃなくて遺跡から出てきた、と考える方が自然だ。何処から出てくるか。どうやったかは知らんが刻印のある石の塊が怪しいのは確定だろう。
何処から来たのか頑として口を開かなかったんで、何処へ向かうのか聞いたらば街へ向かうと返ってきた。そりゃ同道を申し出たさ。どんな奴であったって人数が増えれば帰路の安全度合いが跳ね上がるしな。しかし衰弱している男の回復を待って移動する、と言って聞かない。もう半日待ってみたが向こうは動く気配がなかったんで、やむなく引き下がって帰ってきた。俺の報酬は日に大銀貨三枚だし、監視してるのか何なのか知らないが無駄に時間を使ってたら、お前らにはバレるらしいしな」
「実に興味深い話だ」
「そうだろう? これはお前らの言う『新たな知識』って奴に相当するだろう? そういう訳で報酬に色を付けて欲しいんだが」
「もちろん」
「よしっ! ありがたい。どのくらいだ?」
「大金貨十枚」
エクセスの顔に明らかな喜色が浮かぶ。その表情を見て取ったインスペクトがエクセスに対して初めて口を開く。
「その代わり、遺跡から何者かが出てきたであろう事を市井において吹聴していただきたくないのですが、よろしいですか」
「もちろん。こんな美味しいネタを黙って他人に譲って差し上げるほど、俺は優しくないからな」
エクセスは審査の間を辞するまで、悪だくみが成功したときに浮かべるような笑みを顔に貼り付けたままだった。
「まぁ、こちらも優しくはないのだが」
「もう手配は終えました。監視は既に張り付きましたし、動かせる駒を確保し次第、暗殺命令を下します。問題ありません。
さてエグザミナー、次の探検家を呼びましょうか。それとも休みますか」