若者の自殺特集を見た
だいぶ増えてるみたいですね……
僕がびっくりしたのは、いじめでも何でもない、ほんとにただ「生き苦しい」というような理由で、10代で自死を選ぶ若者がいる、ということです。
僕も、25、6の頃にいちど自殺を図りましたが、人に話せば大笑いされるような理由であり(しかし当時の本人にとっては、まさに死ぬほどの悩みである)、それが昔とは比べものにならない敏感社会の中で、より重い空気を背負ってしまう、責任感の強すぎる子供が、命としての受け皿の限界を迎えているような気もします。
ネットによって多くの人の欲望が繋がってしまったのは、ほんとに、そういう子達にこたえるのではないでしょうか。
かつて自殺しようとした僕から言わせてもらえば、比較的多くの死者が出ている「成績、進路、就職(おそらく現時点の自己能力からくる、将来への不安)の悩み」からくる自死は、本当に虚無感があります。
誰もが、親や社会から「これが成功ですよ」というイメージを植えつけられ、そこから外れた時に、真面目にやってきた人間ほど立ち直れない。
自分がイメージを持っているより、下のランクの仕事に就きたくない。(当たり前ですが、仕事に貴賤はありません。どのような労働も、現時点で存在している以上は世に必要な仕事であり、顧客であれ商品であれ、目の前、もしくは゛その先にいる人゛の心に届くような仕事をしていれば、それに感じ入ってくれる、心動かされる人、上司が必ずいて、自身の立場や精神が、ステップアップしていきます)
ネットによって、多くの人間が「同じような成功」を夢見るようになって、社会構造がすごく貧弱になっているようにも感じます。
僕は、40代無職で町の自治会長をやっていました。
これ、相当な社会の歪さだと思います。
まともな社会人でも何でもない人間が(まあ、自分の貯金で小説書きながら生活しているわけだから、今の日本の法律だと、誰に文句を言われる筋合いもありませんが)、地域の一部とはいえ、「とりまとめ代表者」になるのだから。
他にちゃんと働いて、家庭を持っていたり、定年まで勤め上げられて時間を持て余し、妻のサポートまで得られる方も、たくさんおられます。
そういう方たちが逃げて逃げてーーかなり面倒な仕事であり、汚れ役でもあるためーー僕のような人間や、もしくは相当に立派な方、たまに残念すぎる方などで、混沌とした社会模様を築いています。
…ここまで傲慢に書いてきましたが、いま自殺に悩んでいる、苦しんでる若者に何が言いたいかといえば、
「人間は、人生に成功したか、失敗したかではなく、ただ長く丁寧に生きているだけで、相当幸せになれる」
ということです。
夢とは別に、若い頃に、自分の手に入るだけの情報で「成功者」もしくは「成功の道」のイメージを持ってしまうのは、危険なことです。
もしそれが、能力のある人間だったら、他者に対してかなりぞんざいな人格が出来上がります。
「成功」できなかったなら、「俺の人生は失敗だったよ」ということになる。
そんな極端な話はありません。
ちなみに僕は、くどいですが40代無職で、未だに『ノーベル文学賞』が視野に入っています。
正直、今の僕の状況で、それを真面目に思える人は世界を見渡してもいないのでないか、と感じるほど傲慢です。(どこかで書きましたが、テレビの過去の選考特集を見て、賞そのものにガッカリしたのですが、まあ目指す最上はそこしかないので)
それほど独りよがりで、尊大な自分ですが、驚くほど以前より、人生に幸福を感じるようになりました。
ほんのささいなことです。
「えっ!? 欲の塊の自分が、何でこんなことで幸福になるの?」
というくらい、長く(健康に気をつけて)生きることは、自分にとって利益になると感じています。
前に、ホリエモンさんが「年収1000万を超えると物欲がなくなる」と言っておられました。買おうと思えば、世の中のものは大抵買えるようになるから。
僕は、「え!? ホリエモンさんも、一昔前はそうとう強欲に見えたけど、それでも1000万ぐらいでいいの?」と驚いたことがあります。
世の若者たち。
そんなもんなんです。(年収1000万はすごいけど、ノーベル文学賞を獲る(という表現はダメでしたっけ)ことに比べたら安い)
もし自殺をしたい、と思ってる子がいれば、決して今の自分だけで決断してしまわずに、未来の変化していく自分にも、可能性を残してあげてください。
無理な期待をしてくる周りのことなんて、考えなくていい。自分で自分に期待、負荷をかけすぎる子は、何よりもこの窮屈な時代では、息抜きの仕方を学ぶのが先です。
人生には、魔法のような変化が訪れます。
あなたが、人に誠実に生きている限り。
きちんと、「悪いもの」を見定める目を磨き続ける限り。
自殺特集で、小説家を目指していた女性に、他界した後電子書籍の出版打診があったそうです。
悲しいですけど、確かに、長く生きる価値はあると思います。