七不思議争奪戦
鏡が割れた。
校舎の一番はしっこの四階に向かう階段の踊り場にあるやつだ。
もともと、鏡はどの階段の踊り場にも全部ついていた。上る人と下りる人がぶつからないようにするためのものだったから。道路にあるカーブミラーみたいなものだ。
だけど、開校から何十年も経つうちに、一枚割れ、二枚割れ。最初のうちは新しい鏡を入れていたらしいけど、いつからか割れた鏡を取り外すだけになったという。
最後まで割れずに残っていたのが、校舎の一番はしっこの四階に向かう階段の踊り場にある鏡だった。
その鏡もついに割れた。掃除の時間にほうきの柄がぶつかって割れたらしい。
こうして、この小学校にあった階段の鏡はすべてなくなった。
この大問題について話し合うため、ぼくら学校のおばけたちは真夜中の教室に集まっていた。
「鏡がない以上、あいつは出てこれないわ」
花子さんが教壇に両手をついて熱弁をふるっている。さすがおばけの学級委員長といった凛々しさだ。
ほかのみんなはそれぞれの席で座っていたり浮いていたり気ままな姿勢をしている。だけどだれもが真剣な顔だ。顔のある者は、ってことだけど。
熱帯魚の霊であるぼくは、カラフルな仲間と一緒に教室の後ろのロッカーの上をふよふよ泳いでいる。
生きていたころは、職員玄関にある水槽の中だけが世界のすべてだったけど、霊になったら水のない空中だって自由に泳げるようになっていた。代々飼われていた熱帯魚がみんな霊になっているから、夜の校舎の中では、魚の霊がいっぱい空中を泳いでいる。
ぼくは仲のいい七匹で群を作っていることが多い。赤いぼくのほか、青や黄色や緑などカラフルな仲間たちだ。
学級会に参加はしているけど、ぼくたちみたいな下っ端には発言力なんてない。それでも学級会を欠席なんてしたら、あとで花子さんによってトイレに流されるという罰がまっている。だからおとなしくみんなの議論を見守っているというわけだ。
「階段の踊り場のほかにも鏡ならあるじゃない。トイレとか」
上半身だけのおばけ、テケテケがそういうと、ベートーベンの肖像画がうんうんとうなずいた。
「そうだそうだ。鏡に映る幽霊なんだから、どこの鏡だって構わんだろう」
ベートーベンの言葉に、宙に浮いた二本の手首が拍手で同意をあらわした。音楽室仲間のピアノを弾くおばけだ。
すると、人体模型が、
「うーん。ただ、トイレの鏡だと全身を映すのは無理だろうな」
と腕を組んで考えこんだ。
すかさず口をはさんだのは、テケテケだ。
「顔だけでも、人をこわがらせるにはじゅうぶんじゃないかな」
人体模型が「それもそうか」と納得したのを見て、花子さんが、大声をあげた。
「トイレはだめよ! 鏡はトイレの個室より手前にあるのよ。そこで人が逃げ出したら、わたしの出番がなくなっちゃうじゃない!」
「だったらなおさらそれでいいじゃない」
「なんですって! テケテケ、もう一回言ってみなさいよ!」
「何度でも言ってあげる。花子の出番なんてなくていいと思いまーす」
ぼくらは、「あーあ。またはじまったよ」と小声で苦笑する。
トイレの花子さんとテケテケは学校の七不思議のトップを争うふたりだ。七不思議に名を連ねるのは、数ある怪異の中でも特に有名でこわいものだけ。選抜メンバーなのだ。
たくさんの人が入学して卒業していくうちに、七不思議メンバーは入れ替わったりもする。だけどいつだって花子さんとテケテケは不動の地位を築いているのだった。
ぼくら下っ端からしてみれば、どちらも同じくらいすごいんだけど、当の本人たちはどちらが一番かはっきり決めたいらしい。ことあるごとに言い合いをしている。
そこに低音の渋い声が響いた。
「まあまあ、今は七不思議の七番目をどうするかを話し合わなくては。夜が明けてしまうよ」
声の主は、胸から上だけの人型をした石膏だ。普段は美術室にいる。
「それもそうね」
花子さんとテケテケの言い合いが一時休戦となって、ぼくはほっとした。おばけ仲間から見たって、花子さんとテケテケはこわい。
あらためてみんなで黒板を見つめる。
そこには、この学校の七不思議が書き出されていた。
1、トイレの花子さん
2、テケテケ
3、階段の段数が増える
4、体育館でボールの音がする
5、音楽室のピアノが鳴る
6、開かずの間
7、踊り場の鏡に霊が映る
七番目の文字の上には線が引かれて消されている。
「このままだと六不思議になってしまうわ」
花子さんが弱々しい声で言った。さっきまでは、学級委員長だから元気なふりをしていただけだったのかもしれない。ぼくだって六不思議しかない学校なんていやだ。
言い合いをしていたはずのテケテケが、うなだれている花子さんの肩に手をおいた。
「そうよね。ほかの学校は七不思議があるのに、うちだけ六不思議だなんてくやしいわ」
いつも言い合いをしている二人がしんみりしているので、教室中のおばけたちがしょんぼりしてしまう。
「テストや運動会みたいに一番を決めるものがあるといいのになあ」
ぼくの声に、みんなの視線がいっせいにこっちを向いた。
独り言をつぶやいたつもりが、教室が静かなせいで大きく響いてしまったらしい。
言ったのはぼくだけなのに、熱帯魚仲間のみんなもぼくと一緒に注目されて、あたふたしている。
「それいいね、赤いの」
花子さんがウインクしながら親指を立てた。
ちなみに、「赤いの」とはぼくのことだ。みんな、ぼくら熱帯魚のことは色で呼ぶ。「青いの」とか「黄色いの」とか。
「いいって、テストや運動会をするんですか?」
「そうよ。人がうわさしてくれなければ七不思議にならないでしょ? ということは、人に決めてもらえばいいのよ」
「いったい、どうやって」
「放課後、みんなが帰って最後の一人に怪異を見せるのよ。その中で特にすごかったものがうわさになるはずだわ」
おばけたちは口々に「なるほど」「それはいい考えだ」と賛成した。
すると、花子さんは机の上に飛び乗って、声を張り上げた。
「決行は明日の放課後! 全員参加のこと! 七不思議争奪戦よ!」
( ˙˙ э )Э
翌日、最後まで学校に残っていたのは、新人の先生だった。
動けるおばけたちは全員で職員室をのぞいていたので、この先生が最後の一人なのはまちがいない。
その先生は、まだお兄さんって感じで、まだ誰もなにもしていないうちからこわがっている。夜の学校というだけでこわいらしい。
「おどかしがいがあるわね」
テケテケがニヤリと笑うと、花子さんはうれしそうにうなずいた。
「さあ、みんな。いくわよ」
おばけたちが大きくうなずく。もちろん、ぼくも。
「七番目の座をかけて……七不思議争奪戦、開始っ!」
花子さんの合図で、みんなはそれぞれの持ち場へと散った。
ぼくら熱帯魚が職員玄関にある水槽のそばに隠れたところで、上の階からポロロンとピアノの音が響いた。
職員室から「ひいっ!」と悲鳴があがった。狙い通りだ。
ところが。
ぼくら熱帯魚の霊は顔を見合わせた。
「ねえ、なんかちがくない?」
ぼくが言うと、みんなも口を開いた。
「ピアノの曲って、こんなのだったっけ?」
「いつもはもっと静かな曲だったよね」
「っていうか、ピアノって六不思議の中に入っているんだから、七番目の争奪戦に参加する必要なくない?」
「たぶん、ただこわがらせたいだけなんだと思うな」
「いやいや、この曲じゃ、こわくないかも」
その通りだった。だってこれは、運動会の入場行進とかでかかる曲だ。元気いっぱいの明るい曲。
「争奪戦を盛り上げようとしているのかも」
ぼくはそう言ってはみたものの、これははりきりすぎなんじゃないかと思う。こわがらせるはずが、陽気で楽しい感じになっちゃってる。
「ねえ、なんか聞こえない?」
青いのが言った。
言われてみれば、ピアノの行進曲に合わせて打楽器みたいな音がしていて、ますます楽しげだ。
黄色いのが「あっ」と声をあげた。
「これ、あれだよ、バスケットボールの音」
誰もいない体育館でボールの音がするという七不思議のひとつ……のはずなのだが。
「行進曲のリズムとっちゃってるじゃん!」
熱帯魚全員の声がそろった。
すると、緑のがなにかに気付いたようだ。
「なんだか校舎の中、にぎやかじゃない?」
ぼくらは持ち場を離れて様子を見に行くことにした。
悲鳴をあげながらも戸締まりをして回っている先生に見つからないように上の階に向かう。
するとそこではおばけたちが大盛り上がりだった。
踊る人体模型、うねりながら伸び縮みする階段、曲に合わせてチカチカ光る電気、噴水のように水をまき散らす水道、楽しげに揺れる人型に浮かび上がったカーテン、肩を組んで歌う日本兵……。
「ぎゃーーー!」
先生の悲鳴が響く。
こわいのに上の階までちゃんと見回りにきたらしい。だが、さすがにこわすぎたらしく、あわてて職員玄関に向かっていく。
「まずい。先生が帰っちゃうよ。ぼくたちもなにかしないと!」
七不思議に選ばれたいだなんて大それたことを思っているわけじゃないけど、全員参加の争奪戦に参加していないのが花子さんにばれたら、きっと怒られる。それはいやだ。おばけにだってこわいおばけがいるんだ。
ぼくら熱帯魚の霊、七匹は、急いで整列した。赤いの、だいだいの、黄色いの、緑の、青いの、藍色の、紫の。
逃げ帰る先生を追って空中を泳ぐ。光の尾を引きながら。
先生は靴も履かずに職員玄関を出て行った。ちゃんと鍵を閉めていったけど、霊であるぼくらには関係ない。しまったままのガラス戸を通り抜け、校庭いっぱいに弧を描いた。それぞれの色の光の尾を引きながら。
先生は立ち止まり、空を見上げた。
「虹だ……夜なのに虹がかかっている……」
そうして、そのまま気絶してしまった。
( ˙˙ э )Э
翌日、その先生は夜の学校でのできごとをいろんな人に話した。職員室ではみんな笑って信じなかったけれど、生徒たちは信じた。たちまち学校中のうわさになった。
無事に七不思議の七番目が決まったってわけだ。
ところが、花子さんは不満そうだ。
「納得いかないわ」
「まったくその通り」
いつもは意見が合わないテケテケも今回は花子さんに賛成する。
それもそのはず。先生の話を聞いた生徒たちは「楽しそう!」とか「見てみたい!」とか言っているのだ。
「七不思議っていうのは、こわがってもらわなくちゃならないのよ」
「これじゃあ、おばけの面子がまるつぶれだわ」
だけど、ほかのおばけたちは大喜びだ。
ぼくだって、七不思議に選ばれたいだなんて思いもしなかったけど、こうなってみると案外いい気分だ。
それに、七番目の不思議のせいで、七不思議のうわさをされることが増えた気がする。うわさにならないとぼくらは存在できないから、やっぱりいいことだったんだと思う。
花子さんはブツブツ言いながら黒板に向かい、七不思議の七番目にこう書いた。
7、おばけパーティー
拍手がおこり、ピアノの演奏が盛り上げる。
七不思議の仲間に入れたことが誇らしくて、ぼくらは教室いっぱいに虹をかけた。
さあ、今夜もおばけパーティーの始まりだ!
ϵ( 'Θ' )϶ おしまい ϵ( 'Θ' )϶