45 僕の居場所
「家……」
倉庫はひとことで言えば、ただひとつのでっかい部屋、だった。
床は、二十畳くらい? の広さがあって、高さは、天井高めで、二階分ある感じだ。
棚がめちゃくちゃ多くて、壁にそうように階段があって上は広いロフトみたいになっていた。
家具を運び入れる前に、カジル、スランス、ミミにも手伝ってもらって、中の掃除をした。
武器屋として営業している時点で、ある程度掃除をしていてくれたのが大きくて、一時間くらいでなんとかなった。
「よし、入れようぜ」
最初はベッドを入れるつもりだったけれども、上のロフトみたいなところ寝床にすることにして、ふとんみたいなものだけ上げた。
窓は、上の方にしかちゃんとしたものがなかったというのもある。
下だと、日中も薄暗いのだ。
ロフトみたいなところだけでも六畳くらいはあるので、二人が寝て、さらにちゃぶ台みたいなテーブルを置くこともできる。
リビング兼寝室。
そう扱えば、いきなりいろいろ買わなくても良さそうだから、というのもあった。
「意外となんにもいらねえのな」
カジルは言った。
「そうだね。お風呂は宿屋でお金を払って使う形にすればいいし、食事はギルドか宿屋の外食中心になりそう」
僕は言った。
「自炊しろよ。……って言いたいとこだけど、ここ、火、使ったらどうなんだろうな」
カジルは薄暗い室内を見回す。
「あと、窓って作っても平気なのかな」
「そのへんの壁をぶっ壊せばいいんじゃねえの?」
「そんな雑な」
「でもナリタカ君、どうしてここに住みたいと思ったんだい?」
スランスは言った。
「あ、まあ、ほら、ここって広さにわりにはお手頃だし、そのお金がみんなの役に立てばちょうどいいかなって思って。うん」
「ふーん」
「……気を遣ってくれて、ありがとう……」
「あ、いや」
カジルたちならダンジョンさんのことを説明してもいいかな、とも思うけど、他の人には秘密にしてもらわなければならないわけで、負担になるだろうからできれば言わずにうまくやりたい。
「まー、ほんと、お前は見かけによらねえよな」
カジルがしみじみ言う。
「なにが?」
「なんかいつの間にか上級ダンジョンまで行くしよ、こんな彼女と同棲とかするしよ、超優秀みたいじゃん」
「そんなことないよ」
「だよな」
「え?」
「いやー、ほんと見かけによらねーわ」
「ナリタカはなんでもできるんだよ!」
ダンジョンさんが言う。
「お熱いことで」
カジルが肩をすくめる。
「君もさあ、こいつでいいの?」
「ナリタカがいいの!」
「うはー」
「それで、君はなんていう名前なの?」
スランスが言った。
う……。
え、どうする?
ダンジョンさん……?
「私? ダンジョンさんって言われてるよ」
「なんだそりゃ。意味わかんねえな」
え、どうしよう。
事情を言うしかないか……?
「もう、カジル君は文句ばっかり! カジル君もちゃんとしなよ!」
ダンジョンさんが不満そうに言う。
「は?」
「いつもそうだよ! 素直じゃないし!
「いつもってなんだよ」
「ミミちゃんに好きだって言わないしさ!」
ダンジョンさんが言うと、カジルが挙動不審になった。
目は泳ぎに泳いで、体がふらふらと動く。
「は、はあ!? なに言ってんだか意味わかんねえし! はあ!? はあ!? おれ忙しいから仕事もどるからじゃあな!」
カジルはバタバタと出ていった。
「おいカジル! 待ってって。ごめんね、また後で」
「……またね……」
スランスとミミが追いかけていった。
「どうしたのかな」
ダンジョンさんが首をかしげる。
「え、カジルってミミが好きなの?」
僕は全然わからなかったけど。
「うん。ダンジョンで、いつもミミちゃんのことばっかり気にしてたもん」
「なるほど」
考えてみれば、ダンジョンさんは初対面じゃないのか。
そう言われれば、宿屋を熱心に手伝っているのもうなずける。
だったらスランスはリリさんかな、っていうは単純すぎか。
「ねえ、上から見ようよ」
ダンジョンさんに誘われて、ロフト部分にあがった。
下はあまり空気の流れがないけれども、換気口と窓を全開にすると、それほど居心地は悪くない。
窓からは宿屋と、街並みが見えた。
一階建ての建物が多いので、ここからでも結構遠くまで見える。
「今日からここで暮らすんだね!」
「うん……」
「……ナリタカ? どうかした?」
「ううん、別に」
僕はそう言ったが、ダンジョンさんはじっと僕を見ていた。
「どうしたの? お腹すいた?」
「僕はさ、居場所がなかったからさ、こうして、自分がゆっくり、ひとりでいられる場所が見つかるなんて思わなかったんだよね」
「……」
「いつも誰かになにか言われて、もう言われないように、なんとか逃げるしかなくて。家でも、学校でも。じゃまだったんだ、僕は。誰にとっても。だからさ、こんな、僕が、ダンジョンさんみたいな子と一緒に、へへ、ゆっくりできるなんて、なんか、なんかさ」
ちょっと変なこと言ってるな、と思って僕は笑ってごまかそうとした。
ダンジョンさんは、真剣に僕を見ていた。
「だからさ、あの、すごくうれしいっていうだけなんだけどさ、でも、いまいち信じられないっていうか。ダンジョンさんが消えて、この家もなくなって、カジルたちも消えて、ひとりだけになるんじゃないかって、すごく思うんだ。目が覚めたら、また元通りの生活がまってるんじゃないかって」
「……」
「さっきからずっと。こんなはずないって。こんないいことないだろうって。それときっと、ダンジョンさんは、ダンジョンにもどりたいんだろうなって」
「私が?」
「うん。もどれるとしたらもどりたいよね」
ダンジョンさんは腕組みをした。
「うーん。わかんない! でも、ナリタカと一緒のほうが私はうれしいよ! ナリタカはうれしくないの?」
「うれしい」
「じゃあいいよね!」
「うん。いい」
よし、決めた。
この生活を、しっかり守っていくんだ。
「僕はちゃんとダンジョンでいいもの持ってきて、ダンジョンさんとの生活を守っていこうと思う!」
「うん!」
「でもその前に」
「うん?」
「ダンジョンさんの名前がないと、変に思われると思うんだけど」
「名前?」
「ダンジョンさんだと、ダンジョンはたくさんあるし」
「じゃあ第一ダンジョンでいいよ!」
「それは名前っぽくないっていうか」
「でも私、第一ダンジョンだもん」
「じゃあ、ええと……、あだなっていうか……」
「あだな?」
「呼びやすい名前。なんていうか、いっちゃん、みたいな」
「いっちゃん! 私、いっちゃんだ!」
「いやこれは例で」
「いっちゃんです!」
と言いながら、ダンジョンさんがなんか人さし指を立てて、変なポーズを取り始めた。




