40 やれること
「第兆ダンジョン……?」
「クリアしたかい」
「いえ、ちゃんとは」
そういえばこの前行ったときライトさんがなにか言ってた。
誰にとってもいいものが手に入るとか。
「あそこは正しくクリアすれば、欲しているなにかがもらえるんだよ。このダンジョンを直すことはできない。それはわかるだろう?」
「やってみないと」
「わかれ。いいね」
「……」
「それでも、なんとかしたいんだろう? なら、第兆でもらえるなにかに賭けたらどうだい」
「なにかって、そんなわけがわからないものにどう賭けろっていうんですか!」
「スキルだよ」
「スキル?」
「ライトは第兆をクリアして仮の分身をつくるスキルだったのが、本人が分裂するスキルになった。ウィンディは知ってるかい? あの子は、五分溜めれば威力が倍増するスキルが、上限なしまで強まった」
「上限なし?」
なんかそれは、ちょっとまずいことができてしまう人になってしまった気がする。
「持ってない者は新しいスキルを、持っている者は新しいスキルを、そう言われてる。あんたのそのスキルがのびたら、どうにかなるかもしれないんじゃないのかい?」
「でも、そんな都合のいいものが手に入るとはかぎらないですし……」
「いまあんたができることはそれくらいしかないんだよ。やるのかい、やらないのかい」
「……ナリタカ、無理しないで」
ダンジョンさんが言った。
いま無理をしないでいつ無理をするんだろう。
僕は立ち上がった。
「待ちな」
ソフィさんは、僕の腕をつかむと転送の腕輪を引っこ抜いた。
そしてまた腕につけ、別の腕輪をすぐ横に装着させる。
「これは?」
「左の方は第兆に転送される設定にした。右のは第一だ。これで往復の時間が省略できる。急ぎな」
「ソフィさん」
「あたしにゃ、あんたの頭がおかしくなっているようには見えないんだよ。ダンジョンさんってやつを、どうにかしてやりな」
「……ダンジョンさんをお願いします!」
僕は脱出石を使って第一ダンジョンの外に出た。
そこから転送の腕輪で第兆ダンジョンへと飛ぶ。
入り口に転がり込んで、走って奥へ。
「いらっしゃいいらっしゃい」
第兆ダンジョンさんがついてくるが、軽くあいさつだけしてドンドン進む。
そして例の部屋。
反対側からやってくるのは、ダンジョンさんと、僕そっくりの、僕の偽者。
『負けを認めろ!』
僕と相手は同時に言った。
走っていってそのままつかみ合い、床を転がる。
『時間がないんだ、負けを認めろ! 早くしろ!』
まったく同じタイミングで言っていた。
転がり転がり、相手が上になった状態で止まった。
同時に殴る。
しかしドラゴンスーツのフードの上からだったので痛みは感じなかった。
相手も同じだろう。
何度かやってみたが、状況に変化はない。
ごろごろ床を転がったり、殴ったり、火を吹いてみたりするけど状況は変わらない。
同じ力量、同じ装備、同じ発想。
くそ!
『時間がないのに!』
これじゃだめだ。
僕は脱出石を使って出て、またすぐ中に入る。
「ダンジョンさん!」
「なになに?」
「第一ダンジョンが壊れそうなんだ! ここをクリアしたらスキルがもらえるんだろ? くれないか」
「むりむり」
「いまだけでいいから、あとで返しに来るから!」
「むりむり」
「じゃあなにが欲しい! なんでも持ってくるから! なんでもするから! いまだけ助けてくれよ!」
「むりむり」
「ああああー!!」
僕は立ち止まって叫んでいた。
だめだ、だめだだめだ。
もうだめだ!
……。
……落ち着け。
……僕は、気合で限界を超えられるような人間じゃない。
意志と根性で困難を乗り越えられるような、スーパーな人間じゃない。
落ち着いて、考えて、それでどうにかできる可能性があがる、くらいの人間だ。
落ち着け。
僕は深く深く呼吸をした。
ライトさんはなんと言っていたか。
たしか、入り口段階で能力の診断が行われるから、しばらく行ってから、戦いの部屋に到着する前に鍛えて、突破した、とかそういうことを言っていた。
でも僕にはその戦法はちょっと使えない。
時間がないし、鍛えたところで僕の伸び率は、たかが知れてる。
ドラゴンスーツの性能を超えるような攻撃力を得られないし、さっきみたいにグダグダの戦いになるだけだろう。
どうするんだ。
「……ダンジョンさん」
「なになに?」
「僕が入った時点で、僕を判定して、それでそっくりの相手をつくってるんだよね」
「うんうん」
「それ、厳密にはいつかな」
「入り口、入り口だよ」
「詳しく」
「だめだめ、ダンジョンの秘密だもん」
「決まってる場所があるの?」
「あるよ」
僕は脱出石を使った。
外に出てから、僕は杖で浮かんでドラゴンの炎で飛び出し、ギルドの前で転がった。
脱出石を買い込んで、転送の腕輪で第兆に飛んだ。
勝つためにじゃまなのは、ドラゴンスーツだ。
同時に必要なのもドラゴンスーツ。
まず、ダンジョンに入る前にドラゴンスーツを脱いで、ダンジョンの中に向かってドラゴンスーツを投げ込む。
それから入ってドラゴンスーツを広い、走って奥に向かう。
例の空間に入ると、奥から出てきた僕の偽者は、僕と同じようにドラゴンスーツを小脇に抱えていた。
僕は脱出席で外に出る。
そして今度は一歩入ってから、ドラゴンスーツを奥に投げて、拾って、走ってく。
また同じようにドラゴンスーツを抱えた僕の偽者が出た。
すぐ脱出石で出て、また少し前に出て、くり返す。
そうやって十回くらいくり返しただろうか。
入り口から十メートルくらい進んでやったパターンで、変化があった。
奥の部屋にはいると、僕はドラゴンスーツを抱えていたけれども、相手は手ぶらだったのだ。
「やった」
つまり、入り口から十メートルほど行った場所が、侵入者の判定位置だったのだ。
判定位置の時点で、僕はドラゴンスーツを奥に投げていて手ぶらだったことから、ダンジョンは、僕がドラゴンスーツを着ていないとみなした。だから出てきた偽者はドラゴンスーツを持っていなかった。
でも僕はすぐ拾った。だから、こっちだけドラゴンスーツを持っているという状況を作り出せたのだ。
差はとてつもなく大きい。
守備力が全然違うし、僕は火を吹けるのだ。
ボウッ、とちょっと火を出してみる。
「降参します」
相手の僕は言った。
『勝った方はこちらです』
双子ダンジョンさんに案内されて奥に向かう。
扉が開くと、祭壇のようなものがあった。
『そこに立ってください』
祭壇にあがる。
「……別になにも」
と言おうとしたときだった。
下から強風が吹き上げるように、体が浮かんだ気がした。
いや、浮かんでる。
「ちょ、あの!」
僕は吹き上げられた風に乗ってそのまま天井に叩きつけられる!
と思ったら、天井に空いた穴に入った。
穴の中を吹き上げられ、途中穴の中がうねって、曲がりくねって、風に押されてすぽっ、と飛び出した。
外だった。
気づけば、第兆ダンジョンの外にいた。
あの祭壇の上が、出口へと続く通路につながってた?
これでいいのか?
よくわからなかったが、とりあえず転送の腕輪で第一ダンジョンへ飛ぶ。
まだ壊れてない。
急いで入り口に飛びこんで、走って走って走る。
ソフィさんたちが見えてきた。




