22 サンドイッチと白と三つ編み
「冒険者狩り!? 物騒だね!」
第一ダンジョンさんに、昨日の話をすると、ぐぐっ、と前のめりになって聞いてくれた。
「冒険者狩りって、冒険者を襲って泥棒するやつでしょ? こわいよね!」
「知ってるの?」
「私の知ってるのは、パーティーを組んだと見せかけて、実は敵で、ダンジョンの中で殺して物を奪うっていうやり方なんだけどね。ほら、ダンジョンって毎回形が変わるし、死体も残らないし、かんたんにごまかせるんだよ!」
「こっわ!」
なにそれこわすぎでしょ。
「でも、第一ダンジョンだとスライムしかいないし、モンスターに殺されるっていうのに見せかけるのが難しいから、あんまりいないみたいだけどね」
「最近もあった……?」
自分が立っている場所が、血塗られた場所のように思えてきた。
ダンジョンさんは首を振る。
「最近はないよ! 冒険者の人が、ギルドがちゃんとしてきた、って言ってるのを聞いたくらいからは全然だよ!」
「へえ」
ギルド、がんばってるんだ。
「でも、離脱石で逃げられて良かったよね」
「ほんとにね」
「行き先がギルドじゃなかったら、危なかったね!」
「…………」
たしかに。
離脱石の行き先がどうしてギルドだったんだろう。
僕にとっての入り口みたいなものがギルド?
それとも、僕にとって安全な場所、という意識がある場所に飛ぶ?
「それでナリタカ、今日は、そのー……、ないの?」
ダンジョンさんは、もじもじしながら僕を上目づかいで見る。
「なに?」
「えっとー、丸くてー、ふわっとしてー、香ばしくてー」
「あ、パン?」
「パン!」
「ごめん忘れた」
「ううー……」
ダンジョンさんは床に手をついてうなだれた。
「そ、そんなに欲しかったの?」
「ううん……、いらない……」
100パーセント嘘だ。
そんなに楽しみにしていたのか。
「そんなに楽しみなら言ってよ。あとで持ってくるよ」
「いいよもう、私のことは忘れて……」
「じゃ、いつものパンじゃなくて、サンドイッチにする?」
「サンドイッチ?」
ダンジョンさんの耳がぴくりと動く。
「葉っぱと、肉と、なんかおいしいソースがかかってるパン」
「おいしそう……!」
顔を上げたダンジョンさんの目がキラキラしていた。
良かった。
「そうだ、ダンジョンの出口から、転送の腕輪、試してみるよ。それならすぐギルドに行けるから」
「えー、そんなに急がなくてもいいよー、ほんとに急がなくていいよー、ほんとにー!」
ダンジョンさんが僕をちらちら見ながら言う。
めんどくさかわいい。
「よーし!」
僕はダンジョンさんとダッシュでダンジョンの出口まで走った。
35ゴールドと脱出石を一個、ポーションを一個拾った。
そして出口から、すぐ転送の腕輪を使う。
「うおおお!」
バシューっ、と光に包まれ飛んだ僕はギルドでサンドイッチを買ってダッシュで第一ダンジョンにもどって、ぜいぜいと切れた息はポーション一気飲みで回復した。
「うわー、早かったねー!」
「どうぞ」
「うわー」
ダンジョンさんはぱくり。
「ふぁんどいっち、おいひー!」
もふもふ食べながらにこにこしている。
「……あーおいしかった! 人間の英知ってすごいねー!」
「え、うん」
英知?
「またこんなものが食べられたらすごくうれしいなー、って思うくらいおいしかったー!」
「いいよ。なにか持ってくるね」
「やったー」
ダンジョンさんはくるくる回転していた。
こんなに喜んでもらえると、他の料理も食べさせてみたくなる。
「それじゃ僕は、第万ダンジョンに行ってくるね」
「いってらっしゃーい!」
手を振って、僕は第一ダンジョンを出た。
なんか我が家感があっていいぞ。
出て、ふと思った。
転送の腕輪に、第万ダンジョンへ、と念じてみる。
しかし反応はない。
第千ダンジョンへ、でも同じだった。
希望のところへ行ける、とミミが言っていた気がするけど、それはその度に行き先を変えられる、というものではなく、設定が変えられる、というくらいの意味だったのかもしれない。
僕は、林の道を歩くときも、いつでもギルドにもどれるよう意識しながら、第万ダンジョンへと向かった。
そこは第千と近いだけあって、やはり入り口は鍾乳洞のようになっていた。
そして手前には……。
「ダンジョンに入るのかい?」
真っ白い鎧を着た男が立っていた。
さっきギルドにいた人だ。
ウィンディさんの仲間と思われる人。
「あ、はい」
「ボクの名前はライト・ホワイト・ナイト。よろしくね」
前髪かきあげて。
白い歯をキラリ。
美形ではあるけど、なんだろう。
ジャニーズの人をこってり、くどくしたみたいな感じだ。
そして名前が三択。
どれで呼べばいいんだ。
「どうも、僕は田中ナリタカといいます」
「君が例の子か。冒険者になって間もないのに、どんどんレアアイテムを見つけてるとか。ボクはスレイヤーだけど、尊敬するよ」
「いえ、そんな」
やっぱりスレイヤーか。
戦ったら二秒で死ぬんだろうな、僕。
「すばらしい。第万にもひとりで入るんだろう? 大変だと思うけどなあ、すごいね」
「あ、はい、危なくなったらすぐ逃げます」
「気負わないところがいいね」
白い歯がキラリ。
「特別に、僕がアドバイスをひとつ」
「え? あ、はい」
「このダンジョンは、君がやってきた方法ではクリアできないかもしれないから、充分気をつけたほうがいい。君のスキルはダンジョン探索系だろう? それもモンスター出現に関わるものだ」
「え?」
僕の反応に、白い人は笑う。
「その反応は良くない。スキルがダンジョン探索系だと認めているみたいだよ」
「いや、別に、そういうわけじゃないですけど?」
なにこの人。
そういうやつやめてほしい。
探りを入れて答えを導こうとする姿勢、良くないよ。
「そう? ならひとつ、教えておいてあげよう。ここまでのダンジョンはすべて、床に足をつかないようにするとモンスターが出現しないんだ」
「へ、へえー。そうなんですかー」
白い人は見透かしたように、僕の杖のあたりをみる。
思わず体をひねって隠すと、白い人は笑った。
「でもここではそれは通じない。クリアはできるんだけど、ボクには解明できなくてね。どういうことなのかわかったら、教えてもらえるかな?」
「あ、はい」
「じゃあね。がんばって」
白い人は、ピースサインの、人さし指と中指をくっつけた形をつくると、ぴっ、と横に動かして白い歯をキラリ。
この世界でもあのポーズは古いセンスなのか、最新なんだろうか。
いろいろと得体が知れない人だ。
僕は軽く頭を下げてから、第万ダンジョンに入った。
中は第千と似ている。
上にはつららのような石がいくつも、床にもそうだ。
よく歩く部分はでこぼこが比較的すくないのだが、真っ平らとはとてもいえない。
十メートルくらい進むと、岩に腰かけて本を読んでいる少女がいた。
メガネをかけて、三つ編みにしていて、なんかいかにも文学少女な感じだった。
「こんにちは」
僕が言うと、文学ダンジョンさんはちょっと顔をこちらに向けて、また本にもどった。
「……こんにちは」
ダンジョンさんはまたこっちを見る。
「こんにちは」
「っ……!」
僕が彼女に言っている、ということが伝わったのか、口をおさえて驚くと、壁の中に消えてしまった。
え?
「あ、あの、ダンジョンさん? ダンジョンさん」
僕はダンジョンさんが消えたあたりの壁をたたいたが、出てきてはくれなかった。