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 テーブルに茶と焼き菓子が並べられ、全員が座って落ち着いた頃を見計らい、ディルターはテュッセンに視線を向けた。


 「インベルさん、先程の続きをお願いします。」


 テュッセンは小さく肩を揺らし、深い溜息を落として口を開いた。


 「はい。娘のエリスは身体に重いものを抱えています。」

 「ちょっと、お父さん!急に何を言いだすのよ!」

 「エリス、今は話を聞こう。」

 「…はい。」

 「どうぞ続けて下さい。」


 テュッセンはチラとエリスを見てからディルターに向き直った。


 「ディルター様はエリスが一度結婚し、離縁している事はご存知ですか?」

 「えぇ、知っています。元夫のルーカス・レイドさんと彼の妻ミネリアさんとは面識がありますし、二人が離縁した理由もエリスさんから聞いています。」

 「っ!…そうですか。では、娘に子ができない事を承知の上で申し出て下さったのですね。」


 ディルターが静かに頷くのを見て、テュッセンは目を伏せて微笑んだ。その隣ではヴェラが心配そうにエリスを見つめている。


 「それは…親としてとてもありがたいお話です。ですがこれから家族を作ろうとなさっている貴方様に娘は相応しくありません。また、娘には周囲から期待を受けて…つらい思いをさせたくはありません。交際が始まったばかりであれば、まだ後戻りができます。ですからどうか…」


 テュッセンの声が沈み、言葉が切れる。別れを望む言葉の重さに閉じた唇を見て、ディルターは首を傾げた。


 「ではなぜ今回、エリスさんに縁談を持ち込んだのですか?」

 「縁談のお相手にはすでに二人の子供がいるからです。二年前に妻に先立たれて今は独り身です。少し歳は離れていますが真面目で誠実な人柄で、再婚相手との間には子はできなくても良い、と…」

 「なるほど、それでエリスさんと結びつけようと思われたのですね。」

 「はい。」

 「しかし私はエリスさんと別れるつもりはありません。なぜなら私はエリスさん自身を愛しているからです。子ができるできないは、私にとって大した問題ではありません。それより…ん?」


 ディルターは何気なく隣に座るエリスをチラと見て硬直した。額から湯気が出そうな程真っ赤な顔で俯くエリスが目に入ったからだ。ディルターは『もらい赤面』しそうになるのを堪える為にサッと目をそらし、軽く咳払いをして言葉を続けた。


 「それより、あなた方親子の間にある互いへの誤解の方が問題です。」

 「誤解…ですか?それは…」

 「はい。結論から言いますと、エリスさんは石女ではありません。それどころか結婚期間中、元夫との間には男女の関係は一切ありませんでした。」

 「えっ!?」

 「まぁ…」


 一瞬の沈黙の間にテュッセンの表情がみるみる険しさを増していく。皺の寄った頬はブルブルと震えだし、厳しい眼差しが黙り込む娘を捕らえた。


 「エリス、どういう事だ!今の話は本当なのか!?」

 「…。」

 「何か言わんかッ!!」

 「あなた、落ち着いて!」


 ヴェラは立ち上がろうとするテュッセンの腕を押さえてエリスに視線を向けた。


 「エリス、本当なの?どういう事かちゃんと説明してちょうだい。」

 「…そうよ、あれは全部私がついた嘘なの。どうしても結婚したくなかったから…。本当に愛し合う二人を結びつけたかったから…。」

 「それじゃ分からん!!…あぁ、もう、どうなってるんだ!やはりあの結婚は望んでいなかったと言うのか!?」

 「何度もそう言ったじゃない!なのに全然聞く耳を持ってくれなかった!だから仕方なく偽装結婚する事にしたのよ!自由になる為に!」

 「偽装…結婚だと?何だそれは?」


 エリスは深呼吸を繰り返し、ディルターに話した時と同じようにルーカスとの結婚生活について話した。テュッセンの表情が信じられないものを見るものに変わっていく。エリスが話し終わる頃には目を伏せ額に手をついていた。


 「つまり…私達全員を騙す為にルーカスと共謀したというのか?」

 「違うわ。私が自由になる為に彼に協力して欲しいと頼んだのよ。彼は何も悪くないわ。」

 「同じだろう!なんて事だ…まさかそんな恥知らずな事をするとは…」

 「そうさせたのはお父さんでしょう!私に結婚を強要しなければこんな事はしなかったわ!」

 「私がいつ強要した!?お前に縁談があると話した時、お前が嫌がっていたのは覚えている!しかしあの時はまだ決定していなかった!時期が来て、もしお前が変わらず嫌だと言ったら断るつもりだったんだ!しかしお前は自らルーカスと結婚すると言ってきた!だから結婚させたんだ!」

 「そんな事信じられない。お父さん言ったじゃない。『女は結婚して、子を産み育て、子を世間に出してようやく一人前になれるんだ』って。」


 テュッセンは顔を顰めて溜息をつき、苛立たしげに口を開いた。客人がいる事など忘れているかのように声が荒くなっている。


 「それは一般論だろう。そういう話をする時は必ず『私はそうは思っていない』とも言っていた。」


 テュッセンの言葉に、隣に座るヴェラが小さく頷く。エリスは俯く母親を見て、幼い頃から胸を締め付けていた光景を思い出した。


 「それだけじゃないわ。お父さんはいつも『娘は成長したらどこかへ嫁いで行く、だから家に残る息子を可愛がるのは当然のことなんだ』ってお兄ちゃんに言ってた。」

 「それは…」

 「何かにつけてお母さんや私やユアンナを…この家の女を蔑ろにしてた。」

 「なっ…違う!それにそう言ったのは理由があって…」

 「じゃあどうしていつもお母さんを叱りつけてたのよ?家の中に閉じ込めて、お母さんは自由に外にも出られなかったじゃない。それにどういうつもりで言ったにせよ、その心無い言動で私がどれだけ傷付いてきたと思ってるの?今さら言い訳なんて要らないわ。そういった言葉の一つ一つの積み重ねで、私が結婚というものを嫌悪した事に変わりは無いんだから!」

 「エリス、確かに私は…うん?」


トントン トントン


 何かを叩く音が聞こえて言葉を止める。ヴェラは立ち上がり、扉を開けて耳を澄ませた。


 「ごめん下さい。コリーです。メルレアン男爵家からの使いで参りました。」


 玄関扉の向こうからコリーという名を聞いてヴェラがテュッセンに振り返る。テュッセンは小さく溜息をつき、ディルターに中座を詫びて立ち上がった。その背が閉められた扉で見えなくなると、エリスは声を落としてディルターに頭を下げた。


 「ディルター、ごめんなさい。はしたないところを見せてしまって…。」

 「大事なことだから気にするな。それより君達親子はもっと話し合うべきだ。結果的にどうなっても、俺は君の側にいるから安心しろ。」

 「えぇ、とても心強いわ。ありがとう…って、お母さんたらまたニヤニヤしてる。」

 「だってねぇ。まさか本当に騎士様とだなんて。前に来られた時は、まさかうちの娘なんかと無いわよねって思ったけれど…」

 「ちょっと。なんかって何よ、なんかって!」

 「そうですよ。以前も思いましたが、どうしてそんな風にご自分の娘を侮辱するのですか?」

 「侮辱?」


 ディルターの予想に反して二人の女の声が重なって返ってくる。ディルターはキョトンとした表情の母子を交互に見て、雰囲気が違う方向に向かい始めた事を瞬時に悟った。短い沈黙の後、先に口を開いたのは吹き出すのを堪えたヴェラだった。


 「侮辱だなんて。だってこの子は昔から…」

 「お母さん!余計な事を言わないで!」

 「あら、でもこのままじゃ私は娘を蔑ろにする酷い母親になってしまうわ?」

 「いいじゃない、それで!」

 「んまっ!騎士様、お聞きになりました?これがこの子の本性ですよ?」

 「もぉぉぉ!やめてよお母さん!」

 「待って、ちょ、ちょっと待て、二人共落ち着いて。インベル夫人、どういう事です?」


 ディルターは話の主導権をヴェラに渡し、エリスが口を挟まないようにチラと視線を向けた。エリスはバツの悪い表情でそっぽを向いている。ヴェラは勝ち誇った表情を隠そうともせず、『さぁ言ってやるぞ』と言わんばかりにスゥと息を吸い込んだ。


 「実は、エリスは幼い頃からとにかく活発で、それはもう手に負えない程のじゃじゃ馬…いえ、馬そのものだったんです。」

 「馬。」

 「男の子に混ざって遊ぶのは当たり前で、スカートの下にズボンを履いてあちこち馬みたいに走り回っていたんですよ。高い木を見つけたら必ず登りますし、男の子と喧嘩をするのもしょっちゅうでした。どこで遊んでいるのか毎日朝から晩まで泥だらけで、洗濯するのも一苦労でした。」


 ヴェラが話している最中ずっと隣から『あぁぁ〜』と呻き声が聞こえてくる。ディルターは崩れる寸前の口元を手で隠してヴェラに続きを促した。


 「年頃になってさすがに走り回るような事はしなくなりましたが、気の強さや口の悪さだけは残ってしまって。買い物へ行ったら帰ってこなくて、探しに行ったら子供達と一緒に木に登って虫を捕まえているし、いじめっ子を見れば泣いてる子の前に立ちはだかって子供を相手に大人げ無い程喚き散らしてました。」

 「喚いてなんてないわよ!それにそれって私が十八ぐらいの頃の話でしょ!?そんな昔の話…」

 「エリス、十八はもう立派なレディーだ。ククク…」

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