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 「私は、ディルター様の全てが大好きなんです。」

 「まぁ〜っ!」


 レリアンナは両手を口元に当て、気味悪そうに眉間に皺を寄せた。一方ではディルターがさらにジッとエリスを見つめて言葉を待っている。エリスは正反対の表情を向ける二人に苦笑しつつ言葉を続けた。


 「初めてお会いした時の凛々しいお姿はとても印象的で…今思えばその時に、私はすでにディルター様に心を奪われていたのだと思います。その後も何度かお会いする機会があったのですが、ディルター様はいつも紳士的で…私に優しく微笑みかけ、話しかけて下さいました。」


 レリアンナが『誰の話?』という目をディルターに向けている。エリスはそれを見てさらに苦笑しながら続けた。ずっと胸の奥で燻っていた想いを言葉に乗せる機会は、もう二度と来ないかもしれない。


 「私が困っている時は必ず手を差し伸べて下さる親切なところも、剣を振る雄々しいお姿も、寝起きの少しだらしないお姿も、私が作ったクッキーだけは食べられると嬉しそうに仰るところも、本当に愛しくて…」

 「え!?ちょ、ちょっと待って?ディル兄様がクッキーを食べたのぉ!?」


 レリアンナは軽く仰け反り、目を見開いて声を上げた。


 「はい。甘いものは苦手ですが、私が作るクッキーはお口に合うそうです。」

 「うっそぉ〜!!信じられない!ディル兄様が甘いものを口に入れるなんて!子供の頃から甘いものだけは絶対に食べないってスドナから聞いてたのよぉ〜!?」

 「エリスが作るものは何でも美味いからな。最近は紅茶味が気に入っている。」

 「あら、それじゃあ帰ったらすぐに作りますね。」

 「レーズンとナッツのも作ってくれ。」

 「フフ、あれもお好きですよね。」

 「あわわわわ、聞きたくない。信じられない。こんな甘いのディル兄様じゃない。これはこれで無理ぃ!!」


 余程衝撃だったのか目を閉じて顔を背け、ディルターに向けて指でバツを作っている。ディルターはそれを半目で見返し大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。


 「お前って奴は…。とにかく、これでもう良いだろう。お前とエリスを会わせたら解消するという約束は守ってもらうぞ。」

 「あぁ、あれならご心配無くぅ〜。もうすでに解消されてるから、私達はとぉ〜っくに赤の他人よ。」


 一瞬、時間が止まった。


 「は?」

 「今後はスドナを通じて関わる事もあるかもしれないけれど…ま、ディル兄様には困った時()()連絡するわねぇ。」

 「おい!じゃあなんでわざわざ呼び付けたんだ!!こっちは暇じゃないんだぞ!?」

 「だぁってぇ〜。恋人がいるからって理由でこの私がディル兄様に振られるとか意味が分からないじゃない?それにディル兄様がどれ程恋人に本気なのか知りたかったのよぉ。だからそれまでは解消した事を内緒にしてもらってたのぉ。ウフフフフ」

 「〜〜ッ!!お前って奴はいつもいつも俺を怒らせるような事ばかり…!」

 「そんな事よりエリスさん!」

 「はい。」

 「ディル兄様の相手ができるのはあなたしかいないわ。兄様の事、よろしくぅ!」


 言葉とは裏腹に、レリアンナの見透かすような眼差しがエリスに向けられる。エリスは胸に息苦しさを感じながら小さく頷いた。


 「はい。こちらこそ…よろしくお願い致します。」


*


 帰りの馬車の中、対面に座る二人は座席にグッタリと身を預けて外の景色をボーッと眺めていた。交易で栄えるトレンタの中心街も随分賑やかな場所だが、王都はより洗練された建物が立ち並んでいる。特に通りに面した場所は王侯貴族の目に留まりやすいよう美しく飾られた店で埋め尽くされているのに、今は何も目に入らなかった。


 「やっと終わった…。エリスさん、協力してくれてありがとう。」

 「いえ、無事に終わってホッとしています。とても可愛らしいお方ですね。」

 「そんな事を言うのは君と彼女の父親ぐらいだな。彼女の母親ですら娘の破天荒さには手を焼いてるんだ。」

 「そうなのですか?でも私はレリアンナ様を見ていて妹を思い出しました。妹も自分の気持ちに素直に従う子ですから。」

 「そうか、妹がいると言ってたな。」

 「はい。ユアンナは二十二歳ですから、ちょうどスドナ様とレリアンナ様の間の歳ですね。」

 「賑やかな事だ。」

 「フフ、本当に。それにしても友人や兄妹が結婚したり子供ができると不思議な気持ちになります。ユアンナもそうでしたが、ルーカスとミネリアなんて子が生まれてすっかり親の顔をしてましたもんね。彼らはこれから子供の成長と共に親として成長していくんだと思うと…」


 ふと、口を噤んで外に目を向ける。夕日の光に目を細めていると、横からディルターの声が続いた。


 「少し寂しくなる、か?」

 「そうですね。でも、嬉しい気持ちの方が大きいです。寂しく感じるのは、私は決して通らない道だからかもしれません。」


 外を眺めるエリスの横顔が日を受けて美しい陰影をつくっている。ディルターはなぜか胸の奥に言いようのない焦りを感じて無意識に口を動かした。


 「君は…」

 「それより、これで元通りの生活に戻れますね。恋人役の練習でいろいろと緩んでいましたから、これからはしっかり気を引き締めて頑張らせて頂きます。」


 ガタガタと揺れる車輪の音が大きく聞こえてくる。不意に落ちた沈黙がそうさせているのだろう。エリスの言う『元通り』というのが、今後はハグや腕組みなどのスキンシップは一切しないという事だという事は、ディルターに正確に伝わっていた。


 「そうだな…うん、そうだ。そうなんだが…」

 「え?」

 「いや、何でも無い。それより長旅で疲れただろう。トレンタに帰るまでまだ数日はかかるが、もう少し頑張ってくれ。」

 「私なら大丈夫です。むしろ私まで贅沢なお食事を頂いているおかげで、体力が付いたぐらいですよ。」

 「ハハ、頼もしいな。本当に君に来てもらえて良かった。」


 ディルターが笑顔のまま窓の外に目を向ける。エリスはその横顔から視線を外し、深く息を吸い込んだ。


*


 コンコン


 「どうぞぉ〜。」


 静かになった部屋で待つ事、約二十分。ようやく来た客が扉をノックする音に返事をする。入ってきたのは長年の親友のスドナだ。兄ディルターが偽の恋人を連れて帰ったのと入れ違いにレリアンナを訪ねてきた。

 部屋に入るなり、さっそくスドナが口を開く。


 「どうだった?上手く嘘ついてた?」

 「もぅ、酷い妹ねぇ。偽物だって先に教えるなんて悪趣味よぉ?」

 「楽しんでたくせによく言うわよ。で、どうだったの?」


 親友からの自分の評価などどうでもいいと言わんばかりの態度で迫るスドナに、さすがのレリアンナも呆れた溜息を返した。


 「う〜ん、嘘はついてない感じだったわねぇ。ディル兄様って、もしかして本当に彼女の事好きなんじゃない?」

 「やっぱりそう思う!?そうなの、だってあのディルお兄様が女を側に置く事自体、考えられない事なんだから!私達のせいで女の存在自体避けてたのに!」

 「でも恋人ぐらいいたでしょう?」


 レリアンナはカップを片手に興味無さげに尋ね、クリームをたっぷり挟んだ一口ケーキを摘んで口に運んだ。それを横目に、スドナが肩をすくめる。


 「どうかしら。幼馴染のラントルさんが昔何度かお兄様に女性を紹介したらしいんだけど、女性そのものに全然興味を示さなかったんだって。」

 「へぇ〜。うん、このケーキ美味しいわね。」

 「あまりに興味が無さそうだから、今度はお兄様を騙して娼館に連れて行ったの。そうしたら、女が部屋に入ってきた途端建物が壊れるんじゃないかっていうぐらい激昂して帰っちゃったらしいのよ。どうやら女に対してちょっと潔癖なところがあるみたいなのよねぇ。だから恋人は今まで一度もいなかったんじゃないか、というのが私とザックお兄様の予想なのよ。」

 「堅物で強面で潔癖な無骨男が嘘をついてまで側に置きたくなったのがエリスさんって事なのねぇ〜。顔に似合わず純愛じゃなぁ〜い。」


 レリアンナはもう一つケーキを口に入れ、ミルクたっぷりの茶を口に含んだ。この甘さしか無い食事風景を平然と見られるのはスドナ以外誰もいない。スドナは身を乗り出し、今回の件で一番気になっている事を尋ねた。


 「で、エリスさんはどうだった?」

 「エリスさんもディル兄様の事好きなんじゃなぁ〜い?でもそれが男としてかと言うと、ちょっと微妙ねぇ。主人の命令に忠実に従ってるだけとも取れるしぃ〜。」

 「って事は、ディルお兄様の完璧片想いって事!?何それ、一番良い情報じゃない!」

 「はぁ〜、ぜひとも成就してほしいわねぇ。」

 「そうね。お父様もお母様も今回の件にはとても驚かれていたし、相手が平民でもディルお兄様が愛した女性ならって前向きだったの。ほら、あの二人って貴族にはほぼ縁の無い大恋愛結婚でしょ?ま、私も恋愛結婚だけど。」

 「あぁ、確か両家のご両親をすぅ〜っごく頑張って説得なさったのよねぇ。スドナのはただの腐れ縁よぉ。」

 「うるさいわね。とにかく、あとはお兄様がエリスさんの心を射止めるだけって事ね。」

 「キャハハ、それが一番難しそぉ〜!」

 「大丈夫よ。同居するまでこぎつけたお兄様の行動力があれば時間の問題だわ。」

 「行動力と言うより執念よねぇ。」


 シンと空気が静まり返る。親友の二人は互いにチラと視線を交わし、盛大に吹き出した。

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