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 騎士団が滞在するフェルデラン館の一階にある会議の間。

 毎日夕方に各隊長と副隊長はそこに集まり、団長ディルターと副団長マーシャンを中心にその日の報告をする事になっている。


 「―――以上だ。皆、今日もご苦労だった。」


 団長の声で報告会議は終わり、ディルターは最初に会議の間を出た。そのすぐ後ろにマーシャンが続く。堅苦しい空気から解放された軽やかな足取りと声音でディルターに声をかけた。


 「団長、この後ご予定はありますか?」

 「いや、特に無い。」

 「でしたら飲みに行きませんか?これからオレファンとヴィストンと一緒に例の店に行くんです。まだあの袋を返しておられませんよね。」


 ディルターはピタリと足を止めてマーシャンをチラと見た。例の店とはマット・グラーシュの事だ。ワイバーへの取り調べから、そこでエリス・インベルが働いている事は知っていた。袋を返しに行こうと思っていたが、仕事の都合だ何だとズルズルと先延ばしにしてしまい、気が付けばすでに五日も経っていた。


 「返しに行きがてら、どうです?」


 マーシャンがカップを持つ手をクイと動かす。ディルターは少し間を空けてから小さく頷いた。


 団長室に戻り、机の周りを手早く片付けて席を立った。ずっと置きっぱなしにしていたエリスの袋を手に取り、懐に入れる。荷物を持ち、門を出たところに人影を見つけて歩み寄った。人影は四人だ。あれからトーガが加わっていた。


 オレファンは第一隊隊長、ヴィストンは第四隊隊長、そしてトーガは第三隊隊長。揃いも揃って厳めしい相貌をしている。五人の中で唯一の柔和顔であるマーシャンが先に立ち、マット・グラーシュの扉を開けて近くにいる店員に声をかけた。


 「いらっしゃいませ…まぁ!騎士様ではないですか!」


 女の声に反応した客達が軽くざわつき始める。遠目でも目立つ白い武具とマントを身につけた屈強な男達の登場に、何事かとチラチラ視線を向けていた。


 「五人なんですけど、座れますか?」

 「当店に来ていただけるなんて!はい、お席は空いてますよ。ちょうど広めのお席が空いてますから、そちらにご案内致しますね!」


 若い女の店員はニコニコと笑いながら『どうぞ』という仕草を向けている。そのやり取りを黙って見ていた客達は、騎士達が単に客として来たことに安心したのかあっさりと興味を無くして続きを呑み始めた。


 ----どれだ?あれか…いや、もっと髪は明るかった気がする。じゃあ、あっちか…?


 店に足を踏み入れ、ざっと店内を見渡してみる。しかしホールを歩き回る女が多すぎてどれがエリス・インベルかまったく分からない。ディルターは仕方なく目の前にいる女に声をかけた。


 「エリス・インベルという女性に用があるんだが、今日は来ているか?」

 「エリスさんですか?はい、今日は来てますよ。お呼びしましょうか?」

 「あぁ、そうしてくれ。」


 女は席まで案内すると頭を下げて立ち去り、少し離れたところに立っている女に声をかけた。背中を向けていた女がディルターの方を見て『あっ』という顔を浮かべている。そのまま真っ直ぐディルターの元へ歩み寄り、ニコリと微笑みを向けた。


 「こんばんは、騎士様。先日は助けて頂き、どうもありがとうございました。」

 「…。」

 「本当に助かりました。私、エリス・インベルと申します。改めて騎士様にお礼を伝えたかったので、お会いできて良かったです。…騎士様?」


 エリスがキョトンとした顔でディルターを見つめる。突然沈黙に落ちたディルターに、横からマーシャンが『団長?』と耳元でポツリと囁いた。


 「あ、あぁ、いや。こちらこそ。」

 「今日はもうお仕事は終わられたんですね。」

 「えぇ、まぁ…」

 「お疲れ様でございました。ごゆっくりお過ごし下さいね。」


 それでは、とエリスが軽く頭を下げて踵を返す。ディルターはエリスと入れ違いに運ばれてきた酒のカップを手に取り、一気に呑み干した。


 エリスについて細部は覚えていないが全体的な雰囲気は覚えていた。そこから彼女はどんな顔をしているのだろうかと想像していたが、実際に見てみると想像していたものとは全然違っていた。無意識に黙り込んでしまったのは、なぜかその事に小さな衝撃を受けていたからだ。


 少しタレ目な優しい目元に高い鼻筋。やや厚みのある唇は赤く艶があり、顔の形はスッキリとした面長だ。緩くまとめた少し癖のある亜麻色の髪は細長い首筋に沿って後れ毛を揺らし、ふんわりと微笑む笑顔からは大人の女の落ち着いた匂いが香ってくるようだった。


 ----マーシャンが言ってた通りだな。華やかな美しさというより、楚々とした美しさを持った人だ。


 そんな事を考えているうちにどんどん酒と料理が運ばれてきて、テーブルの上はあっという間に隙間が無くなっていた。身体の大きな若い男が五人もいれば、飲み食いする量も半端では無い。酔い潰れるまで呑む事は無いが、それは酒に強いからであって呑む量そのものは並の男の倍はあった。


 この店自慢の料理に舌鼓を打ち、酒を舐める。カップを片手に部下の話を聞きながら無意識にエリスの姿を目で追っている事に、当のディルターではなくマーシャンが先に気付いて声を潜めた。


 「団長、さてはエリスさんの事が気になってますね?」

 「何を言ってるんだ。」

 「隠さなくても良いじゃないですか。エリスさんは綺麗な方だと言ったのは私ですよ。」

 「だから何だ。少し言葉を交わしただけの相手に気を向けるわけが無いだろう。」

 「恋は理屈ではありませんよ。一瞬で落ちるものなのですから。」

 「お前、いい加減に…」


 視界の端にディルターの握った拳が見える。拳に血管が浮いているのは錯覚ではなさそうだ。マーシャンは身の危険を察知してサッと話題を変えた。


 「あ、そういえば袋はもう返されたんですか?」


 マーシャンの思惑通り、ディルターの顔が『睨み顔』から『しまった顔』に変わっている。ディルターは慌てて懐から袋を取り出しホールに視線を向けるが、隣のテーブル席に座る男達の囁き合う声が耳に届いて動きを止めた。


 「なぁなぁ、見てみろよ。アイツらまたアンリにちょっかい出してるぜ。」


 隣の男が指さす方向にそれとなく視線を向ける。視線の先では、最初に対応してくれた黒髪の若い女が四人の男客に絡まれていた。よく見ればホールの至る所で働く女達が男に口説かれている。ディルターはその中にエリスの姿を見つけてグッと眉間に皺を寄せた。同時に、隣の男達の会話に耳を澄ませる。


 「ククッ、本当だ。ったく懲りない野郎共だな。どうせエリスに邪魔されるってのに。」

 「あ、でもエリスも今は男に捕まってるから助けに行けないっぽいぞ。今ならアンリを落とすチャンスだな。」

 「あー、エリスもモテるからなぁ。この中じゃあ歳はいってるんだけど、なんつーかこう…大人の女の魅力っつーか、色気っつーか。アンリみたいな若い娘には無いもんがあるんだよなぁ。」


 男達がうんうんと頷き合いながらジロジロと覗き見ている。その視界にエリスが映っていると思っただけでカッと頭に血が上った。


 ディルターはガチャンと音を立てて立ち上がり、エリスの元へ向かった。手にはエリスに返す袋を握っている。自分にはエリスに声をかける十分な理由がある。いや、理由など無くとも婦女子への迷惑行為は取り締まらなければならない。


 近付いてから気付いたが、男の手がエリスの手首を掴んでいる。エリスの困惑する横顔を見た瞬間、ディルターはギリッと奥歯を噛み締め左手を腰の剣に添えた。


 「お姉さん綺麗だね。なぁ、この後俺と飲みに行こうぜ。奢るからさぁ。」

 「おい、貴様ッ…!」

 「すみません、家で子供が待ってますので。」


 エリスの一言がディルターの耳の奥をキィンと貫く。燃え上がる怒りの炎に大量の冷水を浴びせられ、ディルターはキュッと足を止めた。


 ----え!?こ、子供!?つまり…彼女は既婚者なのか!?


 頭の中が真っ白になり、足元の床がガラガラと崩れ落ちそうな感覚に襲われて、意識が戻った時には元の席に戻っていた。目の残像にはエリスが上手く客をかわしている姿が映っている。


 「団長、おかえりなさい。返せましたか?」

 「…。」

 「団長?」


 ----うん?


 黙って酒を呑むディルターの懐から袋が見えている。

 マーシャンはチラとホールに目を向け、小さく溜息をついた。

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