39 諦める気はない
「ダンジョンさん、ダンジョンさん!」
僕はその、指、と思われる部分を何度か触りながら呼びかけるが、それも動かなくなってしまった。
しょうがない。
僕は指と思われる部分をつかんで、ひっぱる。
力の入っていない指を引くと、手のひらとの境目くらいまではかんたんに出て、そこから重くなった。
「痛いかもしれないけどがまんして!」
力を入れると、ずず、ずず、と壁の中から手が出てきた。
今度は手首を持ってひっぱる。
腕が出てきて、ダンジョンさんの顔が現れた。
ダンジョンさんは、薄く目を開いて、力なく微笑んだ。
「ダンジョンさん!」
「ナリタカ……、来てくれたの……?」
「来たよ! ケガはどう?」
僕は残りの体も出てくるまでひっぱった。
服はあちこちが破れ、血がにじみ、青あざや切り傷などが痛々しい。
「ダンジョンさん……!」
「ナリタカに、もらったやつのおかげで、急所は守れたよ……」
そうだ、たしか攻撃を受けたら他の場所に移せる首かざりみたいなやつをあげた気がする。
だから、頭などにあたって即死、といった事態を避けられたのだろう。
でもケガの場所を移すのには限界がある。
間に合って良かった。
「ソフィさん、ポーションありますか!」
「……あるよ」
「どうも!」
ソフィさんにとっては、僕はなにもないところで、ダンジョンさん! とわめいて、バタバタしているヤバイやつだろう。
それでいい。
「ダンジョンさん、これ飲んで」
「ん……」
ポーションは、ダンジョンさんの口に入っていく。
が、はきだしてしまった。
「ゲホ、ゲホ」
「ダンジョンさん、ちゃんと飲んで」
「ゲホ……。うん」
だが、またはきだしてしまう。
効かないのか。
第百ダンジョンが傷ついたときはどうだったか。
たしか……。
傷ついたらまずいところに金属片が刺さって、それを抜いたら助かった。
なら。
僕はダンジョンを見上げた。
これを全部直せっていうのか……。
「ナリタカ……」
「ダンジョンさん」
「最後に会えて、よかった……」
「え? なに言ってるの?」
僕が言うと、ダンジョンさんは笑った。
「ありがとね」
「え?」
「私、ずっとひとりだったから、ナリタカに会えてすごくうれしかった」
「ダンジョンさん、なにを言ってるの?」
ちょっと、ちょっとまってくれ。
なんかその話聞きたくないぞ。
「短い時間だったのが残念だけどね」
「ダンジョンさん」
「こんなにボロボロになったのを見られるの、嫌だったけど」
「ダンジョンさん」
「ひとりで死ぬのかな、って思ってたけど、ナリタカが来てくれたから」
「ダンジョンさん!」
「パン、おいしかったよ。もっとおいしいもの、教えてほしかったな……」
「ダンジョンさん!」
「逃げて……」
「え?
「早く逃げて。私、もうすぐ潰れるから」
「潰れるって」
「早く行って。私、ナリタカのこと潰したりしたくない……」
「いや、ダンジョンさんは潰れないよ」
「行って!」
いや、いやいやいやいやいや、そんなはずない。
僕は顔を上げた。
「ソフィさん! このダンジョンを直すものってないんですか! アイテム! ギルドで! お金なら払いますから! 時間はかかって、いつか必ず! 僕は支払い能力がある男ですよ!」
ソフィさんは僕をじっと見た。
「残念だけど、そういうものはないね」
「なにかあるでしょう! じゃあポーション、もっとポーションください! 僕はね、ハイポーションだって作れるし、その上位のものだってきっと作れますよ。合成小袋があるんでね!」
ソフィさんは視線を外した。
「ポーションではダンジョンを直せないよ。あんた、ポーション飲ませてたみたいだけど、飲んでたかい?」
「それは、それは安物だったからですよ! 高級品に合成します!」
「あんたが言ってることが全部本当だとして。このダンジョンと話をしたりっていうことができるとしてだ」
ソフィさんは僕を見た。
「もう、そのダンジョンは潰れるって言ってるんだろう? だったら逃げた方がいい。……まあ、潰れる寸前にあんたを抱えて飛び出すくらいのことはできる。最後のお別れくらいは、好きなだけしな」
「…………」
なにを、なにを言ってるんだ。
僕はダンジョンさんがいたからこの世界に入り込むことができた。
ダンジョンさんがいなかったら、カジルたちとの接触もうまくいかなかっただろうし、どこか、カジルたちに依存する形になっただろう。
ダンジョンさんたちのおかげだ。
そしてこの、第一ダンジョンさんのおかげだ。
いなくなるなんて考えられない。
考えられないんだよ!
「くそ、なにか、なにか……」
「……女神の祝福でもあればね」
ソフィさんがぽつりと言った。
「女神の祝福?」
ソフィさんはまた黙る。
「それって……、あの、女神の雫があればつくれるものですか?」
「無理だね。ギルドには一個しかないだろう? いまから三個そろえるなんて」
僕はドラゴンスーツを脱いだ。
そしてホルスターのようになっているものの中を取り出す。
女神の雫が四つはいっていた。
「あんた……!」
「いけます」
僕は合成小袋に女神の雫を三つ入れ、すぐ取り出す。
宝石のようだった女神の雫が、野球ボールくらいのサイズの光る玉になっていた。
ほんのりとあたたかい。
「それを、ダンジョンさん、にあげてみな」
ソフィさんの言葉に従い、僕はダンジョンさんに手渡す。
ダンジョンさんは胸に抱くようにすると、光る玉は、ゆっくりダンジョンさんに吸い込まれていった。
「う」
強い光があって。
「ナリタカ」
「ダンジョンさん!」
ダンジョンさんの目に力がもどっていた。
「ありがとう。大事なアイテムだったんでしょ?」
「そんな、どうでもいいよ。ダンジョンさんのほうが大事だよ!」
「えへへ」
だけどダンジョンさんは起きあがらない。
「まだだよ」
ソフィさんが言った。
「え?」
「これで完全に直ったとは思わないことだね。見てごらん」
ダンジョンの中に目を向ける。
このあたりだけは修復されていたが、ちょっと離れると被害が大きいままだ。
「人間ならいまので治っただろうけどね。ダンジョン全部直すとなったらまだまだ足りないね」
「いくついりますか。取ってきます」
「第千から持ってくるのかい?」
「はい」
「いくつ見たのか知らないけどね。足りないだろうね」
「え? でも、ダンジョンさんの傷は、ある程度」
「応急処置にしかなってないよ。あと何時間かすれば、また壊れる。ダンジョンが壊れるっていうのは、ただごとじゃないんだ」
「そんな」
そっと手がにぎられた。
ダンジョンさんは、微笑んでうなずいていた。
僕は首を振る。
「じゃあ、第千ダンジョンでできるだけゆずってもらってきます」
「足りないよ」
「足りないか足りるかはソフィさんが決めることじゃないんで」
僕が言うと、ソフィさんはため息をついた。
「待ちな」
「なんですか」
「あんたが行くべきは第千ダンジョンじゃない」
「は?」
「第兆ダンジョンに行きな。あんたの探すものはそこにあるはずだ。あんたがもどってくるまでの間、ここで変なやつが来ないように見張っておいてやるよ」