05 みんな親切
手続きを終えると、三人がテーブルにいたのでそっちへ。
「お、どうだった」
カジルがパンを食べながら言う。
「はい、手続きできました」
僕は冒険者証を見せた。
「ふーん。お前、漢字の性、持ってんだな」
「え?」
僕がとまどっていると、スランスが自分の冒険者証を見せてくれた。
そこには単に、スランス、と刻んであった。
横には、初級冒険者、第一、第十と刻んである。
一から十までクリアした、ってことだろうか。
全部クリアしたのか?
でも初級者って書いてあるし……。
「スキルは、他人には見えないようになってるよ」
言われて初めてスキル欄を見た。
文字みたいなものが、ごちゃごちゃっ、となにか刻んである。
個人情報保護の観点からだろうか。
異世界もいろいろ大変だ。
「お前も一個食え」
とカジルがパンを一個くれた。
メロンパンくらいの大きさの、丸いパンだ。
「お金があんまり……」
「それくらいやるよ」
「ありがとう」
と食べてみると、うまい!
ふわふわでいい香りがする。
「おいしい!」
「だろ? これで1ゴールドなんだぜ」
カジルが自分の手柄のように言う。
ギルドで出しているパンらしい。
「安い」
大きさといい、味といい、ふつうは200円か300円くらいするだろう。
「で、ナリタカはこれからひとりでやるの?」
「俺らのパーティーに入るのは無理だぜ」
カジルが言った。
「バーベキュー、とか?」
「は?」
「パーティーっていうのは、冒険者のグループのことだよ」
BBQ? って言わなくてよかった。
「お前、なんにも知らねーのな。ほんとに、どっから来たんだよ」
「……それはきかないようにって、さっき言ったでしょ……」
ミミがぼそりと言う。
「っせーな」
スランスが口を開く。
「第一ダンジョンをクリアすると、初心者冒険者卒業になって、初級冒険者になれるんだ。そうなると、戦闘講習会の、武器、魔法も受けられるようになるし、すごくやりやすくなる。これからひとりでやるつもりだとしても、第一ダンジョンは早めにクリアしておいたほうがいいよ。だから、ナリタカさえ良ければ、ぼくらが協力してクリアさせてもいい。それから初級のサービスを受けて、第一ダンジョンをクリアする人も結構いるんだよ」
「ひとりで意地張って、さっきのお前みたいに、いきなり脱出石を使うことになるやつとかな」
カジルが笑う。
でも僕、だいじょうぶなんですよね。
「でも、ひとりでやってみる」
「そう?」
「お前なあ」
「……カジル……」
ミミがカジルをにらむ。
「な、なんだよ」
「……ナリタカ、気をつかってる……」
ミミが、じとーっ、とカジルを見ていた。
「うるせーなー!」
カジルが蚊を払うみたいに手を振った。
「ひとりでやるなら、槍を使うといいよ」
スランスが言う。
「槍?」
「ぼくも力に自信がないんだけど、槍なら距離をとったまま戦えるからね。特に最初のうちは、そんなに速いモンスターもいないから、覚えておくと便利だよ」
「わかった、ありがとう」
僕は立ち上がった。
「あとよ」
カジルが言う。
「第一はスライムしか出ねえけど、壁を背にすんなよ。スライムに殺されるときは、窒息死がほとんどだからな。背中が通路なら、死にゃしねえ」
「わかった。ありがとう」
僕は歩きだしかけた。
「あとこれも持ってけ」
カジルが僕になにかを投げてきた。
受け取ったのは、脱出石だった。
「これ……」
「ひとりで行って死んだらどうすんだよ! しょうがねえからそれ売ってやる」
「30ゴールドしかないんだけど……」
「貧乏人が。200貯まったら払えよ」
「え、でも、貯まるかどうか」
「貯めろ!」
カジルは居心地悪そうにそっぽを向いて、スランスとミミがニヤニヤしている。
カジル、いい人なのかもしれない。
すごくいい人の可能性もある。
「ダメだったらここに来なよ。ぼくらも、一日一回はギルドに顔を出すからさ」
スランスは笑う。
「わりがとう。カジル、200ゴールド、ちゃんと払うから」
「うるせー!」
「じゃ」
僕は手を振って、ギルドを出た。
それから、聞いたとおり、武器屋に行った。
「あの、冒険者になったんですけど……」
冒険者証を見せると、店の店主は大きくうなずいた。
「剣と鎧でいいのか?」
「あ、槍があれば、槍がいいんですけど」
「槍だと鎧は貸せないぞ。剣なら、剣と鎧か盾、槍なら槍だけになるが」
「あ、えーと。槍でお願いします」
「あいよ」
剣なんて、振り回して自分を切ってしまいそうな気がするし、鎧が必要になった時点で僕はやられているような気がする。
やられる前にやらねば。
「ならこれ使ってみるか?」
と店主が出してきたのは、伸縮ができる槍だった。
伸ばすと僕の身長くらいの長さに、縮めると、僕の腰くらいまでの長さになる。
折りたたみ傘みたいな感じか。
「伸ばしてから半分ひねると、固定できるぞ」
何度かやってみると、やり方がわかった。
「こうですね」
「おう」
「これ、ふつうの槍より、強度が落ちたりします?」
「まあ、スライム、泥人形、くらいなら問題ないぞ」
「泥人形」
新しいやつが出てきたぞ。
「第百ダンジョンあたりから、やめたほうがいいだろうな」
「第百ですか」
ずいぶん先の話だな。
というか、この町のダンジョンは10個じゃなかったっけ?
「合わなかったら交換してやるよ。壊れたときも持ってこいよ。交換代、補修代は無料だ」
また無料。
「そんなのいいんですか?」
「どうせ金はギルドにもらうからな」
ギルド、やっていけるのか?
裏の顔があるのか?
「レンタルは一ヶ月だ」
「ありがとうございます」
武器屋を出た。
「そうだ」
僕はいったんギルドにもどった。
もう三人はいなかった。
「あの、パンを二つください」
僕は、パンが二個入った紙袋を持って、第一ダンジョンへ。
「……ダンジョンさん?」
通路に話しかけると、ぬっ、と出てきた。
「やっほー! どうだった?」
「うん」
ポケットから冒険者証を出した。
「冒険者になった」
「やったね! ……なんかいいにおいがするけど」
「うん、パン買ってきた。食べられる?」
「パン?」
「これ」
紙袋から出したパンをわたす。
「わー、いいにおーい」
彼女はパンを受け取った。
「持てるんだね」
「うん。持とうと思えば持てるよ」
「へー」
「わ、おいしー!」
彼女は片手をほっぺたにあてて、にこにこ笑っていた。
「こんなにおいしいもの食べたことないよー!」
「良かった……。ふだん、なに食べてるの?」
「食べるっていうか、死んだモンスターの体を吸収したり、死んだ人を吸収したりするかな」
「ふーん……」
ふーん……。
ちょっと背筋が寒くなった。
「……あ、このパンも食べる?」
僕はパンを差し出す。
「いいの?」
「僕、いまそんなに食欲ないかも」
「ありがとー!」
彼女はパンにぱくついていた。