09 知らずに持ってたレアアイテム
朝食も、月の宿でとらせてもらった。
朝からシチューにサラダにパンにデザートに、ずいぶんたくさん出てくる。
「こんなに食べていいんですか?」
「冒険者は体が資本だよ!」
リリさんが笑っていた。
カジルたちは、夜は自分たちのアパートにもどり、朝にはまたやってきたようで、今日も来ていた。
「お前、今夜もここに泊まるんだよな?」
「そうします」
「他のところに泊まってもいいのよ?」
リリさんが言う。
「いえ、すごくいい宿です」
「だろ?」
「カジルもたまにはお金落としていきなさいよ」
「そりゃもう、一発当てたら別館建ててやりますよ!」
「調子いいこと言って」
本当になごやかで、信じられない空気だった。
こういうあたたかい時間って、本当にあるんだな。
それから、僕らは、ギルドへ向かった。
リーナさんは今日もいた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
「ナリタカさんは、第百ダンジョンへ挑戦がご希望ですよね。すみません、昨日はお伝えし忘れてしまったのですが……」
「あ、聞きました。第百ダンジョンは異常が出たんですよね」
「はい」
カジルたちの話によれば、第百ダンジョンは、昨日の夕方あたりから様子がおかしくなっていって、ダンジョンがダンジョンとして機能しなくなったのだという。
ダンジョンは、常に形を変えるというのが共通の特徴なのだが、形が変わらなくなり、モンスターも宝箱も出なくなってしまったのだという。
つまり、出口へと長々と続いている通路でしかないのだ。
「異常がいつ直るかどうかは、全然わからないって聞きました」
「そうなんです」
リーナさんがしゅんとした顔をしている。
今日もかわいい。
「こういうことって、あるんですか?」
「いいえ。すくなくとも、わたしが働き始めてからは一度も。だから十年はないんですけど」
「え?」
十年?
リーナさん、てっきり二十歳くらいかと思ってたのに。
どういうこと?
「いまは、ダンジョンを通り抜けてもクリアしたことにはなりませんので、ナリタカさんは、第一、第十ダンジョンに行くしかありませんね」
「直してるんですか?」
「いえ、待つしかないようで……」
「そうなんですか。いつごろ直るかも、わかりませんよね?」
「はい、ご迷惑をおかけします」
「そんな、こういうのはしょうがないので。あ、じゃあ僕はこれで」
「はい」
僕はカジルたちのところにもどりかけて、思い出した。
「そうだ、これってなんですか?」
僕は昨日第十ダンジョンで見つけた腕輪をカウンターに置いた。
最初はふつうに見ていたリーナさんだったが、急に目を大きく開けると、手元の小さな本をあわただしくめくった。
そしてまわりを見ながら、中腰で立ち上がる。
「これ、神鉄の腕輪ですよ」
と小声で言う。
小声ながら、興奮した感じで僕を見ていた。
「はあ」
なんじゃそりゃ。
「神鉄という、貴重な金属でできた腕輪で、武具の材料になるんです!」
「すごいですね」
よくわからないけど。
「ちなみにギルドの買取価格は、このサイズで2万ゴールドですよ」
「は?」
腕輪といっても、腕時計くらいの太さと厚みしかない。
「これだけじゃ武器なんてつくれませんよね?」
「それくらい貴重なんです。第十ダンジョンで見つけたんですか?」
「はい」
え、なに?
2万ゴールドって、200万円ってこと?
は?
腕につけるもので200万円って、ロレックスとかそういうやつ?
見た目は銀色でつるつるの、ただの腕輪だ。
高いと言われれば高く見えなくもないけど、安いと言われたら1500円でも買えそうな感じだ。
「第十ダンジョンでも、見つけたことがある、という報告は上がっていますが、非常に、低い確率ですね……」
「そんなの持ち歩くのこわいんですけど」
「ギルドでお預かりしましょうか? この腕輪ですと、200ゴールドかかってしまいますが」
たっか。
でも持ち歩くのは無理だ。
「じゃあお願いします」
せっかく昨日300ゴールドも拾ったのに。
「はい。お預り証は、この指輪です」
「どうも」
「装着すると見えなくなりますから安心してください。あと、軽い呪いがかかってますので、はずれることもありませんから」
「呪い……」
まあ、つけるしかないけど。
たしかに、すぐに見えなくなった。
「2万ゴールドあれば、家もすぐ借りられますよね?」
「はい。よろしければ、こちらでお調べしますよ」
「えっと、それはいくらくらい」
「無料です」
また無料。
「でも、それは悪いような」
「買取になった場合、少しだけわたしの収入も増えますので」
とリーナさんがウインクした。
そういう仕組みになっているのか。
「もちろん、他の方に売られるのでもかまいませんよ」
「はい」
そう言われても、額に大きな差がなければここで売るだろう。
そういう買取金額なんだろうなと思う。
「またなにか見つかったらお持ちくださいね」
「はい。それじゃ」
僕はカジルたちのところへもどった。
「おう。お前、今日はどうすんだ」
「僕ちょっとこれから第百ダンジョン見てこようかと思って」
「は? なにしに?」
「いま第百ダンジョンを最後まで歩いても、クリアしたことにならないのは知ってるよね?」
スランスが言う。
「うん。ちょっと下見に」
「そう。気をつけて」
「じゃあね」
僕はギルドを出た。
ダンジョンがダンジョンとして機能してないっていう話だけど。
実際のところ、ダンジョンとしてはどういう状態なんだろう。
僕が見たら、なにかちがうんじゃないだろうか。