064
ゆっくりと戻ってくるがその足元が覚束ない。
柏木梢と栄椿が慌てて駆け寄り三原先生に肩を貸した。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから。それより頼むよ。」
真っ青に、完全に血の気が引いている。
僕の隣の椅子にドカっと腰を降ろすと
「いやー全校生徒はさすがに多いなぁ。」
苦笑いしながらタオルを顔に被せた。
教師や生徒達が目覚める。
ザワザワとガヤガヤと音が増える。
「凄まじい竜巻でしたね。」
「あの2人の近くに発生した竜巻が一瞬にして弾けたようです。」
「その時に生じた衝撃波によって気絶した者もいるようですね。」
「そんな事があり得るのでしょうか。」
「はい。自然現象として報告されています。過去にも同様の事例が数件確認されていますね。」
「なるほどー。自然現象ではとゔにもなりませんねー。」
宮田杏と南室綴が放送し
「皆さんの周囲に倒れている方がいましたら教えてくださーい。」
「怪我をされている方は教えてくださーい。」
他の皆が声を掛け回っているがどうやら全員無事らしい。
当事者2人は
竜巻の中心近くにいたからその衝撃が強かったのだろう。的な説明で納得してもらおう。
昼食時間中には目覚めたのだが
体育祭の開始からしばらく後の記憶が曖昧で所々飛んでいると言った。
「詳しい事は体育祭終わってから綴達が教えてくれるだろうから午後はしっかり活躍してこい。」
三原先生に促され、その通り何も無かったかのように大活躍。
体育祭が終わると優勝したクラスもそうでないクラスも打ち上げが行われるようだ。
僕はずっと保健室にいて、頭痛と吐き気が治まるのをただ待っていた。
終了の時間も気付かずにいて
三原先生に起こされたのは殆どの生徒が帰った後だった。
「送ってやるから。」
「汗流してから来るだろ?今日は湯船に浸かるなよ。ああうちでシャワー済ませるか?」
え?なに?シャワーがなんだって?
「頭の怪我で慌てたから腕と足しか診てないけど身体はどうなんだよ。」
擦り傷くらいはあると思います。背中が少しヒリヒリするから。
「ちょっと後ろ向いて。」
言われるままそうすると背中を捲し上げられ
「あー何箇所からスクラッチしているな。シャワーも沁みるぞー。」
家に帰ると案の定祖母に驚かれるが
体育祭で燥いだんだと嘘を吐いた。
傷の手当を理由に三原家のシャワーを借りてそのまま背中の手当て。
すると三原先生が謝った。
「本当にごめん。」
一体何の事ですか?
「あの騒ぎの時、皆に協力させようと保健室に呼びに行っただろ。」
保健室に入った三原紹実は全員から総攻撃を喰らう。
「キズナに何させやがったっ。」
三原先生は保健室で僕がどうなっていたのかを知らない。
「苦しそうで辛そうで。」
「本当に今にも倒れそうだった。」
「あのまま、起き上がらなかったらって。」
見られたく無かった。知られたくなかった。
「どうして私にも隠した。」
三原先生は雨の日の神社での事を言っている。
ごめんなさい。
「謝っているのはこっちだバカ。」
先生が謝る必要なんてありません。
僕の痛みはすぐに消える。それを承知でそうしただけです。
あの時、先生がこれを知っていても僕は同じ事をしました。
「判ってるよ。判ってるけど大好きな人が傷付くのなんて見たくないだろ。」
傷だらけじゃ無ければ、きっと抱きつかれただろう。
「お前がドMだとしてもそんなの見たくないよ。」
違いますっ
また台無しにする。痛いのはイヤだ。辛いのイヤだ。
子供の頃からずっと痛くて辛い経験をしていると、それがどの程度の痛みなのかは判断できるようになる。
僕はその範疇で「耐えられる痛み」と判断したからそうした。
褒めも称えもされるような事ではないが、過剰に同情されるほどのことでもない。
この程度の痛みで大好きな人を救えるのなら、僕は何度だってそうする。
でも
先生。
「なっ何だよ泣きそうな顔してっ。ドMとか冗談だからな?」
ちょっと笑ってしまった。
冗談は判ってます。
「じゃあ何だよ。どうした。」
僕は転校しなければならないでしょうから
その手続きを教えていただけますか。
「何で転校するの?」
大事にしてしまった責任は取らないと。
それに、皆からはきっと怖がられている。
「誰も怖がったりなんてしてないよ。」
いや、僕は知っている。ずっとそうだったのだから。




