048
夕方の帰り道。夕食のメニューを聞くと
間髪入れずに「オムライス」。
3日連続だけど。
「作ってみたい。」
よし、判った。卵たくさん買って帰ろう。
具はそうだな。楓ちゃんが選んで。
鼻息荒くスーパーで買い物を済ませ、そのままの勢いで台所に突進。
腕まくり。
1度目、卵が破ける。2度目、お皿に移したところで崩れる。
3度目。
卵が固まりつつあるタイミングでご飯を中央でなく、端に乗せさせた。
フライパンをテーブルの上に置いて、ヘラを使い卵を被せ
横に滑らせながらお皿に移す。
お皿の上で半回転させると見事に巻きオムライスが完成した。
小学生そのままの笑顔。
途中、帰宅した祖父母にも見事なオムライスを振る舞った。
そしてもうすぐ彼女の父親も帰国し、その足で迎えに来る。
柏木梢から、夕方には空港に到着しこちらに向かっているとメールが届くが
手術の成否については書いていなかった。
いつもは1人でその帰りを待つ。
今日は僕と、祖父母がいる。
「旅行中に孫が増えた。」
祖父母は笑顔で敷島楓を歓迎するが、本人は笑っていられない。
ずっと僕の袖口を掴んで離さず、そのまま眠ってしまった。
夜10時近かった。車の止まる音。ドアの閉まる音に彼女は目を覚ます。
少女は僕の手を強く握る。
少し震えている。
祖母が玄関で応対して、彼女を呼ぶ。
立ち上がれない。
僕は彼女の手を取り、
何も言えずそのまま玄関に向かった。
父親は娘を見て、とても大きな笑顔を向けながら両腕を広げた。
「大丈夫だよ楓。手術は成功した。ママもすぐに帰ってくるよ。」
彼女の背中を軽く押すと、父親の胸の中で泣いた。
翌週には退院。その際父親は再度渡米するが
その日は柏木家で預かる事となった。
きっとすくに、ママに美味しいオムライスをご馳走するだろう。
12月。期末テストも終わり間もなく終業式。
クリスマスが近いこともあり教室内の空気はどうにも浮ついている。
帰宅した僕に祖父母は父親の訃報を伝えた。
それを聞いても悲しくなかった。
病死らしいが詳しくは知らない。知る気もない。
僕を捨てた男だ。
他の奴らと同じように僕を恐れ忌み嫌った。
僕を1人アパートに残し、本人は別に部屋を借り、早々に新たな人生を謳歌していたような奴。
その部屋に遺品の整理に向かうのだが
何故か三原紹実が同行する。
鍵を借りて、中に入る。
部屋には何もない。
生活の痕跡は僅かに臭うが、あるのは布団と備え付けのクローゼット。
整理と言われてもこれじゃあ。
クローゼットを開けるとスーツと私服が数着。
預金通帳の残高は殆どない。
「返し終わったみたいだな。」
三原紹実は知っていた。
「お前は父親を憎んでいる。その気持も判る。」
パスポート。僕のだ。
「怪我の治療で何度か他所に行っているから。」
知らなかった。
渡米や渡欧の費用、手術や入院の費用。
事故の保険金だけではどうにもならなかった。
日本で認可されていない治療には支給すらされない。
「だからお前を捨てたんだ。」
「寝る間も惜しんで働く姿を、お前に見せたくなかった。」
そんな事したらお前は自分を恨むだろうと言われた。
憎しみや怒りの対象すらも、全部引き受ける。
その覚悟が父にはあった。
でも、でもそれならどうして祖父母の元に預けるとかしなかった。
「意地。だと思ってた。」
「でも違った。」
「お前がそれで良いって言ったからなんだ。」
「お前は聞き分けが良くて、帰れないような父親に文句も言わずに1人で生活した。」
「お前がもうちょっとダメな奴だったらとっくに預けられたのかもな。」
と笑ってくれた。
僕はまた泣いている。
父親がいなくなって悲しいからじゃない。
嬉しかったからだ。
母の愛した人が、とても素敵な人だと判ったから。
この真実が
父からの最後で最高のクリスマスプレゼントになったから。