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第5話〈娘と氷竜。〉

 翌日は午前中に食料品など最低限の必要物資の買い出しを全て済ませ、午後は睡眠に徹した。氷竜ぶんの食料は街長(がいちょう)のアズミが大袋いっぱいに詰めて用意してくれた。


 全て役場の経費から落ちているそうだが、17歳のナナシには目が飛び出してしまいそうなほどの額の報酬まで貰ってしまった。もし、《置き去りにされた氷竜を街から連れ出す》と言う仕事がこの世にいくつもあるとするなら、きっと相場以上に貰ってしまっただろう……と、内臓が冷えた気がした。





「ふかふかのベッドよ……また会おうね……」


 夜中の1時を回り、アズミとの約束の時間が近づく。ナナシはくだらない独り言を残して部屋を後にした。



 街はポツポツと明かりがついている家はいくつかあるものの、猫の子一匹通る様子もなく、静まり返っていた。とにかく、寒い。

 待ち合わせ場所である、街長(がいちょう)の娘と竜が立て籠もっている家に着くと、すでにアズミが待機していた。


「こんばんは。お待たせしました。様子はどうですか?」


 小声で話しかけると、アズミも小声で返した。


「変わりなく、穏やかよ。これを着て」


 ナナシはアズミにされるがままにダウンや厚手の手袋を身に付けた。とても暖かい。


「中はどうなっているかわからないわ。もしかしたら氷漬けかもしれないし、娘も凍え死んでるかもしれない」

「えっ?! 連絡とってるんじゃないんですか?!」

「無視されてるからわからないのよ。嫌なもの見せてしまうかもしれないけど、その時は……ごめんね」


 さあ、行くわよ! と、軽く言われたが、ナナシの気持ちはズンっと重く沈んでいった。


 案内されて向かった先は家の裏の庭にある、巨木だった。

 家の扉という扉、窓という窓全てに屈強な防犯対策を施してあるため、スタンダードな侵入は出来ない。そのため屋根からの侵入を企てたのだ。2人は侵入に不要な荷物を置き、まるでただの階段を上るかのようにスルスルと巨木を登っていった。


「あなたが運動神経よくて本当に良かったわ。うちの娘なんて前転もろくに出来ないくらいよ」

「昔から兄貴達と野山駆け回って遊んでいたものですから。街長(がいちょう)さんこそ、パワフルで驚きましたよ!」

「私には翼があるから。見えないでしょうけど、サキュバスのね。サキュバスの事は……知らなくていいわ」


 屋根の高さを超えた辺りで止まり、2人は順番に屋根へ飛び移った。

 アズミは持ってきた電動の工具を使い、屋根の一部に自分が通り抜けられる幅の穴を開けた。計画当初に危惧していた音も、思った以上に気にならなかった。


「自分の家に屋根から侵入する事になるとはね」


 屋根裏から部屋への侵入が成功すると、家の中も、外と同じような空気の冷えを感じた。

 2人は娘と竜がいるであろう居間のある一階へ静かに降りていく。


 部屋の扉の前に着くとアイコンタクトをとり、ナナシだけが部屋に入った。母親であるアズミは、自分が居てはきっと話にならないであろうと言うことで、部屋の外で待機し、様子を見守る事にしたのだ。



 部屋の明かりは消えていた。それでも、しっかりと人の寝息は居場所を教えてくれる。



 ナナシは、分厚い布団に何重にも包まれ、ソファーで眠る女性を見つけた。

 そして、そっと揺すり起こした。


「こんな夜中にすみません、起きてください」


 声をかけられ、街長(がいちょう)の娘はうっすらと目を開け、数秒ほど揺すられながらその声を聞いていた。


「…………は?! だれ?!!」


 ようやく意識がはっきりした娘はガバッと身を起こし、ナナシの腕を思い切り振り払った。


「はーっごめんなさいごめんなさい!! あの、いま明かりつけますね!」


 テーブルの上に置いてあったリモコンを手にとり、急いで明かりをつけた。


「サナエ=ライトナーさんですよね……? 驚かしてしまって本当にごめんなさい。生きていて良かったです……あははは……」


 ナナシは両手をあげて無抵抗の意思表示をしながら話をした。


「ア、アンタ誰?! 警察呼ぶから!!」

「あー待って待って、警察呼ぶのはまずいですよ! あなたも……竜も」


 サナエは携帯電話を操作する震える指を止め、ナナシを凝視した。


「私、カンダナナシっていいます。選出旅人(グリダー)で、一昨日(おととい)この街に来たんですけど……」

「何しに来たんだよ、何が目的なワケ?」


 サナエの大きな目がきつくナナシを睨みつける。圧力が凄い。


街長(がいちょう)さんに、竜をこの街から連れ出すように頼まれました。日中は目立ちますし、保健所や研究機関が竜を狙ってます。なのでこんな夜中ですが……」

「ふざけんじゃねーよ、あいつはあたしが拾った! 変な奴らに狙われねーように、こうやって家ん中で飼ってんの。ババアに何言われたか知らねーけど、アンタに連れてかれる筋合いはミリもねーから!」


 そういいながらサナエはナナシに向かって手の届く範囲のありとあらゆるものを投げつけた。

 ナナシは投げられたクッションを咄嗟(とっさ)に手を取って盾代わりにし、説得を続ける。


「街の人達が春が来ないと困っているのを知らないんですか?! それにこの家に引き篭もっての生活なんて、一生は無理です! 竜はどんどん大きくなるそうですから!」

「うるせぇ! こんなクソみてぇな街のコトなんてあたしが知るかよ」


 そう、荒々しい言葉でまくし立てながら、サナエはふと、ものを投げる手を止め、ソファ裏を覗き込んだ。


「……おい、こんだけ騒いでんだから起きろよ! どんくせえヤツだな!」

「ん?! オハヨ??」


 寝ぼけた声とともに立ち上がり姿を見せたのは、青く長い髪に、青白い肌、真っ赤な猫目の女の子だった。


「あのー、サナエさんのお友達さんですかね……お騒がせしてすみません」


「バーカ。こいつがあんたの探してる氷竜だっつーの」


「えっ?」


 ナナシは唖然としてその女の子を見つめた。

 氷竜と言われた彼女もまた、ナナシの存在に気付き、さっぱりと目を覚ましたようだ。そして無邪気な笑顔を見せ、自らを指差しこう言う。


「がにゃん! コッチ、さなえよ! 」




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