08 異世界初の宿泊
第十ダンジョンを出て、外でお金を確認してみると、全部で350ゴールドもあった。
第十ダンジョンだけで320ゴールドもあったことになる。
しかも後半だけで。
たしかに、第一ダンジョンで30ゴールド稼ぐのと比べると、魅力的になってしまうな。
「ん?」
気づけば、太陽は傾いてきていて、オレンジ色の空になっていた。
そろそろ今日の宿を探したほうがいいな。
またギルドに行って、リーナさんにおすすめ宿をきいてみた。
「え、もう第十ダンジョンをクリアしたんですか? 本当にすごいですよ!」
じゃあ第一のときは別にすごくなかったんかい! と思いつつ。
「どうも」
「
「無料チケットが使える宿は、月の宿と、ひとひらの夜の星はあなたのように美しい亭、がありますが、どちらがよろしいですか?」
「は?」
「月の宿と、夜の星は美しい亭です」
略してるし。
「月の宿で」
「めずらしいですね。夜星はとても人気ですけど。ここだけの話、一泊100ゴールド以上する部屋ばかりですが、よろしいですか」
「はい。変わった名前ですし」
「すてきな名前だと思いません?」
「え?」
「え?」
ちょっとリーナさんとは価値観の根底の部分が、合わないかもしれない。
「では、武器屋のすこし先へ行っていただければ、すぐですよ」
「どうも」
月の宿は、一般の民家を大きくしたような外見だった。
看板がなかったら素通りしたかも。
当然インターホンがついていないので、入り口の戸をノックする。
「すいません」
「はいはい」
戸が開いた。
大学生くらいの女性が立っていた。
「ここは月の宿ですよね?」
「お客さん? あらどうぞ」
女性はにっこり笑うと招き入れてくれた。
玄関から廊下が奥と右手に続いていた。
外から見た感じだと二階はない。
玄関で靴を脱ぐのは日本っぽい。
「お荷物どうぞ」
と女性は僕の槍をさっさと持った。
「どうも」
「お部屋はこちらです」
さっさと歩く女性に、早足でついていく。
ドアが四つあり、僕は一番手前の部屋に通された。
「お部屋はこちらです」
六畳間くらいだろうか。
そこにベッドとテーブルもあった。
「お食事はどうしますか?」
「食事があるんですか?」
「ええ。食堂にいらしていただければ、七時に。宿泊費は同じですので、めしあがったほうがお得ですよ?」
と、にっこり。
「あ、じゃあ、いただきます」
「ではお風呂をご用意しましょうか」
「風呂があるんですか?」
「はい」
魔法で水を押し出したり、水を温めたりができるようで、壁に固定だけど、シャワーがあった。
出すのも、魔法石付きの蛇口をひねるだけ。
このぶんだともしかして、町中に水道も完備されてるのか?
思ったよりずっと現代的かも。
時計も、なにで動いているのかわからないけど壁にある針がゆっくり動いていた。
あらためて感じる。
異世界。
現代日本とはちがうけれども、求めるものはそんなに変わらないのかもしれない。
風呂でさっぱりすると、着替えがあったのでそれに着替えて、ちょっと早いけど食堂へ。
旅行気分だ。
玄関にもどって、すぐ近くのドアを開けた。
そこにはテーブルが四つあった。
その中で、ひとテーブルだけ、席がうまっていた。
「ナリタカ君?」
「は?」
「……」
カジルたちがいた。
「へー、知り合いだったの?」
僕らは結局同じテーブルで食事をとることになった。
質素な料理なのかと勝手に思っていたが、大きな肉はジューシーでおいしい。
彼らパーティーの、ミミがこの宿の娘で、その姉がさっきの女性、リリさんだという。
カジルとスランスは別のところに住んでいるが、夕食はここでとることになっているそうだ。
「ごめん、ナリタカ君に言っておくの忘れてたよ」
スランスが言う。
「いえ、別に」
「せっかく無料チケットもらったのにこっち来たのかよ。こんなオンボロじゃもったいねえだろ」
カジルが言うと、ボン! とお盆でカジルが頭をたたかれた。
「ってー」
「どこがオンボロだ」
リリさんが、きっ、とにらみつけてから、笑っていた。
「ぼくらは結構古い付き合いでね」
「そうなんだ」
「お前、なんでこっち来たんだ? 夜星のほうが部屋も広いし、豪華だぞ」
「名前が変だし、僕の人生に」
僕が言うと、みんなきょとんとしてから、大笑いした。
「なんか変なこと言った?」
「言いたい放題だな」
カジルが肩を組んでくる。
「なんかいけすかねえんだよな。あいつらは。それに比べて、この月の宿の、なんていうかな、この、な?」
カジルがリリさんをちらちら見ながら言葉をにごす。
「なあに?」
「最高の宿っす」
「よろしい」
ちょっと出てるね、とリリさんは食堂を出ていった。
「あっちのほうが流行ってるの?」
僕が言うと、カジルがため息をつく。
「まあ、規模的に、やっぱあっちのほうがでかいしな。やっぱ、冒険者が集まる宿は、情報交換にもうってつけだから、流行ってるほうが流行っていく、っていうとこもあんだよ。ここは小せえし」
ちらりとカジルがドアの方を見る。
「あっちも、別に変な営業してるわけでもねえし、恨む筋合いはねえんだけどよ。ずっと知ってる側からするとな」
「リリさんと、ご両親が?」
僕はミミを見た。
ミミは首を振る。
「お姉ちゃんだけ」
「え?」
「ミミの親はもうなくなっちまってな。ま、だから俺らも、ここを応援したいってのもあるわけよ。微々たるもんだけどな」
「……うらやましい」
「は?」
カジルが僕をにらむ。
「てめえ見下してんのか?」
「僕は、あんまりそういう経験ないから。家族の信頼、みたいな」
「……」
「あ、ごめん、変なこと言って」
「えーっと、ところで調子はどう?」
「……ああ。あ、お前こそ、今日はどうだったんだ? 見せろよ」
カジルが僕の冒険者証を見る。
「は?」
カジルは、自分の顔の前で凝視していた。
そしてスランスに見せる。
「え、すごいじゃないか!」
ミミにも。
「……すごい……」
「お前、もう第十クリアしてんのかよ! どうなってんだ、俺たち追いつかれたじゃねえか!」
カジルが見せてきた冒険者証は、たしかに、初級冒険者、第一、第十、と刻まれている。
そういえば、冒険者ギルドで見せられたスランスの冒険者証は第十となっていたか。
「まいったね」
スランスが苦笑い。
「なんかスキル持ってんだろ? な? なんだよおい!」
「カジル。ナリタカ君、スキルは大切な情報だから、人には言わないように」
「わかった」
「言えや!」
「でも、タイミングが悪かったね。ここから先は、しばらくかかるかもしれない」
スランスが顔をくもらせる。
「え?」
「いま、第百ダンジョンは、ただの通路になってしまってるんだ」