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42 ダンジョンさんと

「ダンジョンさん……?」


 僕は、抱えていたダンジョンさんを地面におろした。


 ダンジョンさんは、なんだか信じられないような顔で僕を見ている。

 僕も同じだ。



 ダンジョンさんは、足元を見て、空を見て、僕を見た。

 それからしゃがんで、地面をさわったり、土をつかんで、さらさらと空中に散らしたりした。


「ナリタカ、私、どうなったの?」

「ええと……」

「まあ、人間になったんだろうね」

 ソフィさんがあっさり言った。


「あんたのスキルは、ダンジョンと交流ができる、っていうところからさらに、ダンジョンから切り離して外に出せる、っていうのがついたんじゃないのかい?」



 僕はダンジョンさんと見合った。


 そしてダンジョンさんの手をとる。

 しっかりとした感触はある。


「やった……?」

「のかな……?」

 僕とダンジョンさんは、微妙な感じで言う。


「最高の結果なんじゃないのかい? そりゃあんた、ダンジョンが壊されたっていうのはひどい結果だけど、その中じゃ最高でしょ。ダンジョンが壊れても、この子はここにいるんだから。あんた、この子を助けたかったんじゃないの?」

「はい、そうです」

「良かったじゃない」

「はい」


 僕はダンジョンさんを見る。


 ダンジョンさんは、目を大きく開いていた。

「私、まだ生きてる」

 ダンジョンさんの大きく開いた目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。

 それが筋になって、ほほを流れた。


「よかった」

 と言う僕の声も涙声だった。

 手をやると、目から液体が流れていた。


「ダンジョンさんの涙がうつった」

「ナリタカが先に泣いてたよ!」

「そんなことない」

「ナリタカ!」

 ダンジョンさんが僕に飛びこんできた。


 地面に押し倒されて後頭部を打った。

 ドラゴンスーツに守られていたので痛みはなかった。

 そんなのどうでもよかった。



「若いねえ……」

 ソフィさんがそんなことを言ってたような気がした。




 ギルドの近くまでいくと、冒険者たちが駆け寄ってくる。


「ソフィさん、第一ダンジョンが」

「ああ、潰れちまったね」

「どうします」

「とりあえずはなにもできないね。ダンジョンが潰れたなんて前代未聞だよ、まったく。とりあえずは、あの冒険者狩りどもを、今度こそは逃さないよう、厳重に拘束して、王都に引き渡しの準備を進めといてくれ」

「わかりました。そちらは無事だったんですね」

 彼は僕を見て言う。


「問題ないけど、まだ仲間がいる可能性もあるから、引き続き調べておくように」

「さっき王都から、サーチャーが来ました」

「ああそう! じゃ、さっそくやってもらって」

「はい。封じる範囲は、町の周囲だけでいいですか」

「いいよ」

「わかりました、すぐとりかかります」


 それからギルドに入って、ソフィさんがいくつか指示をしながら進んでいくのに僕らはついていった。


 奥の部屋に入って、ちょっとほっとする。

「やっぱり、みんなダンジョンさんのこと、見えてますよね」

 まちがいなく、ダンジョンさんは実体化している。

 だけどこれは……。


「私、人間なのかな」

 ダンジョンさんは言った。

 そのあたりが難しいところだ。

 人間のようにしか見えないけれども、でも。


「そもそも、人間ってなんだろうねえ」


 ソフィさんがしみじみ言う。

「そこからですか?」

「そりゃねえ。あんた、人間ってなんだか言えるかい?」

「えーと」

 

 目が二つで、鼻がひとつで、口がひとつで、背骨があって、経って歩いて、みたいな話じゃないんだよね、きっと。

 言葉も通じるし、涙も流せるし。

 

「人間、でいいと思うんですけど」

「そりゃあんたはそう思うだろうね」

「でも、どう見ても」

「あんな熱烈な愛の告白するくらいだから、そりゃ人間であって欲しいだろうけどねえ」

「え? なんのことですか」

「なんのこと?」


 はっ、とソフィさんは鼻で笑った。


「ダンジョンさんが大事とか、ダンジョンさんがいなけりゃ生きてる意味ないとか、世界で一番ダンジョンさんが大事とか大声で言われて、ダンジョンの前で人が見てるのに堂々と抱き合って、恥ずかしくなってくるよ、本当に」

「そ、そんなこと言ってないです」

「大意だよ大意」

「いや、えーとそのー」

「ナリタカ、嘘だったの?」

 ダンジョンさんがきょとんとした顔で言う。


「え?」

「嘘ついたの?」

「え?」

「私が死にそうだから嘘ついたの?」

「いや、そんなこと」

「嘘ついたんだ」

「ついてないよ」

「私のことなんてどうでもいいんでしょ」

「そんなことないって」

「じゃあ言って」

「え?」

「私のこと、好き?」

 ダンジョンさんが上目づかいで僕を見る。


「え、あの」

「嘘だったんだ」

「好きです」

「ほんとに?」

「好きです」

「もっとちゃんと言って」

「僕はダンジョンさんが好きです!」

「わーい、よかったー!」

「へへ」


「あんたら、どっか他でやって」

 ソフィさんが海より深いため息をついた。




 それからしばらくして、僕らはギルドの外に出た。

「なんですか?」

「サーチャー」

 ソフィさんはそう言って、黒いローブの男と話を始めていた。


「あ、ライトさん」

 手を振ると、ライトさんがこっちにやってきた。

「やあ、大変だったね」

「はい、でもなんとかうまくいったみたいで。で、あの、サーチャーってなんですか」

「サーチ魔法が使えるんだ。どこに誰がいるのか、っていうことがわかるね」

「はあ」

「要は、誰か隠れているか、というのがわかるってこと」

「はー、なるほど」

 それで、潜んでいる第四の敵がいないかどうかを判別しようってことか。


「だから全員に屋外に出てもらうし、ダンジョンに行かないように指示もする。といっても、今日、ダンジョンに行くような無鉄砲な人はナリタカ君くらいだったみたいだけど」

「すいません」

「ソフィさんがついて行ってくれなきゃ大変だったよ」

「すいません」

「それで、そのかわいい子はどちらさまかな?」

 ライトさんがにっこりとダンジョンさんに笑いかける。


 するとダンジョンさんは僕のうしろに隠れて、僕の袖をつかんだ。

「あ、だいじょうぶです」

「だいじょうぶじゃなくて、どちらさまかなって。あいさつを……。まあ、また今度でいいかな。またねー」

 なにかを感じ取ったのか、ライトさんは出かけていった。



 たくさんに分裂したライトさんがあっちこっちに移動して、あっちこっちで説明をしたおかげで、速やかにサーチ魔法が始まった。



 といってもすぐ終わった。

 黒いローブの人が出てくると、魔法を唱えた。

 ぱっ! と白っぽい光に町全体が包まれる。

 それが、霧が一気に晴れるみたいにぼんやりと薄れていった。

 すると、外にいる人たちが、ぼんやりと白い光に包まれていた。


「人は白っぽく光る。生物によって光に違いが出たり、屋内に人がいると、術者にはわかるらしい」

 とライトさんが言う。

「なるほど」

 これで、完全に解決か。

 

 そこではっとしてダンジョンさんを見る。

 ダンジョンさんも他の人たちと同じように白い光に包まれていた。


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