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Prologue

 とある地域を支配する領主の屋敷内、赤くべっとり付着した血を纏った剣、辺りには血の海に沈んでいる転がる死体と砕け散った剣の破片が激しい殺し合いが今ここで行われていた痕跡を残す。

男はマネキンのように転がる切り裂かれた人の群れを気にすら留めなかった。彼は鉄の匂いが漂う海の上を歩いて靴を赤黒く汚していく。周囲の雑草などどうでもいい、既に命を摘まれてしまった一凛の花の元に辿りついた。

眼下に見据える女性の死体を改めて見て心の空洞がより深く、大きく広がっていく。すっかり力の抜けた握りこぶしから愛剣がするりと逃げ落ちた。澄み切った金属音が刹那に響いて消えていく。

 跪いて美しい顔を覗き込んでいると、脳内が後悔に苛まれていった。

何故だ、何故こうなってしまった。

 一人の男は額に着いた液体を拭い取り、鉄臭いにおいと錆びたシミが服に消えぬ跡を残した。彼は自分が愛した者に手を伸ばし、抱え上げる。そしてすでに冷たくなってしまった体をぎゅっと抱きしめ続けた。本当はしてはいけない約束だとは分かっていた、だが感情が一線を踏み越えてしまったのだ。どうしようもない自分を受け入れてくれる愛が欲しかった。それらを拒む家のしきたりに眼を瞑ってまでもあの人は血濡れた頬に触れてくれた、優しく抱きしめてくれた、けれど運命はどうしても許してくれない。何故だ…。

俺はただ幸せになりたかっただけなのに。

―。

 いつも通り日誌にインクペンを走らせ、力強く引かれる筆跡を刻む筆先が柔らかい紙質の地面で踊っている。

 彼はアウトプットされ続ける文章を見下ろす。

【私は何故あの時一緒にいてやれなかったのだろう、主と一緒にいればあの悲劇は起きなかったはずなのに、こんなろくでもない私を拾ってくれた恩をまだ返しきれていない。ああ、悲しいよ。ああ、苦しいよ。】

 一度筆を止めて腰掛け続けた椅子から一度離れる。喉が渇いた…。自分の部屋の扉を開き、屋敷の出入り口へと向かった。ここにはもう自分一人しかいない、孤独の靴音が薄暗い廊下に轟く。山の麓におりて街中を流れる水道で水分を補給する。両手いっぱいに掬い上げた流動物を乾いたからだに流し込んで潤す。ぐびぐび飲み続けた反動で肺に溜まった空気を思いっきり吐き出した。

 再び屋敷に戻ってはいつもの日誌につづきを書き進める。

【これで“二度目”だ。あの時から私は何も変わっていないじゃないか。貴方は強いよと貴方は自分に対して言った。違うんだ、私は何一つ守り通せない弱者にすぎないのです。助けられなくてごめんなさい、そしてさようなら】

後半部分の大半が懺悔に近い文章を書き終えたその日をもって手首を昔に主を狙ってくる不届き物を切り蹴散らした愛剣で切り裂いて自らその命を絶った。

自らを救済する希望の花を咲かせてくれない、芽を出しても人工的に覆いかぶされる。幼き頃から抱え続けた想いと感情が爆発して硬い岩をも貫き砕いた。出来なかったから守れなかったからもし会えたら助けたい。二度と後悔したくないから…。

今度こそ、守り通す。たとえ何を犠牲にしてでも。

誰もいないはずの夜の館、窓の内側から眩い光が月夜の闇を破り裂き、そして塗り潰されていった。

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