プロローグ
暗く狭い部屋の中、少女は目を覚ました。
どれくらい時間が経ったのだろう。ここに至るまでの記憶がない。頭は朦朧としているが、肢体の違和感が少女を現実へと引き戻す。彼女は囚われているようだ。
手足を動かすとジャラジャラと鈍い金属音がする。指先だけが辛うじて動く。徐々に戻っていく感覚の中、ようやく周囲の異変に気がついた。
ザワザワ……
ヒトの気配だ、それも1人ではない。そのざわつきは次第に大きくなり、一種の狂気のようにも感じられる。その間際、視界が大きく開けた。
少女が部屋だと思っていたそれは、頭部を覆う目隠しだったようだ。眩しい光に視界を遮られながら、少しずつ眼を開いていく。周囲を見渡そうと重い首を上げると、自身にスポットライトが当たっていることに気がついた。ライトに照らし出された少女は褐色の肌に銀髪、そして特徴的な尖った耳をしている。
「さあさあ、皆さまお立ち会い!
今宵仕入れたるはエルフの生娘!
禁忌の森を彷徨っているところを我々が捕らえました!
しかも最も希少な種族であるダークエルフです!
本来は攻撃的な種族ですがご安心下さい……」
中太りの醜怪な男の手が臀部から鼠径部、下腹部を撫で回す。あまりのおぞましさに少女は身をよじろうとするが、身体が言うことを効かない!
「下腹部に施された呪印によって、主人に絶対的従順!
愛玩用、観賞用はたまた自分好みに調教するのもよろしいでしょう!
では本日は希少価値も踏まえ、1万dlogから!」
男の話が終わるや否や、競りを争う怒号が辺りを揺らす。どうやらここは競り場で、少女は商品らしい。彼らの値を張り合う、叫びに等しい声は一向に止みそうにない。
「100万dlog……」
その声は競り場の怒号を遮るほどではなかったが、この競り場にいた者にははっきりと聴こえた。長身の青年が暗がりにぼんやりと映し出される。細身ではあるが、衣服の上からでも相当に鍛え上げられているのがわかる。
青年の目つきは鋭く、瞳はまるで柘榴石のように紅い。しかしその奥は、深淵を見るかのに深く暗い眼差しをしている。それよりも目を引くのは青年の髪である。この暗い競り場であっても鮮明にわかるほど、冷たく艶やかな漆黒であった。
「おお、お客様……! お目が高い!
他にはございませんかな!?
なければこちらの旦那様がお買い上げです!」
「何か勘違いをしているようだな……。
今俺が伝えたのは、お前の懸賞金の額についてだ」
そう言い放つと同時に、青年の両手から真っ赤に燃え盛る炎が現れた。
「やばい! 冒険者だ!」
何者かの叫びを皮切りに、その場の大勢が一斉に出口に向かって走り出した。我先にと出口へと向かう者達で、会場は大混乱となった。
「チッ、今日に限ってついてないぜ!」
中太りの男が少女に目をやった瞬間、青年が両手の炎を束ね放った。しかし男は素早く少女の背後に回り込み、青年に向かって激しく蹴り上げた。
宙を舞う少女に抵抗する術はない。身体は炎の渦に飲み込まれていく。だがしかし熱くない。むしろ心地良くすらある。気づくと炎は消え、少女は青年の両腕で抱かれていた。