02 異世界ってどういうこと?
「私、第一ダンジョンだよ!」
僕が黙っていたら、彼女がもう一回言った。
「ダンジョンって、なに?」
「そこから!?」
彼女は大げさに驚く。
「え、すいません」
「ダンジョンっていうのは、冒険者の人たちが入って、モンスターを倒したり、宝を探したりする洞窟みたいなところだよ!」
「え、危ないやつ?」
彼女は軽く首を振った。
「第一ダンジョンはそんなに危険じゃないよ。中に入っても、たまにしか死なないもん」
死ぬのかよ!
「じゃあ私も質問! ナリタカは、なんでダンジョンと話ができるの?」
「ダンジョンって洞窟じゃないの?」
「洞窟だよ!」
「じゃあ君はダンジョンじゃないじゃん……」
「私はダンジョンなの! ほら!」
彼女が指をぱちんと鳴らす。
すると、ぼんやり光っていた天井の光が消えた。
「うわ!」
彼女はもう一度指を鳴らした。
また光った。
「わかった? 私は、ダンジョンなの!」
「なるほど……」
全然わかってなくても、なるほど、と言ってしまうこともあるんだな、としみじみ思った。
「そんなことより! ねえ、ねえねえねえねえ!」
彼女はぐいぐいぐいぐい近づいてきたので、僕は壁を背に。
彼女の顔面が十センチくらいまで迫った。
相手が人間でなくても恋する距離感である。
特に僕なら、それはもうかんたんなことである。
「なんでナリタカは私が見えるの? なんかそういうスキル持ってるのかな! ね、ナリタカの職業ってなに?」
さらにぐいぐい迫ってきて、kiなssが目前である。
「学生、かな」
「ちがうちがう、冒険者としての職業!」
「冒険者ってなに?」
彼女は僕から顔を離した。
ふう。
「ナリタカ、魔法とか見たことある?」
「あるわけないよ」
「じゃあ……、異世界から来たのかもしれないね!」
「異世界?」
「あのね? たまーーー……、に異世界から来る人がいるの! ニッポン、って聞いたことある?」
「そこにいたけど」
「やっぱり! じゃあナリタカは異世界人だよ!」
「ちょっとなに言ってるかわからない」
「あ」
僕はポケットを探る。
スマートフォンはなかった。
財布もない。
「大変だと思うけど、受け入れないとだよ?」
うんうん、と彼女はひとりでうなずいている。
「……」
「受け入れられないかー……」
彼女は腕組みをした。
「よし! じゃあさ。まず、この世界がどんな感じなのか、町でも見てきたら?」
「町?」
「ここが異世界ってこと、きっとわかると思う!」
たしかに、外に出ればいろいろはっきりするだろう。
ここが幕張メッセの特設コーナーだということがな!
「まだダンジョンの入口だから、すぐ出られるよ! でも、あの角曲がったら」
彼女は、さっきスライムが出てきた方を指して言った。
「脱出石を使うか、最後まで行かないと出られないから、気をつけてね!」
よくわからないけど、なんかの設定なんだろう。
「じゃあ、行ってみる」
「がんばってねー!」
彼女はダイナミックに手を振っていた。
五メートルくらい進んで左に曲がると、もう外が見えた。
外に出て振り返ると、岩肌をくり抜いたみたいな出入り口だった。
出入り口の横に、第一ダンジョン、という看板がある。
バリバリの日本語だ。
ほっとした。
やっぱり日本じゃないか。
幕張メッセではなかったけど。
出入り口からは、坂を下って草原を抜けた先、二百メートルくらい先に、もう町が見えていた。
テーマパークだとしたら、大掛かりだな。
町は、人がたくさんいる。
第一印象は、ヨーロッパっぽい街並み。
レンガ造り、石造りの建物がたくさんならんでいて、通りを人が行き交っていた。
気になったのはやっぱり、人だ。
鎧を着た人とか、杖を持って、とんがり帽子で、魔法使いです! って感じの人は見かける。
スーツ姿とか、ジーパンとか、Tシャツとか、そういう姿は全然見かけない。
入ったらコスプレをする決まりなんだろうか。
でも僕を注意する人はいない。
そのまま町を歩いてみる。
屋台みたいな形で野菜や果物を売っている人たちはいるし、武器や防具、あとはなんだかわからない道具を売っているお店もある。
聞こえてくる言葉は日本語だ。
文字も読める。
道路もコンクリートじゃなくて石畳。
手の込んだテーマパークだな。
「あの」
通行人に話しかけてみる。
主婦っぽい人。
「はい?」
「この町って、なんていう町ですか」
「ダンジョン町ですよ」
にっこり笑って答えてくれた。
「ダンジョン町?」
「本当はイエロータウンっていうんですけどね。特産品がダンジョンだから、そう言われてますねえ」
「はあ」
テーマパークの従業員に話しかけてしまったようだ。
「えっと、最寄り駅はどっちですか」
「え?」
「あの、テーマパークとして、中のイメージをしっかり守らなければならない面もあると思うんですけど、緊急時で」
「はあ……」
反応を待ったけれども、答えてくれる気はないようだった。
「あ、すいません」
他の人に話しかけることにした。
しかし。
他の人も、同じような対応だった。
駅、バス、と聞いても反応が悪すぎるし、ネットとか、スマホを見せてと言ってもだめだった。
まさか、全員が従業員ってことはないだろうし、僕をだますためだけにこれだけの施設をつくったとも思えない。
じゃあ?
異世界、という言葉が重くのしかかる。
そんなものがあるほうが、ありえない。
でもこれは?
通行人にぶつかった。
「あ、すいません」
「気いつけろ!」
男は舌打ちをして行ってしまった。
知らない町で、知らない人ばかり。
そして僕は、僕自身のことも知らない。
人はたくさんいるのに、水と油のように、僕だけが浮き上がってしまっているように感じられた。
僕は第一ダンジョンへと走り出していた。