38 壊れかけの第一
「時間差の魔法を使って第一ダンジョンを爆撃したと思われます。入り口から出口にかけて爆発が起きており、立ち去る人物を捕獲しました」
部屋に入ってきたギルドの人は、ソフィさんにそう説明した。
「網にかかったね」
「はい。ですが第一ダンジョンの損傷はかなりひどく、ただちに完全崩壊することも考えられます」
「新人がダンジョンを利用できなくなるのかもしれない、か。足を引っ張れればなんでもいいところまできたかね」
ソフィさんが言っているのは、第一をクリアしないと第十以降に手をつけられないという、例のルールについての話だろう。
だけど僕はそんなことはどうでもよかった。
「あの」
「なんだい」
二人は僕のことを見た。
「第一ダンジョンに行ってもいいですか」
僕が言うと、報告に来た人が首を振る。
「いま第一ダンジョンは崩落の危険が高く、立ち入りはやめたほうがいいでしょう。また、本当にあなたを狙っていた者たちが三人しかいなかったのか、他にも行動をともにしていた者たちがいなかったのか、そのあたりの確認もいりますし」
「……あの、なら、僕が死んでもいいなら、行ってもいいってことですね」
「は?」
「つまり、僕を守ってくれる人がついてこないでもいい、ということなら、行ってもいいんですよね」
二人が、意味がわからないという顔をしている。
僕もそう思う。
自分が考えてしゃべっているのではなく、直接、感覚がしゃべっているという感覚に近い。
感情が口をきいているようだった。
「なにを言ってるんです?」
「崩落の危険ってことは、まだ第一ダンジョンは壊れていないんですよね」
「ええ、ですが」
「なら行かないと」
「おまち」
走り出そうとした僕の首の後ろがソフィさんにつかまれた。
だが僕は離脱石を使っていた。
ソフィさんの手を離れ、僕はギルドの外に出る。
行っていいですか? という質問はまちがっていた。
行きます、というべきだった。
走りだす。
だが僕の足の速さではもどかしい。
もっと、もっと速く。
ドラゴンスーツを脱ぐべきかと思ったがもっといい方法を思いついた。
危険かどうかという判断基準が、すこし壊れていたかもしれない。
僕は杖で空に浮かんでいく。
そしてダンジョンと反対方向を向き、誰もいないところに向けて、ドラゴンの火を吹いた。
反動で、ボン! と飛び出す。
空中でゆるやかに回転しながら第一ダンジョンに接近していった。
第一ダンジョンがある岩山にぶつかりそうになったので、そちらに火を吹いて空中制御し、十メートルくらい下に落ちる。
地面につく寸前、杖で浮力を発生させたのでゆるやかな着地ができた。
こんなこと、二度やれと言われてもできないだろう。
僕は立ち上がった。
第一ダンジョンという看板は三つに割れて、入り口の上には大きくヒビが入っている。
出口の方もそれほど変わらない。
いまにも崩れそうだ。
とにかく入ってみるしかない。
「おまち」
また首の後ろをつかまれた。
「え?」
振り返ると、ソフィさんだった。
そんなばかな。
「ソフィさんも、分裂できるんですか」
「走ってきたんだよ」
「そんな」
「出し抜いたつもりだったかい?」
ソフィさんはにやりとする。
もう一回離脱石を使ったらギルドにもどるだけだろう。
「手を離してください!」
ソフィさんの腕をつかんで、思い切り引っ張ってみたけどびくともしない。
信じられない。
岩のようだ。
「中に入るんだろう」
「そうです」
「中になにがあるんだい」
「時間がないんです!」
「あんた、死にたいのかい?」
「いいえ!」
「説明くらいしてくれてもいいだろう?」
僕はスーツの中の、合成小袋を取り出した。
「これ、差し上げますから手を離してください! 早く!」
ソフィさんは、合成小袋を受け取った。
それから、僕の首元からずっぽりと奥に入れてきた。
「ちょ」
「こんなもんくれなんて頼んだかい?」
ソフィさんがあきれたように言う。
「だって、前にこれを評価してくれたじゃないですか」
「誰がくれって言った?」
「手を離してくれたらなんでもあげますよ!」
ソフィさんは僕をじっと見る。
「ギルド長として、こんないまにも崩れそうなダンジョンに入らせるわけにはいかないね」
「じゃあ僕は冒険者をやめます。それならいいですか」
僕は冒険者証を出して、地面に置いた。
「この中になにがあるんだい」
「ダンジョンさんがいます!」
僕の言葉に、ソフィさんは眉間に深いしわをつくった。
「僕のスキルはダンジョンを擬人化してコミュニケーションをとることができる、というものです。なにもできない僕はダンジョンさんのおかげでこの世界のことを知ったんです、助けてくれたんです! だから僕は助けるんです! 意味わからないでしょう? でも、僕は言うべきことはいいましたよ! 話したんだから離してください! 早く!」
ソフィさんが手を離した。
どういうつもりなのか、僕をどう思ったのか。
いまはどうでもいい。
振り返らず走って中へ。
「ダンジョンさん! ダンジョンさん!」
声をかけながらダンジョン内を走る。
どこだ!
ダンジョンはあちこちの壁に深いヒビが入り、すでに崩れている場所も多かった。
黒ずんで、爆発を起こしたであろう場所もたくさんあった。
「ダンジョンさん!」
そのまま、出口にたどりついてしまった。
「はあ、はあ、はあ」
なら、他の道だ。
入り直せば分岐する。
僕は走ってそのまま入り口にもどり、中に入った。
「ダンジョンさん! ダンジョンさん!」
走って走って。
走って……。
ふと気づいて立ち止まる。
敵が出ない。
宝箱も出ない。
それに、道順がさっき通ったのとまったく同じだ。
ダンジョンがただの通路になってしまっている。
こんなことが前にあった。
そうだ、第百ダンジョンで……。
ダンジョンさんが大ケガをして、ダンジョンとしての機能を失っていた。
「このダンジョンは生きてない」
背後から声がした。
ソフィさんだ。
「ただの通路だ。出るよ」
ソフィさんが腕に手を伸ばしてくるが、その手を払う。
「そんなことありません、ダンジョンさんがいるはずです
「ナリタカ君……
「ダンジョンさん、ダンジョンさん!」
声がダンジョン内に響いた。
まさか……、そんな……。
「そんなに気に入ってもらって、第一ダンジョンもうれしいだろうよ」
ソフィさんが言う。
そういう話ではない。
「やつらも、うまくやったもんだ。こうしてあんたの心に傷を与えたわけだから。でもあんたはこうしてちゃんと生きてる。なあ」
ソフィさんの言葉は完全に的を外している。
そんな話じゃない。
「ダンジョンさん! ダンジョンさん! ダンジョンさん!!」
なんとか声をかけ続けて……。
……いや待てよ。
ちがう。
第百ダンジョンさんのときはどうだった?
ケガをして、苦しんでいた。
返事もできないほどひどい状態なら?
声をかければいいってもんじゃないんじゃないか?
「ダンジョンさん!」
声をかけ、耳をすませる。
「ダンジョンさん!」
声をかけ、耳をすませる。
「ナリタカ君……」
「ちょっと黙ってください」
僕はそれをくり返した。
諦めることなんていつでもできる。
僕がいまやるべきは……。
「ん?」
振り返る。
壁の、床に近いところ。
そこからなにか出ている。
肌色で、丸みのある、粒のような。
近づいてしゃがみ、さわってみる。
ぴくん、と動いた。
これ……。
ダンジョンさんの指先か!




