084
僕と皆との間には南室綴の言うような繋がりはない。
橘結、小室絢、それに三原紹実。
彼女達は僕の母との繋がり。僕自身は全く覚えていなかった。
他の皆と同じように、去年の4月に出会っただけ。
「ところで。」
南室綴は突然僕を睨む。
「ワタシ相手じゃその気にならないくせに紹実ちゃんにはなるのね。」
はい?
「抱きしめられたら抱きしめ返すって。」
いやっあれはその気がどうとかってそんなんじゃ
「えっ。私はそのつもりで抱きしめてるんだけど。」
どうしてそんな誤解をされるような
「てっきりお前にその気があって抱きしめ返してくれているのかと。」
そんな寂しそうな顔してもダメだ。くさい芝居はやめてくれ。
「ダメよ。今は私のよ。」
南室綴は僕の頬を両手でペチリと挟み、グイッと顔を引っ張る。
「ん。ちゅ。」
「ひゃぁああっ何やってんだよっお前達教師の目の前でっ。」
「確認よ。証拠かも。既成事実とも言うわね。」
「何だよそれ。」
「友情の証よ。記念ね。キズナも数に入れなくていいからね。」
「何だよ友情って青臭い奴め。キズナの事好きなら好きって言えよ。」
「好きなのは大前提なのよっ。」
「仕方ないでしょ。ルール決めたの私なんだから。」
「いいわね。三人の秘密よ。」
「約束できるかそんなもん。」
「しなさいよ。キズナもいいわね。」
言ったら(僕が)皆にどんな目に合わされるか。
「この際だから言っておくけど、キズナも紹実ちゃんも一つ勘違いをしてる。」
「私はずっと2人には甘えてきたつもりよ。」
「文化祭で実行委員をお願いしたのだって、キズナのためなんかじゃないわ。」
「キズナを委員に仕立てたのは私の独占欲を満たしたかっただけよ。」
と言い切った。
もっともらしい理由を言ったのは僕にでなく、僕を通して皆に言い訳しただけ。
「怖い女だな。気を付けろよ。」
と、ところで南室さんの悩みってもういいんですか?
「いいわよもう。あとは本番次第よ。」
何かの覚悟を決めたようなその言い方に僕は少し動揺した。
「心配しないで。謝るか謝らないかってだけだから。」
「成功したら私のお蔭ねって言うし、失敗してもその程度だったて慰めるだけだから。」
「それいつ謝ってるんだ?」
委員特権で皆の舞台を最前列で鑑賞する事も可能だったのだが
南室綴とあんな事があったので、皆に対して何となく後ろめたい気分もあった。
だから中央やや後方の音響スタッフの脇で手伝っているフリをした。
これは自惚れなのだが、彼女達は僕の為だけに僕の歌を歌ってくれるつもりでいる。
本番直前も僕がどこで見ているのか教えろとメールが届き、
セッティングの最中に手を上げさせ確認していた程だ。
ここなら彼女達が僕に歌ってもその目線が遠くなる。最前列で見詰められたら大変だ。
本番殆どずっと僕の目を見ながら少々恥ずかしい歌詞で僕への想いを伝えてくれた。
本当にどうして僕なんかの事をそんなに想ってくれるのだろう。
気の迷いとしか思えない。
すぐ近くに完璧超人が2人もいるじゃないか。僕なんか引き立て役にすらならない。
ああ、まただ。
彼女達が僕にその想いを伝える程、僕はどんどん惨めになってしまう。
文化祭が終わって、打ち上げと称して全員でジャズバーに向かった。
勿論エリクとルーもサーラも一緒だ。
全員ライブの興奮から未だ冷めきらずと言った様子で
南室綴の言った「文化祭レベル」なんてセリフは
とっくに忘れ去られているようだった。
翌日が休みだからと結構遅くまで皆で一緒にいた。
特にエリクとルーはとても楽しそうだった。
珍しくエリクは声を出して笑ったり、小室絢や栄椿を相手に冗談を言ったりもし
彼女達も笑顔でそれに応えていた。
サーラに至っては宮田杏と橘結とはまるで昔からの馴染みのような印象すら受ける。
柏木梢がこの場にいれば南室綴の口数の少なさに不審感を抱いただろう。
彼女は、自分はバンドには全く関わっていないのでと遠慮している。
彼女だけが、今回皆と何の共有もできていない。
エリクは店の人と何やら話をして、バンドに声を掛ける。
そしてサーラを呼び、一言二言。本人はピアにの前に腰掛ける。
Tere were bells on a hill
エリクのピアノに合わせ、サーラが歌ったのは
Till there waas you.
ビートルズのカバーよりソフィーミルマンに近い。
ゆっくり、しっとりと歌い、誰もがうっとりと聞き入っている。
「もしかしたらキズナの歌なのかもね。」
隣に座る南室綴はちょっと不機嫌に言った。




