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週末。2月の寒い鍋日和。
橘家の客間で行われる鍋会に
最初から僕も頭数に入っていた。と当日の朝言われても困る。
土曜日の午後。
橘結と南室綴との買い物に付き合わされる。
(小室絢は道場の手伝いが終わり次第合流予定)
「2月の旬て何かな。」
鰤と鱈もまだいけます。あとは鯛とか。
「何で即答できるのよ。」
PDAで調べようとしていた南室綴に呆れられた。
牡蠣も
「ダメに決まってるでしょ。真似なんて。」
美味しければいいじゃない。
と、僕の携帯が震えた。祖母からだ。
蟹貰ったから持っていけ?
「蟹っ?」
「蟹かっ!」
では蟹に合う食材にしましょうか。
白菜と長葱、水菜あたりか無難だろうか。
「白菜とネギならイヤってほどあるわ。父が作っているから。」
「春菊は入れないの?」
香りが強いから勿体無いかなと思っただけです。お好きなら入れましょう。
「え?特に好きてっわけじゃ・・・」
魚は鱈がいいかな。鶏のツミレと。
「牛とか豚とかは無いほうがいいの?」
ああっごめんなさい。好きな食材入れてください。
「ねえ綴ちゃん。この際キズナ君に任せない?」
「いいわ。蟹さえあれば。」
一度家に寄り、蟹を受け取る。結構見事な蟹だけど本当に良かったの?
「3人じゃ食べきれないくらいいただいたから。」
見るともう1杯ある。それでは遠慮無く。
「そんなことより。」
祖母は僕を部屋の奥へ引っ張り
「鍋するって橘と南室のお嬢さんじゃない。」
うん。
「アンタお祭りでご迷惑掛けたのだからしっかりお礼するのよ。」
「親子揃って橘に迷惑かけるんだから。しっかり挨拶しておいてね。蟹くらいじゃ安いわ。」
我が母は何をやらかした。
お待たせと蟹を持って玄関に戻ると
「ほら姫。自分でいいなさいよ。」
「うん。」
どうかしたの?都合悪くなって中止とか?
「あ、いえ違うの。そのえーと。」
「もう何でこんな事で照れるのよ。キズナ、着替え持って来なさい。」
はい?
「今日は橘家に泊まりなさいって言っているの。」
へ?
橘家の台所は広い。立派だ。綺麗だ。しかも新しい。数年前に改築したようだ。
早速蟹の下拵えに取り掛かろう。
「そんな事もできるの?」
毎日料理していたから何となく覚えただけだよ。
「私も毎日料理するけど父の好みに合わせないとだから偏るのよね。」
ああそうか。僕は自分の好き勝手に作れるから。
「私和風ばかり。キズナ君はこの前楓ちゃんにオムライス作ってあげたんでしょ?」
簡単なコツで結構綺麗にできるよ。楓ちゃんもすぐ作れた。
「私にも後で教えてよ。」
うん。僕に作れる料理なら何でも。
「キズナ君のお嫁さんになったら料理も楽しいだろうなぁ。」
はい?
「ふわあっそういんじゃなくてっ。毎日誰かと一緒に料理するって楽しいかなって。」
そうだね。楽しいだろうね。
用意した食材を全て客間まで運ぶと小室絢も合流。
すると彼女も
「これ持って行けって」
蟹だ。
「何この街。海が無いのに蟹採れるの?ブームなの?」
昆布を入れておく時間が少々短いような気もしたのだが
どうやら蟹を待ちきれないようなので早速火を入れる。
橘結の父親が既に相当酔っているのは南室綴がそうさせたからだ。
「取り分減るでしょ。」
と判りやすい説明をしてくれた。
沸騰前に昆布を引き上げて、野菜を入れてもう一度沸騰寸前まで待つ。
そして蟹。
火が通ったらそのままかポン酢で。
皆、黙々と食べる。
父親がそのまま客間で寝込んだのを一度起こして自室に追い出した。
鍋の片付けをして客間に戻ると布団が4つ用意されていた。
2つずつが並びそれぞれ枕を向かい合わせ。
えーっと
もしかして僕もここに?
「杏ちゃん達とは一緒に寝たのに私達とはイヤだとか言うつもり?」
忘れているかも知れませんが僕も一応男子高校生ですよ?気にならないの?
「忘れてはいないけど同級生男子って感じはしないわね。」
「そうだな。中学生って感じかな。」
「何だったら女子中学生?」
「それだ。」
「料理も上手だし女子よね。」
「いいお嫁さんになれそう。」
「買い物も上手だったんだよ。この時期の旬とか即答するんだから。」
「編み物とかも出来たりするのか?」
裁縫くらいは。でも料理なら皆もするでしょ?
「するけどキズナほどじゃないわ。」
「私は全くしない。」
「でも絢ちゃんケーキ焼いたりするじゃない。」
「言うなよっ。」
「いいじゃない。絢ちゃんの作るケーキ美味しいわよ。」
何となく判る気がする。
「何でだよっ。」
「恋人同士ですもんね。」
「フリだっ。何度も言わせるな。」
「キズナ君はお菓子は作らないの?」
何度か作った事はあります。でもケーキって結構な量ができるでしょ。
1人だと食べきれなくて。クッキーくらいがちょうどいいのかな。
「だよなぁ。私も道場の子に食べさせたり姫と綴がいなければ作らないよ。」
「今度私達が食べるから何か作ってよ。」
「姫、そこはせめて私が作るから食べてよって言って。」
「はうっ。」
それじゃバレンタインデーにでも何か作りましょうか?
「止めてっ。それが美味しかったら情けなくて泣いちゃうかもっ。」