052
夏祭り。
懐かしくて無意識に呼んでしまった。
でもそれは
「お前ならいいよ。」
「ワタシも許すわ。」
まだ起きていた2人は僕が躊躇する理由を察している。
「2人ともいいって。」
僕にはこんな事を言う資格が無いのは承知している。
怒られて、呆れられて、2人に決して許されない行為なのかも知れない。
それでも。
これからは2人が橘さんを呼ぶように僕も呼ぶよ。
「え?」
橘結の戸惑いも当然だ。出した言葉は戻せない。後悔。
南室綴と小室絢も言葉を失っている。
と、2人は突然立ち上がり、それぞれの布団を僕と橘結に投げ付け被せた。
何事かと剥ぎ取ると
2人は布団に埋もれた橘結に抱きついていた。
「姫はそれでいいのか?」
「え?うん。」
小室絢の確認。
「じやあこれからは結って呼ぶぞ?結様のがいいか?」
「結がいい。」
返事をした声が震えている。
「ワタシも前みたいに結ちゃんて呼ぶけど。いい?」
「うん。いいよ。」
掠れて届かないような小さな返事。
「ホレ、お前も呼べよ。」
小室絢が僕を小突く。
えっと、じゃあ、結にゃん?
「にゃん!?」
布団の中の橘結の笑い声は震えている。
2人は布団越しに橘結を強く抱きしめる。
のだが
今度はその布団を僕に被せ2人がその上に乗る。
「本当に、アナタ変わっているわ。」
「変わっているって言うかバカなんたよ。バーカ。」
熟睡なんて出来るものか。
それでもと目を瞑り少しはウトウトとしかけていた。
誰かが寝返りをうったようなガサゴソ。誰か起きたのか。
もう朝なのだろうか。この時期はまだ朝が遅い。
ほどなく、誰かが僕の布団の中に。
横向きに寝て(背中の怪我以来習慣になって)いる僕の、その背後に誰だ?
振り返ろうとしたが
「そっち向いていなさい。」
南室綴。
なんでしょう。
「何でもないわ。寒いから温まりに来ただけ。」
「まだ早いからもう少し寝ていなさい。」
寝られるかっ
「ハムっ」
ひぃっ
何だっ何されたっ。南室綴に耳を噛まれた?
確かめようと身体をよじるのを彼女は腕を僕の身体に巻き付けて抱きしめる。
そっそんなにしたらっ
「心臓うるさい。あと耳真っ赤よ。」
あたりまえだっ
ブワッと布団が剥がされた。
「何やってやがるっ。」
小室絢が見下ろす。
これは危険だ。もう目がヤバイ。誰か祈ってください。
「ちょっと寒いでしょ。」
と南室綴は布団を奪い返し硬直する僕に再び抱きつこうとする。
「だから止めろっ。」
小室絢もその布団を掴む。
「いいじゃない。修行の振りしてずっと遊んでいるし、恋人同士なんだからたまには貸しなさいよ。」
「フリだって何度も言わせるなっ。お前だって文化祭で独り占めしてただろうが。」
「文化祭なら姫と恋人同士だったんだからいいじゃない。」
「ソレ今関係ねぇっ。」
「姫も絢ちゃんも小さい時からキズナと繋がりあってワタシだけ何も無いんだから少しくらいいいでしょ。」
ずっと気付いてた。
それを僕が指摘してはいけないとも思っていた。
南室綴が僕に必要以上に絡むのは、橘結と小室絢の目を自分に向けさせたいからだ。
僕はその道具だ。少々変わった玩具を見せ付けているに過ぎない。
気持ちは判る。だから指摘しなかった。
南室綴は恐れている。
僕が現れた事で、橘結と小室絢が自分から離れてしまうのではないか。
そんな事はあり得ないのに。でもそう考えてしまう。僕には判る。
何も無いなんて言わないで。
僕は南室綴の手を自分取っていた。
1年近く経って、ようやく皆と何かを共有できるようになって、僕にはとても重要で嬉しい事なんだ。
だから何もないなんてうわっ
南室綴に飛びつかれ、そのまま押し倒されてしまった。
「ちょっと何やってるのよっ。」
さすがに橘結も騒動に起きて目の前の光景に驚く。当たり前だ。
「何って今度は前から抱きついてるだけよ。」