14 三人が冒険をする理由
「宿屋の経営?」
「まあ、とにかく第百クリアの報告してこいよ」
とカジルが言うし、スランスも、そうしたほうがいいよ的な顔をしているので、僕は席を立ってカウンターへ向かった。
リーナさんがすでににこにこ笑顔で僕を待っている。
「リーナさん、こんにちは」
「よくいらっしゃいました。今日はどうされました?」
にっこり。
「ええと、これを」
僕は、冒険者証を提出した。
「もう第百をクリアされたんですね? すごいです!」
「あ、どうも」
毎度、わざとらしいくらいの驚きだけれども、アホな僕はそれでもうれしいのである。
美人でありながら、表情はむしろかわいさを強く感じるリーナさんの、オーバーリアクションを待っている状態なのである。
「第百をクリアした特典って、なにかあるんですか?」
「ございますよ」
リーナさんは、どこからか小冊子を出してきた。
「これは?」
「スキル表です。第百ダンジョンをクリアされた方には、中級冒険者記念として、この中からスキルをひとつ差し上げることになっているのです」
「え? じゃあ、勇者スキルで無双です、みたいなことですか?」
「はい?」
リーナさんが首をかしげた。
「なんでもないです」
「スキルといいましても、劇的なものではありませんよ。後天的なスキルの場合、よほど貴重なアイテムや、修行をした場合以外は、これまで持っていた能力を多少強化するものか、変わったものが多いですね」
「たとえばどんなものですか?」
見せてもらうとページには、なんか、炎魔法攻撃力上昇(小)、剣術攻撃力上昇(小)みたいなのがズラーっ、とならんでて、うわ! って思わず小冊子を閉じてしまった。
「どうしました?」
「あ、いえ」
なんていうか。
スキルが欲しい、っていう気持ちがどっかにいってしまった。
細かくない?
あらためて見直しても、そんなのばっかり。
「あの、(小)、ってどのくらいなんですか」
「もともと持っていた能力に比べて(小)ということなので、そうですね……。100あったら、5から10ほどだと思いますが」
「そうですか」
みんな、だったら氷魔法攻撃力上昇(小)がめっちゃ欲しい! ってなるの?
ほんとに?
雷魔法持続力上昇(小)とか言われても、わかんなくない?
それと僕の場合、多分どの能力値も10もないと思うんだけど、それで数パーセント上がったところで意味ある?
「これ、いま選ばないとまずいですか」
「いつでもかまいませんよ。すぐ選べって言われても、目移りしちゃいますよね」
「はい……」
目移りっていうか、目がすべるっていうか……。
いらない……。
めくっていくと、変なやつもあった。
料理スキル上昇(小)とか、恋愛スキル上昇(小)なんていうものまである。
5%恋愛がうまくなってどうするんだ……?
「ん?」
最後のページはすこし方向性がちがった。
回復魔法(中)(3)とか、炎魔法(中)(3)とか。
「これはなんですか」
「あ、こちらは魔法を使えない方でも、回数制限付きですが、魔法を使えるようになるスキルです」
「へえ」
見ていくと、空中浮遊(3)とか、呪い解除(1)なんていうのもあった。
「スキルっていうより、使い捨てアイテムみたいですね」
「はい。ここに掲載されているスキルは、アイテムによって得られるものがほとんどですので」
瀕死復活(3)なんていうのもあるけど、これは、第十ダンジョンさんにあげた腕輪の効果か。
「この冊子、借りられるんですか?」
「いえ、これはこの場だけです」
「じゃあ、また今度もらいます」
「はい。あと、レアアイテムの買い取りもお待ちしてます」
リーナさんのにっこりで締め。
僕はまわれ右をして、カジルたちのところへともどった。
「見てきたけど、あれが?」
「実はね。ミミのお姉さん、リリさんがやってる月の宿。かなり経営状態が良くないんだ」
ミミが口を開く。
「……わたしたちが、ハンターやスレイヤーになって、お金を稼いだり、有名になってお客さんを呼べば、繁盛するんじゃないかと思って……。カジルとスランスは、協力してくれてるの……」
「俺たちはやりたくてやってんだよ」
カジルが言う。
これまでは、第百で、脱出石を使いながら、宝箱を開け、ウォージャイアントが出たら逃げる、というやり方でも稼げなくはない。
でも安定性に欠けるし、宿屋の経営を一気に良くするほどの稼ぎにはならないという。
「そうなんだ……」
すごいな。
もう、友人というよりも親戚、いや家族みたいな感覚なのかもしれない。
「第百をクリアしたら、使い切りの強いスキルも選べるだろう? それを使って、ちょっとした稼ぎを得るつもりなんだ」
スランスは言った。
呪い解除で、呪われた人の呪いを解いてあげたり、変わったところでは、爆発魔法で、ものを壊すのを手伝ったり、ということも考えているらしい。
「宿屋経営で借りているお金をある程度返したい。だから協力してくれないか。クリアさせてくれるだけでいい。ナリタカのスキルに関しても、ぼくらは見ないし聞かない。どうだろう」
カジル、スランス、ミミが僕を見る。
「ええと、まあ、カジルに声をかけてもらって、こうしてうまく冒険者に入り込めたし、それをやること自体は、別にいいよ」
「本当かよ!」
カジルが、よっしゃー! の、よ、を言いかける。
「ちょっと待った!」
「……!?」
カジルがひょっとこみたいな口で止まった。
「経営の危機を逃れるために金を稼ぐのはいいと思うけどさ。それ、やったあとってどうなってるの? 今回の危機を乗り越えると、もうだいじょうぶなの?」
「そこは考えている」
スランスは言った。
「月の宿を利用してみてどうだった?」
「え? ああ、アットホームな……」
「具体的には?」
「料理は家庭料理っぽくて、ベッドもふつうで……」
「おい」
「カジル。お風呂はどうだった?」
「ああ、お湯がすぐ出て使いやすかったね」
「そのあたりを活かそうと思ってる」
「あの宿で使ってる魔法石はめずらしいもので、いまはあまり取引されてないんだ。使い勝手がとてもいい。ふつうの宿は、もっとお湯が出ることだけじゃなくて、水が出るのも時間がかかる」
「へえ」
異世界宿の全部が近代的なわけじゃないのか。
「だから、日中はお風呂だけを利用できるようにしたりもできたりとか。そうすれば、新しいお客さんの開拓もできると思うし。取引先の見直しもしていくつもりだよ。ギルドのパンみたいに、なにか名物もほしい。お金をかせずにできることは、なんでもやろうと思ってるんだ」
「へー」
やっぱりいろいろ考えてるんだ。
僕にはちょっとわからないけども。
「じゃあ、第百行こうか」
僕は席を立った。
「俺たちにスキルを見せていいのか?」
「いいよ。三人がいなかったら、僕はこんなにスムーズに冒険者としてやれてなかったと思うしね。三人なら、誰にも言わないだろうし」
「当たり前だろうが」
「じゃ、クリアしに行こうか」




