04 僕の冒険者証
「おいおいお前、脱出石使ったのかよ」
声の方を見ると、ちょっと離れたところに、僕と同年代くらいの三人組がいた。
男子、男子、女子だ。
そのうちひとりは、さっきすれちがった、鎧を着たコスプレの彼だった。
いや、この世界的には、コスプレは僕の方か?
「第一ダンジョンで脱出石とかマジかよ」
鎧の彼が、バカにしたように言う。
「たしかにもったいないけどね」
槍を持った男子が言った。
とんがり帽子の女子は黙っている。
「もしかして初心者? 脱出石は、200ゴールドはするよ」
槍男子が言った。
「え、そんなに?」
たしか彼女が、宿屋に泊まるのが50ゴールドって言ってたから、つまり四泊分?
ホテルで普通に泊まるのが一泊5000円くらいだとすると、50ゴールドは5000円、と考えていいのかも。
もしかしてゴールドって、1ゴールドが100円くらいの感じなのかな。
1ゴールドは、1ドル?
ちょっとわかりやすいかも。
となると、脱出石は、日本円で2万円?
え、たっか……。
「つーかお前、まだ武器手ぶらじゃねーか。それで脱出石使ってよー、バカか?」
鎧の彼がポンポン言ってくる。
「あの。物が欲しければ、ダンジョンに入るしかないみたいだったから」
「その前に死ぬぞお前」
死なないんだけどね。
「君さ、冒険者ギルドは行った?」
槍男子は言う。
「冒険者ギルド?」
「うん。君、初心者だよね? だったら武器と防具の貸し出ししてもらえると思うよ」
「そんな都合のいい制度が……!」
なんてことだ。
異世界は初心者に優しいのか……!
「一緒に行く?」
槍男子は言った。
「え?」
「ぼくらもギルドに行こうと思ったところだったんだ」
「だりーなー」
「……カジル……!」
女の子が言う。
「っせーな。どうすんだよてめえ。行くのか? 行かねえのか?」
「一緒に行っていいなら、行きたいけど」
「んじゃ行くぞコラ」
「ありがとう、あ、ちょっと待って」
「ああ?」
「ちょっとだから」
僕は第一ダンジョン出口に向かった。
「あれ?」
入ろうと思ったけれども、見えない壁にさえぎられ、中には入れない。
「おーい。ええと、ダンジョンさん、いる?」
「はいはーい!」
壁から彼女が出てきた。
「あの、ちょっと冒険者ギルドっていうところに行ってこようと思って。その、いまそこで、同じくらいの歳の三人に誘われたから」
「なんだ、良かったね! じゃ、行ってきなよ!」
「ダンジョンさんも行く?」
「私はダンジョンから離れられないから」
「あ、そうか」
「うん。いろいろ学んで来てね!」
彼女は手を振って、壁の中に入っていった。
「なにやってんだ?」
鎧男子がやってくる。
「なんでもない。行こう」
歩きながら自己紹介をした。
乱暴な口調の男子はカジル。
冷静な槍男子はスランス。
とんがり帽子で無口な女子はミミと名乗った。
「僕はナリタカ」
「ナリタカ? 変な名前だな」
カジルが言うと、ミミが杖で軽く頭をたたいた。
「ってーな。なんだよ」
「……名前をバカにするの、よくない……」
「っせーな」
「で、ナリタカっつったか? お前よー、このへんのやつじゃねえよな? どっから来たんだ」
「えっと、それは……、あの……」
「なんだよ」
異世界、とか言ったらどうなるんだろう。
この世界における、異世界、の重さがわかんないからな……。
救世主様! わたくしたちの神様! とかあがめてくれるんなら楽だけど。
この邪教徒が! くたばれ! みたいになったらやばいし。
「なにか事情があるみたいだね」
スランスが言う。
「事情? んなもんねーだろ?」
「無理して言わなくてもいいよ」
スランスが笑う。
やるな、スランス。
察し力が高い。
とかやっているうちに。
「あれがギルドだよ」
スランスが入り口を手のひらで示した。
その建物は、他の建物よりもちょっと大きめだ。
近づいていくと、ドアは常に開いているようで、にぎやかな声が通りまで聞こえてくる。
「冒険者ギルドっていうのは、冒険者のサポート全般をしてくれるところだよ。食事もできるし、他には、戦闘訓練や、特殊依頼っていうのもあるね。あとは、冒険者が集まるから、情報交換もできるよ」
中に入っていく。
手前側には、テーブルや椅子がならんでいて、食事をしている人、昼間からビールらしいものを飲んでいる人などがいた。
一般人よりも体が大きかったり、目つきが鋭かったり、ただ者ではない雰囲気を持った人たちが多い。
奥には、郵便局の受付みたいなカウンターが四つある。
「まずあそこで冒険者申請してきたら?」
「じゃあ、行ってきます」
カウンターの対面には、女性がスタンバイしている。
こういうとき、元気で丁寧なおばさんが一番やりやすいんだけど。
美人しかいない。
しょうがない。
決心して、あいているカウンターに行った。
「あの、すいません」
「はい」
女性はにっこり笑う。
「ぼ、僕、冒険者の手続きをしたくて」
さっそくの緊張ですよ。
「では、まずこちらの書類にご記入をお願いします」
女性は紙を一枚と、ボールペンのようなペンをくれた。
項目の字は日本語だったので、問題なく読める。
「ここで書いていいんですか?」
「はい」
名前、住所……。
「あの」
「はい?」
「住所って……、ない場合とかは」
「空欄でもかまいませんよ。魔法石で個人の識別はできますので、極端な話をするなら、名前さえちゃんと書いていただければ。偽名やニックネームだと、魔法石に弾かれるかもしれないので、本名でお願いしますね」
「はい」
ボールペンのようなペンは、書き味もボールペンぽい。
中は見えないからわからないけど。
ボールペンだったりして。
でも結局、 職業、スキル、習得魔法など、意味のわからない項目ばかりあって、名前しか書けなかった。
「あの、これだけです……、すいません」
そうっと出した。
「はい」
リーナさんは受け取った紙を見て、うなずく。
「スキルや魔法を持っている場合は、事実か確認して、それに応じて冒険者レベルが高い状態から始められるのですが、空欄ですので確認はなしということでよろしいですね?」
「は、はい!」
リーナさんは、紙を畳んで、ハガキ大の金属板に押しつけた。
金属板が一瞬光る。
「これを持ってください」
と小さなガラス玉みたいなものをくれた。
持つと、一瞬光る。
「はい」
リーナさんは金属板の中央にガラス玉を押し込むと、金属板がまた光った。
「どうぞ」
角が丸くなっていて、金属板の中央には僕の筆跡で僕の名前が書いてある。
「これであなたは初心者冒険者と認められました。初心者用の武具の貸し出しサービスや、パーティー紹介サービスを利用できるようになりました。それと、宿屋無料チケット五回分クーポンを差し上げます」
と、クーポン券が五枚もらえた。
「え、そんなにもらっていいんですか?」
「はい。こちらを出まして、左手にしばらく歩きますと、ギルドと提携している武器屋があります。そちらでその冒険者証を見せると、貸出用の武具を借りられます」
「無料で?」
僕が言うと、リーナさんはちょっと笑った。
「はい。この町はダンジョンが名産ですから、冒険者のなり手は増やしていこうという方針ですので」
「ダンジョンが名産?」
そういえば、町の人がそんなこと言ってた。
「ごぞんじないですか?」
「はい、すいません」
リーナさんは微笑んだ。
「この町にはダンジョンが10あります。その中からは無限に道具が生成されるということもあって、重要な資源となっています」
「無限に? すごい」
「もちろん、難しいダンジョンには強いモンスターがいますから、そうかんたんにはいきませんよ?」
リーナさんがいたずらっぽく笑う。
「そして、ダンジョンをクリアすると、冒険者の資格が、初心者、初級、中級、上級、特級と変わっていきます。クリア後は申請されたほうが、多くの優遇が受けられるのでおすすめですよ。詳しくは、第一ダンジョンクリア後にお知らせします」
「わかりました」
「それと、これからの手続きは、わたくしリーナにお願いいただくと、スムーズに進められると思います。よろしくね?」
最後の笑顔だけ、ちょっと、なんていうか距離が近い笑顔で、その。
すごい良かった。
「わわわわかりました。ありがとうございました」
僕は頭を下げ、カウンターから離れた。