059
その日、1人で神社に行ったのはあれから1年が経ったから。
冷たい雨の振る春休み最終日。
神社での催し物がなく、橘家が留守なことは承知している。
実のところ、秋分の日の「祀り」以来、この神社にはあまり寄り付かないようにしていた。
今でも時折夢に見る。
あのヴァンパイアの首を跳ねたシーン。
感触が未だに残っているようにさえ感じる。
胸が苦しくなり、自己嫌悪と自己弁護をただひたすら繰り替えす。
もう断ち切りたいと、この日を選んだ。
雨が振っていて、傘で前がよく見えなかったからなのか
それとも石段を登る途中既に思い出して気持ちが悪くなったからなのか
僕はそこに人が座っているなんて全く気付かなかった。
センドゥ・ロゼ
僕がその名を口にすると、彼は気味悪く口の両端を上げた。
「キミと話したい思っていた。」
僕には話したいことなんてない。
「それじゃあどうしてここに来た?」
目の前のヴァンパイアこそがその理由だ。僕は克服しなければならない。
だがそんな事コイツに言う必要はない。
「不思議な場所だ。」
彼は立ち上がり、僕に歩みながら続ける。
「過去と未来と現在を結ぶ。」
「キミはボクに話しがあってここに来た。」
まともに取り合ってはいけない。このクサイお芝居に誤魔化されてはいけない。
「認めろ。キミはボクを知りたい。だからここに来た。」
動けない。
睨まれて身体が震えてはいるが指先すら動かせない。
「キミがボクと話しをしないのであれば、あのプリンセスと話しをしよう。」
恐怖は、憎悪へと変わった。
自分の中にこんなにもドス黒い塊があるのを初めて知った。
「さあキミの正体を見せろ。」
彼は僕を睨む。
僕も、奥歯を噛み締め睨み返し、その腕を
「キズナから離れろっ化物っ。」
三原紹実。どこから声がしている?上?
彼女は降ってきた。雨の中、僕とセンドゥ・ロゼとのちょうど真ん中に立つ。
その目は憎悪なんかじゃない。殺意だ。
「子供の祭りに大人が口出しするな。」
三原先生は返事をしない。
「カーニバルに怪我人はつきものだ。」
「知ってるぞ。最初に巻き込んだのはお前達だ。」
巻き込んだ?何の事だ?
「だから責任を取る。」
魔女のその威圧に吸血鬼が後退りをする。
「判った。降参だ。」
彼が両手を挙げようとしているのは見えた。が、
雨礫。
三原紹実の目の前の雨が止まり粒になる。
それは塊となり、吸血鬼を襲う。
彼は軽やかに躱す。
だが雨は意思があるかのように彼を追い襲う。
拝殿を背にしたのでは逃げ切れないと判断したのか
彼は境内の広い場所へと走る。
魔女はそれを待っていた。
逃げた先の地面から氷の柱が突き出る。
足を取られ蹌踉ける。氷柱は彼の頭部にまともにあたる。
ゴツンと鈍い音が響き、膝から崩れ落ちる彼に氷の礫が降り注ぐ。
皮膚を貫き、肉体に深く刺さる氷の塊。
「ヴァンパイアが不死身って本当?」
「くそ魔女。」
氷の塊が溶け水蒸気が舞う。
いや、三原紹実が燃やした。氷をそのまま炎にしたんだ。
吸血鬼は燃える上着を脱ぎ捨てるが身体の中から燃えている。
三原紹実は容赦しない。
フラフラと力なくただ立ち尽くす吸血鬼に炎が槍となって襲う。
彼は両腕を広げ笑った。
彼はただその槍に刺され、炎に炙られた。
「ちっ。」
舌打ちしたのは三原紹実だった。炭になった物体が倒れる。
人形だ。
あの時と同じように、ただの人形。
「怪我はない?」
え?あ、はい。大丈夫です。
特撮でも見ていたのだろうか。現実離れした目の前の光景に圧倒されていた。
これが三原紹実の正体。
茫然としいた僕に、彼女はとても悲しい顔を見せた。
「キズナがいるとは思わなかった。」
彼女は僕を助けに来てくれたわけではない。
魔女の縄張りに現れた危険な余所者を退治しに来ただけだ。
三原紹実は、僕に魔女である姿を見せたくなかったのだと理解した。
僕はこの人を傷付けようとしている。
そんな
言いかけると炭の塊が起き上がった。
「こいつっ。キズナ離れろ。」
僕は傘を置いて、炭の前に歩み出た。
「待てっそいつまだ。」
先生は魔女だから、きっと見えていますよね。
黒焦げで、何処が前かも判らずフラフラするその物体の腕を掴んだ。
見えるのではない。ただ判る。
黒い影を引き摺り、抜き取った。
人形と「何か」が剥がれた瞬間、いつものように「バチン」と音がする。
人形はそのままバタリと倒れ、僕もフラついて膝を付いてしまった。
駆け寄る三原先生を、すぐに治まりますと制した。
僕は三原紹実に恐怖を感じたのではない。
ただ驚いただけだ。
彼女は僕がどうしてこんな事をしたのかを理解してくれた。
そしていつものように笑ってくれる。
「さあ、帰ろう。寒いっ。」
1つ傘に入って歩くのは、雨が降っているからじゃない。




