13 認定スレイヤーのスカウト
ギルドに入ってまわりを見ると、カジルたちがテーブルにいるのを見つけた。
近づいていくと、僕に気づいたカジルが手をあげる。
四人がけのテーブルに、カジルとミミが向かい合う形で座っている。
僕も席についた。
「スランスは?」
「カウンター」
カウンターでなにかやりとりをしていた。
「さっき第十行ってきたから、アイテムの換金してんだよ。お前はどこ行ってたんだよ」
「あ、僕も第十にも行った」
「アイテムは?」
「あ。拾うの忘れた」
「なに言ってんだお前」
カジルが、あきれたような、驚いたような顔で僕を見ている。
「そうだお前、第百どうすんだ? ひとりでやるわけじゃねえんだろ? さっき、第百の異常が直って元にもどった、ってギルドが発表したんだよ。もう行けるぜ」
「あ、えーと……」
「お前じゃお荷物だろうけどよ、今回だけ一緒に挑戦してやってもいいぜ」
「……カジル……」
ミミが、じとーっ、とした目で見ている。
「っせえな、わかったよ。……実はよ、俺たち第百のクリアに手こずっててよ。お前を入れて挑戦してもいいんじゃねえかって話になったんだよ。お前にとっても悪い話じゃねえだろ?」
「なるほど」
「なにが、なるほど、だよ。てめえだってその方がいいんじゃねえのかよ!」
「まさかギルドでこんなパンが売っていたとはね。いつから?」
急に近くで声がした。
顔を上げると、さっきの赤い女性が立っていた。
僕を見ながらパンを食べている。
「いつから?」
赤い女性がもう一回言う。
僕は首をかしげた。
「え? あ、十日前くらいだと思うっす!」
カジルが変なテンションで答える。
「なるほど。知らないわけだ」
赤い女性はもぐもぐ。
「おいしいですよね、そのパン」
僕が言うと、カジルがなぜか机の下で僕の足をけってくる。
カジルを見ると、細かく首を振っていた。
「それがあなたのパーティー?」
赤い女性は言った。
「僕はひとりでやってるので。二人と、もうひとりいるんですけど、友だちみたいな感じです」
僕が言うと、赤い女性はパンを食べるのをやめた。
「ひとりで? 魔法使い?」
「いいえ」
「槍も魔法も使えないで、第十はクリアできないでしょ」
赤い女性が不思議そうに言う。
「槍が使えないかどうか、まだ見てないですよね」
「そのセリフが使えない証拠」
「はい?」
赤い女性は一回黙った。
動きを止めて、僕を見ている。
「どう?」
赤い女性は言った
なにが、どう、なんだろう。
私の美しさに夢中になったか? とか、そういうことだろうか。
「まあ、美人だとは思いますけど、僕の趣味の方向性ではないというか……。いや、だめではないんですけどね」
「なに言ってるの?」
「……フェイントだよ。見えなかったのか」
カジルが小声で言った。
「フェイント?」
「うっすらとしか見えなかったけどよ。お前の首を斬りつけるふりをしたんだよ」
「あと、頭と目と鼻と口」
赤い女性は言う。
「そんなに?」
カジルが驚きを隠せない。
なに言ってるんだろう。
達人ごっこでもしてるんだろうか。
なにもしてないけど、たくさん切ったふりをして、俺は五回切ったぜ、俺は十回だ! みたいな。
全然動いてないのに。
え、全然動いてなかったよね?
動いてたの?
「で、なにか用ですか?」
僕が言うと、カジルにまた足をけられた。
なんなんだ。
「うん。わたしのパーティーに入る?」
赤い女性が言うと、カジルだけでなく、ギルド全体がざわついた。
正確には、ざわっ、となって、それから静かになった。
こちらに視線が集まっているわけではないけれども、注意が向いているのは僕でも感じる。
なんていうか、さっきから聞こえていたはずの音が聞こえないのだ。
食器の音とか、会話とか。
しん、としている。
会話を聞きもらすまいとしている感じだ。
「なんで僕を?」
「ふつう、さっきの動きを見せられたら、なにか反応するんだよね。でも君はまったく反応しなかった。完全に見切ってたんだとしたら誘っておきたいし、無反応なのに、単独で第百をクリアできる力を持ってるなら、やっぱり誘ってみたいよね。君、どうやって第百をクリアした?」
「……えーと、第百ダンジョンの外で会ったとき、宝箱しか出なかったって言いませんでしたっけ?」
「宝箱だけが出て、モンスターが出ないなんてありえないって。さっきギルドで確認してきた」
「たまたまじゃないですか」
「第百は、最後にかならず一回は、ウォージャイアントが出るの。まちがいなく。君、どうやってウォージャイアント倒したの?」
「えーと」
「すごいスキル持ちだよね? なに?」
「そんなの、言えるわけないじゃないですか」
割って入ってきたのは、誰かと思ったらスランスだった。
「君は?」
「ぼくは彼らとパーティーを組んでいる者です。こんなに注目されている中で、わざわざスキルを発表する人はいませんよ」
「そうかな。わたしは、自分のスキルが、溜め、だって言えるけど」
「それはウィンディさんだからでしょう」
溜め、ってなんだ?
「で、どう?」
赤い女性は言う。
「どう、といいますと」
「わたしのパーティーに入る?」
「あの、僕はパーティーを組む予定はないんですけど」
そう言うと、赤い女性は驚いた顔をした。
「断るの?」
「あ、はい」
「断ったらわたしのパーティー、入れないよ?」
「はい」
「え、わたしだよ?」
断ったら話が終わるかと思いきや、より、空気の緊張感が増した。
わたしだったらなんなんだろう。
美人はそんなに偉いんだろうか。
まあ、価値はあるだろうけど。
「びっくりしたあ。おもしろいね、君」
「そうですか」
初めて言われた。
「君、名前は?」
「ナリタカです」
「わたしはウィンディ。よろしくね」
「はい、よろしく」
「また来るね」
ウィンディさんは、にっ、と笑って、ギルドを出ていった。
ちなみに出て行く前にもう一個パンを買っていた。
「ふー!」
ウィンディさんが見えなくなると、カジルは大きく息をついて、背もたれに体をあずけた。
同時に、他の人たちも、それぞれの時間にもどったようで、ギルド内の雑音が大きくなった。
「どうかした?」
「なんでお前、フレイム・ウィンディと知り合いなんだよ!」
「フレイムウィンディ?」
「上級冒険者で、ギルドの認定スレイヤーだぞ!」
「スレイヤー?」
「知らねーのか!」
「スレイヤーっていうのは、特別なモンスターを倒した実績がある冒険者のことだよ」
スランスが言う。
「宝を持ち帰る人は、ハンター、って言われてるね。どちらも、上級の中でも限られた人しか名乗れないね」
「ハンター」
「ナリタカ君がなるとしたら、こっちかな」
スレイヤーになれる可能性はない、というだけな気がする。
「ウィンディさんに会ったのは、第百ダンジョンの前でだよ。なんか、まちがって入らないように見てるって言ってた」
そんなにすごいひとなら、なんで、冒険に注意をうながす、みたいな雑用をしてたんだろう。
「そうだお前、第百クリアしたとか言われてなかったか! 冒険者証見せろ!」
カジルが強引に僕に冒険者証を出させると、それを見て、うおー! と声を上げた。
「すげー! マジでクリアしてんじゃねえか! どうやったんだよナリタカ君! 教えてください!」
急に君付けになった。
僕はちょっと体を引く。
「カジルって、第百ダンジョンクリアにこだわってるよね」
「そりゃな」
カジルが、ちょっと複雑な顔をした。
スランスも、ミミも、似たような顔だった。
「宿屋の経営に関係あんだよ」




