17 女神の雫
僕はふわふわと、第千ダンジョンの床の上を進む。
ダンジョンさんはふつうに歩いてついてくる。
「あの、赤い床の中に、紫の部分、あるじゃないですか」
「んだな」
「あれ、赤と青が混ざった色ってことですか?」
「んだな」
「つまり、敵と戦わないと宝箱はとれないんですね?」
「んだな」
じゃあ第千ダンジョンはもう、用はないのか。
「な、こっちいこ」
ダンジョンさんが立ち止まって、壁をとんとん、と押した。
すると新しい道が開いた。
「なにこれ」
「隠し扉だ」
と言って入っていくので、僕もふわふわついていく。
天井が低くなっていて行きにくい。
というか、床の赤が消えていたので、おりて歩いた。
「うわあ」
細い道が急にひらけた。
そこは高い天井の空間だった。
体育館くらいの広さだろうか。
半球形のような場所で、下側には水がたまって池のようになっていた。
その中央に、スポットライトのように光が降り注いでいた。
そして、空間内に、非常に細かい粒が舞っていて、それがキラキラ光っていた。
「きれいですね……」
「だろ?」
ダンジョンさんは言った。
「ここ、男女二人でねえと、入れねえんだ」
「え? ダンジョンさんひとりじゃ入れないんですか?」
「んだ」
「なんでそんな構造に……」
「そういうの、ロマンチック、って話してた冒険者がいたんだ」
「ダンジョンさん、ロマンチストなんですね」
「なにいってるかー!」
バゴン、と背中をたたかれて倒れた。
「わ、だいじょぶか!」
「……は、はい」
だいじょうぶではないのでポーションを飲んだ。
あれ、ケガしたときは塗るんだっけ?
と思ったけどなんとなく回復したのでよしとする。
「ここでいつか、プロポーズ、ってのしてもらいたくてな」
「え」
もしかして遠回しに、僕にそう言えと言っている?
ダンジョンさん、お胸のサイズにばかり頭がいっていたけれども、顔も結構かわいい。
そして、リーナさんとはまたちがって、全力の笑顔もまた、裏表がないかんじでいいというか。
え、でも、そんな。
「おめえじゃねえぞ? もっとかっこいい男だ」
「あ、そうすか」
ダンジョンさんは、キラキラ光っている粒をひとつ、手に取った。
砂粒みたいな粒だったのが、だんだん大きくなって、ビー玉くらいの大きさになった。
それを僕にわたす。
「これをおくって結婚を頼むと、一生幸せになるって言われてるだ」
「へえ」
「やろうか」
「じゃ、ひとつ」
「もっといっぱいもってけ!」
と、五個くらいくれた。
「そんなに?」
この世界は一夫多妻制なのか、それとも僕のプロポーズは失敗すると判断されているのかわからないけど、はっきりさせるのもこわかったので、ぼんやりさせておく。
道をもどって、ダンジョン本線をふわふわ進む。
「かっこいい男がいたら、誘ってくれな」
「一応覚えておきます」
はたしてダンジョンさんのことを見ることができてかっこいい男というのは、この世界にいるのだろうか。
続く……!
というわけで、宝箱は拾えなかったけれども無事クリアして、ギルドにもどった。
このきれいなビー玉みたいなやつの価値だけきいておこうと思ったのだ。
「今日は忙しいですね!」
リーナさんが迎えてくれる。
「どうも」
「わ、第千ダンジョンもクリアされたんですか? すごい!」
リーナさんが大げさに言ってくれる。
「ガイコツ剣士、大変だったでしょう?」
「あ、はあ」
いや、そろそろ本当にすごいのか?
「えっと、今日はこれがなんなのかきいておきたくて」
僕はポケットから、あの粒を出してカウンターに置いた。
リーナさんはじっと見てから、首をかしげる。
そして急にバタバタすると、白い手袋をはめて、粒を手に取った。
「女神の雫じゃないですか……!」
リーナさんは、ささやくように言った。
「女神の雫?」
「はい! ああ、ああ……」
リーナさんの目がまんまるになって、五センチくらいまで顔を近づけている。
食べるんじゃないだろうか、という距離感だった。
「第千で出たんですか……? どうやってこれを……、あ、いまの質問は忘れてください……」
「はあ」
リーナさんの立場的に、きいちゃいけないんだろうか。
「すごい魔法効果とか、あるんですか?」
「一個10万ゴールドはします……」
「10万?」
ていうことは、日本円で1000万円!?
はあ!?
「じゃあ、これをもらったらプロポーズを受けるっていう話は……」
「こんなのもらったら、受けちゃいますよ……」
リーナさんはくねくねしながら、いろいろな角度で粒を見ている。
ある意味魔法効果だ。
「じゃあ、預けておいたほうが安心ですよね」
「そうですね! そうしましょうそうしましょう!」
リーナさんがすごい勢いでくる。
「いくらですか?」
「預かり料は、物の価値の百分の一なので、1000ゴールドです」
「え、うそ」
たっか!
「……じゃあ、自分で持ってます」
と言ったらリーナさんが立ち上がって、僕に頭突きするくらいの勢いで迫ってきた。
「預けたほうがいいです! もう、ギルド中にナリタカさんがこれを持っていることが知られてしまったいま、持ち歩くのは危険です! 預かり料は特別に後払いでもいいです! なんなら私が半分立て替えます! 担当ですので! 担当ですので! だから何度も毎日見てもいいですか!」
「はい……」
ギルドの人たちに僕がこの粒を持ってるのを知られたのはリーナさんのせいじゃないかとか、自分がこれを毎日見たいだけじゃないのかとか、言いたいことはいろいろあったけど、言えたのはそれだけだった。
あと、残り四つあると言い出したらリーナさんが倒れかねないので、そのままギルドを出た。
どうしようかな。
とりあえず武具屋に行って、魔法石入れ、という、ふかふかして厚みのある小袋を四つ買った。
これに入れておくしかなさそうだな。
それと、ついでに、最初にレンタルした槍を返した。
「いいのか?」
「はい。使う機会もなさそうなので」
「兄ちゃん、魔法使いだったのか?」
「えーと、これはアイテムとして使うだけなので、魔法は使えないんですけど」
「なんだそうか。じゃあ、杖持ち歩くの面倒だろ」
「ええ、まあ」
「持ちやすくしてやろうか」
「え?」
武器屋のおじさんが言うには、腰に、杖入れな部分を取り付けたベルトを、オーダーメイドでつくってくれるという。
武士が刀をさす位置だ。
「でも、お高いんでしょう?」
「30ゴールドでいいぞ」
「お願いします」
「あと、小袋買ったってことは、魔法石入れもほしいんじゃねえのか? こう、体に密着させる形のやつ、作ってやろうか」
おじさんが言ったのは、イメージで言うと、上着の内側から銃を出す感じで使うときのホルスターみたいなやつだった。
そこに石入れがあって、いざというときは手を入れ、そこから石を出して使う。
「脱出石とか、魔法石とか、いろいろ使えたほうがいいんだろ。作ってやるよ。合わせて50ゴールドでいいぞ」
「なんか安くないですか?」
ジャパネット方式か?
つい言ってしまったら、おじさんは笑っていた。
「そう思うならお得意さんになってくれ」




