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36 ド初心者なので

 ダンジョンをならんで歩くことになった。


 ダンジョンさんが腕を組んでくる。

 この子があと十年後だったら緊張するだろうけど、いまなら知らない親戚の子を任されているくらいにしか思えない。


 いや、ダンジョンさんの場合は十年たってもこのままかもしれないけど。


「そちらはモンスターが出ますよ」

 ダンジョンさんに腕を引かれて右に寄る。

「どうも」

「いいのよ」

 つん、とすました顔で言う。

 なにキャラだろう。


 なにもない通路をただただ歩く。


「今日は静かですわね」

「そうだね」

「……」

「……」

「もっと楽しい話をしてくださらない?」

「あ、ごめん」

「……」

「今日は、外はいい天気だったよ」

「わたくしは外には出られないのよ」

「あ、そうか……」

「……」

「……ええと」

「もうちょっとどうにかしてくださらない?」


 ダンジョンさんは組んだ腕をほどいて、僕をじっと見る。


「あなた、わたくしのことが嫌いなの?」

「いえ、そんなことないです」

「ならどうして女性のエスコートをしてくれないのかしら」

「したことないからです……」

「え?」

「エスコート、したことないからです」

「……」

「……」

 なんで女子小学生にそんな、かわいそうな目で見られなければならないんだ……。

 ひざから崩れ落ちそうだ。


「……なんだかごめんなさい」

「……いえ」



 僕が床に座ると、ダンジョンさんがとなりにしゃがんでくれた。

 肩をぽんぽん。



「わたくし、人間はみんな、男と女でいい関係になるのだと思っていたの。ごめんなさいね」

 とどめを刺された。


「……あの、ダンジョンで見ていて、そうなんですか?」

「そうね。男女二人になると、特別な雰囲気を持っている二人が多いわね」

「はあ……」

 絶望だ。


「あなた、名前は?」

「ナリタカです」

「ナリタカ。わたくしがさっき言ったこと覚えてる?」

「なんですか」

「人間は、限界をこえようと行動できるところが良い、とわたくしは思っているのです。そしてあなたに、ナリタカにチャンスをあげたのは、そういうところが見えるからなのです」

「はい」

「練習、してみるかしら」

「練習?」

「わたくしが覚えている人の例を、まねしてみましょう」


 そう言うと、ダンジョンさんは立ち上がった。

 杖を両手で持って、きっ、と緊迫した顔つきを僕に向ける。

「ライト、気をつけて。まだたくさん出るから!」

「……え?」

「わかっているよウィンディ、と気取った様子で言ってくれたらいいから。もう一回最初からいきますわ」

「あ、はい」

「ライト、気をつけて、まだたくさん出るから!」

「わかっているよウィンディ」


「近づいて、わたくしの手をにぎってください」

 僕はダンジョンさんに近づいて手をにぎった。

「……いま、そういう状況じゃないの」

 ダンジョンさんが言う。


 そんな感じで、ダンジョンさんプロデュースでできあがった。


「だったら、早くモンスターを倒してそういう状況にしないとね」

「もう、真剣にやって」

「ボクはいつでも真剣さ」


 っていうか、これ、ライトさんとウィンディさんの会話だよね。

 二人はそういう関係だったのか。


「えいっ、やあっ、えいっ、やあっ」

「えいやあ、えいやあ」

 戦闘シーンが雑に終わると、ダンジョンさんが僕にもたれてくる。


「だいじょうぶかい?」

 僕はダンジョンさんの肩を抱いた。

「変なところさわらないで!」

「変なとこってどこかな」

「そこ!」

 肩を抱いているだけです。

「いいじゃないか、せっかく二人きりなんだから」

 僕が言うと、ダンジョンさんは目をつぶって僕に身を任せる。



 僕がダンジョンさんをじっと見ていたら、目が開いた。

「続きは?」

「いや、こんなものでいいんじゃないかと」

「最後までしなさい」

「おおっとっと!?」


 最後まで、というのがどこまでを指しているのかわからないけど、それを小学生的外見のダンジョンさんに細かく質問すること自体、なんかとても問題がある気がする。

 モラル的に見逃せない問題を抱えている気がする。

 たとえダンジョンさんが何百歳とかだったとしても、なんか、この世界ではふつうだったとしても、僕の気持ちとして消えない引け目が刻まれそう。



「こうよ」

 ダンジョンさんが言うと、僕の正面で抱きつき、僕の手をダンジョンさんの背中にまわさせようとする。


「いや、でも最後って、いや、さすがにそこまでは」

「ぎゅっとしなさい」

「え?」

「ぎゅっとしなさい!」

「はい」


 ぎゅっ。



「……」

「……」

「……」

「……あの」

「どうかしら」

「え?」

「ちょっと、しあわせな気持ちになった?」

 ダンジョンさんが僕を見上げる。


「え?」

「あのとき、あの女の人、しあわせそうな顔してたから」

「はい、まあ、しあわせっていえばしあわせですけど」

「そう?」

「はい」

「良かった!」

 にこっと笑う。

 それが、いままでのしかめっ面がウソのようにぱっと晴れた顔で、ちょっと心が動いた。


 これがダンジョンさんの、最後まで、になっているようなので、ほっとした。

 


「でもまだいまいちね」

 一瞬で表情がもどった。

「あ、すいません」

「宝箱をあげるところまではいかないわ」

「あ、すいません」

「もうちょっと、その、感じが良くなったらね。いまは無理よ」

「はあ……」

 だめか。


「出口までなら連れていってあげてもいいけど」

「え、いいんですか?」

「宝物が欲しかったら、またわたくしをもてなさないとだめよ。もっとうまくやってくれないと」

「あ、はい。がんばります」

「がんばりなさい」


 僕はなんだかんだで出口まで連れていってもらえた。


 でも、また宝箱なしか。


 どうせ宝箱をもらえないなら、第百、第千あたりでリアルに収入を得る生活のほうがいいかな。

 この先もどんどん難しくなりそうだし。


 でも強冒険者たちに見守られているこの状況で、手前のダンジョンでせこせこ稼いでいるのを見られたらなんか、あいつ先に行けるくせに安全なところで稼いでるばっかりじゃね? みたいな陰口をたたかれそうな気もする。

 そして、あんなやつ守らなくても良くない? 的な評判が広がりそうな気もする。

 それはちょっと困る。

 やっぱり、せいいっぱいやって、それでこの程度です、という感じをどんどん出していかないとな、うん。



 というわけで冒険者証が光ってクリアの証明が刻まれ、僕はダンジョンを出た。


 ライトさんがやってくる。


「どうかしたかい?」

 ラブを展開させる方法をききたいけど、どうやってきいたらいいのかもわからない。

 本当に好きな相手じゃなくて、ダンジョンさんを満足させるために、っていうのもなんかイケメンぶったナンパ男っぽいしな。

 それにライトさんとウィンディさんのことを知ってしまったのも気まずい。

「いえ、別に」

 

「そう。なら、さようなら」

 そう言ってライトさんは僕のフードを外し、剣を僕のノドに突き刺した。


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