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28 いきなりドラゴン

「え? 届けてもらえるの?」



 武器屋の一時移転はギルドを通して冒険者に知らされていた。

 入り口に張り紙をさせてもらっていたし、カウンターの女性たちにもひとこと言ってもらうようにもなっていた。

 そもそも、武器屋の火事の一件は目立つことでもあったので、知っている人は多かったけれども。


 そしてその中で、商品を届けてもらいたいという女性客がいた。


「ちょっと重いのよね」


 聞けば、夫の使っている武器を買いに来たというのだが、持ち帰るのが地味に苦痛らしい。

 商品は安価で、かんたんなダンジョンでの練習用に持っているショートソードを二本、ダンジョンに行っている間に買っておいてほしいと言われたそうなのだ。

「あいつか」

 おじさんは言った。

「知ってるんですか?」

「二刀流のやつだ。……まあ、もどってきたら本人に取りにこさせてくれれば」


「なら、お運びしますよ」

 スランスは言った。


「悪いわね」

「いえいえ」


 スランスはさっ、と運んでもどってきた。

「悪いな兄ちゃん」

「宿屋で借りているお金もあることですし、かまいませんよ」

「いやそうはいかねえ。この働きの分の給料は出すぞ。大したもんは払えねえが」

「そんな」

「うちはな、借金の圧力で仕事押し付けるようなまねはしねえぞ。個人でやってた武器屋だったからな。大口の注文で運ぶことはあっても、いちいち店を閉めるわけにもいかねえ。助かるぜ」



 また、女性の護身用の武器として、小型の武器を紹介することもできた。

 相手は通りがかりの女性や、リリさんの知り合いたちだ。


「あら、案外小さいのね」

「ほんと」

 宿屋のリリさんがお客さんと話をしていた流れで、武器屋にも連れてきてくれたのだ。

 手のひらくらいの刀身のハンドソードは見た目で高評価だったが、意外なものが買われていた。

 僕が最初にレンタルした、折りたたみ式の槍だ。


 戦闘に使えるだけあって、すぐ長くセットできるし、見た目よりは軽い。

 それでいて、相手から距離は取れる。

 家に置いておいて、防犯にちょうどいい、という考えのようだ。

 もちろんガチ冒険者の強盗には無理だとしても、ちょっとした泥棒や、夫婦間のいざこざくらいにはちょうどいいという。

 ……夫婦間のいざこざにはやめてあげてほしい。



「家に一本、折りたたみ槍、いかがです?」


 ともかく、意外な売れ行きを見せていた。


「いらっしゃいませー」

「おい、ボウズも本業やってこいよ」

 いつの間に作ったのか、おじさんは、くさりかたびらをベースにしたウエストポーチを僕に差し出す。


「いくらですか」

「バカ野郎、とっておけ」

「でもさっき、やってくれたことに対して対価を払うのが当たり前だって」

「男が細けえことうるせえんだよ!」

 論理のかけらもないことを言う。


「じゃあ、いったん受け取ります」

「それ以上グダグダ言うと、頭かち割るぞ」

 おじさんの右手に光るロングソード。

「やめてくださいよ!」

「本気で言うな。冗談に決まってるだろうが」

 似合いすぎてて、冗談とか本気とかそういう問題じゃなかった。


「じゃ、行ってきますので」

「おう」


 カジルたちがこっちを見る。

「ナリタカ、行くのか?」

「気をつけて」

「……これ、あげる……」

「ありがとう」

 僕はミミに脱出石をもらい、第億ダンジョンに行くことにした。



 転送の腕輪をいつでも使えるようにしつつ、僕は林を歩いていった。

 まだ黒いやつらは、二人、捕まっていない人が残っている。


 そして視界がひらけた。

「やあ」

 入り口近くには、白い歯キラリのライトさん。

「どうも」

「行くのかい?」

「はい」


 第億ダンジョン、という看板の横にある入り口は、鍾乳洞ベースの形とはまた変わっている。

 ゴツゴツと、角ばった感じの岩っぽい。

「脱出石はちゃんと持ったかな?」

「はい」

「いつでも使えるようにしておいたほうがいいよ」

「そうしてますけど」

「ここは特に」


 ライトさんが、ちょっとまじめな目つきになった。

 

「……わかりました」

「がんばってねー」

 手を振る。

 

 僕は中に入った。


 岩っぽい壁、天井と、平らな床。

「あのー、ダンジョンさん? いらっしゃいますかー」


 反応をうかがう。

「あのー」

「あたしのこと、呼んだー?」

 気だるそうな声が聞こえた。

 どこだ?


「うわ!」


 思ったら、天井だった。

 天井に張り付いているというか。

 重力が逆転して、リラックスして寝そべってるみたいというか。


 いや、ヨガやってるっぽい?

 休日のOLっぽい外見だ。


「あの、ヨガですか?」

「あら、知ってるの?」

 年齢的には二十代くらいだろうか。

「よくは知らないですけど」

「ヨガはいいのよー。ヨガは」

 天井に張り付きながら、こう、座ってる状態から、曲げた右ひざを前に出して、左足は後ろに出して、つま先を背中の方に持ってくる感じで、手はなんか頭の後ろで組む感じの、えーと……。


「鳩のポーズだ!」

「あたり!」

 ダンジョンさんが僕をびしっ、と指した。


「あなたやるじゃない。どうしてわかったの?」

 祝日の昼間にショッピングモールのテレビでやっていた、ナニナンデスだかで見た知識が残っていたようだ。


 でもそもそもどうしてダンジョンさんが知ってるのかという。


「古文書で見たのよ」

「古文書……」

 ヨガっていつからあるものなんだろう。

 というか、どういう時代なんだろう、ここ。


「で、ヨガボーイ、あなたはなにしに来たのかしら?」

 とダンジョンさんは髪をかきあげる。

 めんどくさいテンションの人だ。


 さっさとクリアして帰ろう。


「あの、できれば、ダンジョンの中にある、モンスター出現ポイントとか、宝箱出現ポイント、みたいなものを教えてもらえるとうれしいんですけど」

「オーケーヨガボーイ。プリーズテルミー。教えましょう」

「やった!」

 プリーズテルミー?


「でも、わたしが教えられるのは、宝箱の出現ポイントだけよ」

「え、困ります」

「困らないわよ」

「モンスター出現ポイントが一番知りたいんですけど」

「ここ、モンスター出現ポイントなんてないんだから」

「ない?」

「ここはそんなものないの。それがそう、第億ダンジョン!」


 ババーン!

 という効果音でも鳴りそうなポーズをとったダンジョンさん。

 どういうテンションなのか把握できません。


 なにはともあれ、モンスターが出ないのはいいことだ。


 とすると、謎解きでもするタイプのダンジョンなんだろうか。



 と思って、天井を歩くダンジョンさんと一緒に進む。

 引き返し可能な道を終え、角を曲がると。


「おわ!」

 広い。

 ものすごく広い。


 廊下くらいの広さだった入り口からの道が、角を曲がるといきなり体育館くらいの広いスペースが広がった。


 そしてそこには。

「ド、ドラゴン……?」


 赤い目、鋭い牙、大きな爪、鱗のような肌、とか細かいことを全部ふっ飛ばして、でかい!

 シャベルカーが、はいつくばってるみたいなサイズ。


「グオオオオ……」

「来いって言ってるわよ」

 ドラゴンが口を開く。

 口の奥でなにか光った。

 出そう。

 なんか出そう!


「あ、ちょっと、いったんすいません」

 僕は脱出石を使った。


 光りに包まれ外に出る。



「どうだった?」

 ライトさんが言う。

「どうもこうもないですよ」


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