20 事情聴取
僕は、これまで入ったことがない部屋に案内された。
奥に机、手前にソファといった応接セットがあるような部屋だ。
「どうぞ」
と言われてソファの片側に座る。
リーナさんは向かいに座った。
「いま、なにが起きてるんですか」
「はい……。実は最近、冒険者狩り、と言われる行為がありまして」
「冒険者狩り」
「はい。名前の通り、冒険者を襲って、物品を奪うんです。ダンジョンに入るよりも、ダンジョンから出てきた人を襲ったほうが効率がいいですからね」
「ひどいですね」
「そうなんです!」
ドン、とリーナさんはテーブルを叩いた。
「あ、すいません」
リーナさんは手を引っ込めた。
「でも本当にひどいですよ。こんなことが続いていたら、誰もダンジョンに行きたくなくなっちゃうかも!」
「……、あの、僕が冒険者を始めるっていうとき、そんな話聞かなかったんですけど」
「あ、それは、ああいう人たちって初心者を襲うことはないんですよ。うっかりスレイヤーなんかに見つかったら取り締まり対象になりますので、持ってない人を襲っても損、ということですね」
「なるほど」
リスクとリターンのバランスが合わないわけか。
「でも、そうですね。ナリタカさんはすぐに第千をクリアしてしまうほどで、しかもひとりで行動していますから、注意すべきでした。申し訳ありません」
「いえ、そんな」
「それで、離脱石を使ったっていうのはどういうことなんだい?」
部屋の入口に、いつの間にか白い髪の女性が立っていた。
ソフィさんといったか。
さっき、出かけなかったか?
仕留めにに行くとか言ってたような。
「どういうことっていうのは?」
僕はよく意味がわからない。
「離脱石なんて、第兆でやっと出てくるようなレア物だけど。まだ第千までしかクリアしてないわな。どうなってるんだい?」
とソフィさんは言う。
第兆となると、第千、第万、第億、の次だ。
上級冒険者にしか行けないところ。
「えーと」
「あんた、自分の立場わかってんのかい?」
「立場?
「アタシらは、あんたを被害者だと思ってるみたいだし、その可能性は高い。でも、冒険者狩りの仲間割れっていう見方もできるわけだ」
「そんな! 僕は誰かと協力して冒険なんてしてません! ひとりでやってました!」
言っていて悲しくなることを大声で言わされている。
ひどい!
ソフィさんは僕をじっと見ながら近づいてくる。
モデルっぽいウィンディさんとはまた別の迫力がある。
「わたしも、ナリタカさんはそういうことをされる方ではないと思います」
リーナさんが加勢してくれる。
ほんとにリーナさんあってこその僕ですよ、はい。
「離脱石なんてものは、第千クリア程度の冒険者じゃ持てないんだ。ってことは、どっかから買うなりもらうなりしなきゃあならない。でも買うのは難しいだろう」
「お金はわりとある方だと思います」
「ナリタカさんは、いま女神の雫を預けています」
「ほう」
ソフィさんが感心したような声を出した。
「だがそもそも離脱石は数が出ないんだよ。つながりがあるところから流してもらうしかない。あんた、離脱石の入手経路は、どこからだい?」
「いや、それは……」
流してもらったわけじゃないし。
「とすると、言えないところから入手して、仲間割れをした、って考えるわけなんだわ」
ソフィさんは言う。
「僕は人を襲ったり、その手助けをしたりしてません」
「証拠は?」
「……その証拠を見せるために、僕の秘密に近いものをあなたに見せるんですか? それってなんか、不公平ですよね」
「不公平?」
「だって、僕の情報をあなたが入手できるじゃないですか。あなたにそんな権利あるんですか」
武力に欠ける僕にとって、情報が死活問題になる。
「ほう」
ソフィさんはおもしろそうに僕を見ていた。
「ナリタカさん」
リーナさんが言った。
「はい?」
「ソフィさんは、ギルド長です」
「……ギルド長?」
「はい。このギルドのトップです。ですので、信頼していただいてかまわないかと」
ギルドのトップ。
ソフィさんは口の片側だけ上げて笑う。
「まあ、悪事に手を染めたトップなんてのもめずらしい話じゃないだろうけどね。アタシらは、こういうことの取り締まりもしてんだ。それを信じちゃくれないかね」
「……わかりました」
わかったというより、諦めだ。
新しい場所を探すにしても、冒険者狩りなんていうやつらの仲間にされたら、新しい場所へも行けないだろう。ダンジョンさんたちと会話ができても意味がない。
「じゃあ、離脱石を作る方法を見せればいいんですね」
「作る?」
「脱出石を三つ用意してください」
ソフィさんはとまどいつつ、奥の机から出した脱出石を僕にわたした。
僕は合成小袋を取り出す。
「あんた、それは……!」
ソフィさんがなにか言おうとするが、僕は無視して、僕は脱出石を三つ、中に入れた。
それから、中に残っていた離脱石をソフィさんにわたす。
「これで満足ですか」
「あんた、それ、どこで」
ソフィさんはもはや離脱石など見ていなかった。
「これも没収ですか」
僕が合成小袋をわたそうとすると、ソフィさんは手で押し返した。
「いやいい。それなあんたのもんだ。それはそういうものだ。……いや、アタシも長く生きてるけど、こんなものをおがめるとはね……」
「……見たことないんですか?」
僕が言うと、ソフィさんは大きく首を振った。
「ないない。そんなの聖剣だとか、そういうものの仲間だよ。物を合成するんだよ? ふつうじゃないだろうよ」
そう言われればそうだけど。
でも僕にとってはこれも、魔法も、ダンジョンも、みんな特殊なので差がよくわからない。
「でも、どうせこれも冒険者狩りからとったとか言うんですよね」
「言わない言わない」
ソフィさんは大きく手を振った。
「そんなもん持ってたらケチな強盗なんかするかい。いくらでも金が生み出せるだろう。疑って悪かったね。このとおりだよ」
ソフィさんはうって変わって、深々と頭を下げた。
「いや、まあ、わかってくれたならいいんですけど」
「リーナ。あんたも、このことは誰にも言わないでおくれよ」
「は、はい!」
「じゃ、仕事にもどりな」
「はい!」
リーナさんはバタバタと出ていった。
「それとあんた。名前はなんて言ったかな」
「ナリタカです」
「ナリタカ、これを持っておいき」
ソフィさんは机から腕輪を持ってきた。
「これは?」
「転送の腕輪だよ。これをつけて念じれば、すぐギルドへ飛べる。他の魔法の干渉も受けないよ」
「え……?」
「変な呪いなんかかかってやしないよ!」
ソフィさんが笑う。
「いや、なんでこんな。貴重なものじゃ?」
「いちゃもんつけてなんにもなしってのは、性に合わなくてね。にしても、あんた変わってるね」
「なにがですか」
「金を稼いでやろう、っていう目にならなかったよ。それのすごさを教えてやったのに」
ソフィさんは合成小袋を指して言った。
「いや、思ってますよ」
「あんたが思ってるような小銭じゃないよ」
ソフィさんは笑う。
勝手に僕が思ってる額を小銭にしないでほしい。
「うなるような金だよ」
「はあ」
「はっはっは。おもしろい子だ」
「稼ぐつもりかもしれないじゃないですか」
「アタシは人生長い、目を見りゃわかるんだ」
「……長いって言っても十年くらいですよね」
「そんなに若く見てもらって、うれしいねえ」
「へ?」
「ま、今後の冒険者狩り対策については明日までに、ざっとまとめておくから、今日のところはギルドの部屋、貸してやるからそこで寝な」
「はい?」
「空いてる部屋があるんだよ。こっち来な」
僕はソフィさんに連れられて、なんだか快適な部屋に突っ込まれた。




