24 急襲
第万ダンジョンを出ると、すぐ前に白い人がいた。
「うわっ」
僕がさがると、白い人は苦笑いをうかべた。
「ボクは、うっとりされることはあっても、そんな態度をされることはないんだけどな」
「あの、入り口にいるのかと」
と思って入り口の方を見ると、白い人がいる!
「え? え?」
なにこれ怖い話?
「ああ、ボクは分裂できるんだ」
「はい?」
「スキルだよスキル。だから、第百から、千、万、億、兆、京、垓、杼、と全部の入り口と出口を、ボクが警備しているよ」
「そんなバカな」
「ほら」
と白い人は目の前で分裂して見せた。
すぐもどったが、たしかに二人になった。
なんというスキル……!
だからウィンディさんは、うちのパーティーが冒険できなくなるとか言ってたのか。
他の、監視をする人たちも同じじゃないかと思ったけど、全然そうじゃなかった。
「分裂って、それはその、どうなってるんですか?」
「みんなボクさ。本物だよ。だからかわいい子猫ちゃんたちをさびしがらせることはないのさ」
「はあ……」
一瞬気が遠くなった。
「あらためてですけど、そのスキル強すぎませんか」
五人になれば五倍、十人になれば十倍?
コンビネーションも考えるとそれ以上?
「増やせば最強じゃないですか!」
「君は素直だね」
「はい?」
「世の中、そんなに都合のいいことばかりじゃないよ」
「うん?」
どういうことだろう。
増やす数に限界があるのか?
デメリットがある?
白い人は、僕の手元を見る。
「それが今回の戦利品かな?」
ポケットが破れている、と思ったらなんとなく、魔法石や腕輪はそのまま持って出てきてしまった。
「いい腕輪じゃないか。鉄壁か」
「鉄壁?」
「つけてから、戦闘が楽にならなかったかい?」
「いえ別に」
「ふうん? 君は、戦闘をしないで切り抜けるタイプなのかな」
ん?
戦闘をしない?
入り口で話したときは、ダンジョン探索能力を持っているとか言ってきて、僕の反応を見てたような。
そうか、本当に分裂してるんだ。
だから入り口の白い人が持っていた記憶と、出口の白い人が持っている記憶がちがう。
記憶は、統合されるときに集まるんだろうか。
「この腕輪はどういうものなんですか」
「鎧を着ていなくても、鎧を着ているみたいな防御力が得られるんだ。つまりね」
白い人は、僕にデコピンをした。
すると、カキン! という音がした。
デコピンの力は感じたけれども、指で打たれたんじゃなくて、押されたみたいな力の加わり方。
「鋭く衝撃を与えられたとき、攻撃と判断して、腕輪が体の周囲に薄い鉄壁を発生させて、守ってくれるんだ」
「へえ、便利ですね」
でも、白い人は鎧を着ている。
「この腕輪は持ってないんですか」
「いや、持ってるよ」
「だったらどうして」
「鋭い力、早い力には強いんだけどね。ゆっくりした力には効果がない。たとえば、剣をゆっくり押しつけたらふつうに刺さるよ」
なんだそのシチュエーション。
やるならひとおもいにやってほしい。
「こっちの魔法石はなんですか?」
「それはペンに使う石だね」
「ペン?」
聞けば、これを使って、あのボールペンみたいなものの、インクが作られるらしい。
「いちいちインクをつけなくても使える便利なあのペンの材料だ」
僕が欲しいという気持ちがダンジョンに伝わったんだろうか。
「その大きさなら、千本は作れるんじゃないかな」
「そんなに!」
「ふつうはもっと、粒みたいな形で見つかるんだけどね。君のハンターとしての才能を感じるよ」
「書き放題じゃないですか」
バカみたいな感想を言ってしまった。
すると、白い人は、くっくっく、と笑い始めた。
「笑わなくても良くないですか?」
「いや、君は本当に素直だよね。君みたいな相手は、無理やり奪おうとするんじゃなくて、相談したら、高価なものがもらえるんじゃないかと思えるよ」
「なんの話です?」
「そんなふうに、戦利品を平気で見せるっていうのは、危ないことだっていう話だよ。ボクは手を出さないけど、冒険者っていうのはいろいろなやつがいるからね」
「あ、はい、気をつけます」
僕はごそごそとしまった。
「その服、ポケットの数、すくないのかい?」
「ちょっとやぶれてまして」
「早く買ったほうがいいね」
「はい。武器屋で作ってもらった道具入れは頑丈でいいんですけどね」
「へえ。だったら、武器屋で頼んだら?」
ということで武器屋に行った。
「すいません」
「おお、どうした」
「あの、この前、小物入れを頼んだじゃないですか」
「おお」
「それの延長というか、ウエストポーチって作れます?」
「ウエストポーチ?」
僕はおおよその形を説明した。
「そのままじゃなくてもいいんですけど、スマートに、がっちり、腰に入れておけるようなものがいいんです」
普段は上着で覆っておけるので、外にさらすこともないから安心だ。
「そうか……。じゃあこういうのはどうだ。なんか書くものがあるといいが」
「どうぞ」
おじさんに紙とペンをわたして、図で説明してもらいながら、僕はゴーサインを出した。
素材は鎖かたびらを転用してもらえることになった。
頑丈で、普段は上着の中なので透けてもセーフだし、なんなら布をかぶせてもいい。
「じゃ、これでお願いします! あの、お金はいま500ゴールドくらいはあるので、その範囲で」
さっき拾った分だ。
赤い床とかぶってる部分がなければ倍以上は拾えただろうけど。
「そんなにかかんねえよ。あとでまた来てくれ」
「はい!」
と返事をしたときだった。
バタン! と武器屋の入り口のドアがしまった。
「なんだ?」
おじさんがそちらを見にいく。
「ん、んん?」
おじさんがドアを開けようとするが、開かない。
「どうしたんですか」
「開かねえんだよ」
パチ、パチ、と音が聞こえてきた。
小枝が折れるような音……。
「おい、どうなってんだ!」
おじさんが見た先。
「うわ」
武器屋の奥から煙が流れてきていた。
いや奥だけじゃない。
あちこちからだ。
「燃えてる……?」
うっすらと火が見える。
「おい、くそ、どうなってんだ」
おじさんはあちこち走り回るが、ここも開かない、こっちもだ、と叫んでいる。
「くそ」
おじさんは壁にかかっていた斧を持ち、窓に叩きつけた。
しかし斧が弾かれてしまった。
「どうなってんだ……」
「おじさん」
僕はおじさんの手をつかみ、転送の腕輪を起動した。
光りに包まれ飛び立ったが、天井にぶつかって二人で落ちる。
「ぐあ」
「いってえ」
じゃあ脱出石。
起動しない。
そうだ、離脱石だ。
急いでつくって、おじさんをつかんで起動させた。
外に出る。
建物からも出られるという話通りだ。
「こいつは……」
武器屋が燃えていた。
炎が立ち上っている。
「おい、誰かこれ消してくれ!」
「人を呼んできます!」
僕は転送の腕輪でギルドに飛び、魔法使いを連れてもどった。
氷魔法で一気に炎が静まった。
煙が静かに上がっている。
燃えた範囲は、炎のインパクトからするとそれほどでもない。
だが黒くなった外壁は、見た者の心にダメージを与えてくる。
「誰がこんなことやりやがったんだ……!」
「こいつだね」
見ると、白い人がやってくるところだった。
魔法なのか、光っている鎖で黒いマントの男を拘束していた。
「この人……」
「ナリタカ君を襲おうとした連中のひとりじゃないかな?」




