10 重傷だった第百ダンジョンさん
わりと木の数が少ない林の中に通っている道を進んでいく。
第百ダンジョンの方へと歩いていく途中、だんだん通行人の数が減っていって、第百ダンジョンへの道に入ったときにはもう、ほとんど人はいなかった。
やっぱり第百ダンジョンがただの通路になってしまっているというのはみんな知っているのだろう。
昨日今日のことでも、ちゃんとギルドで情報収集してから出かけるということが徹底されているのだ。
やっぱり生活がかかってるから、そりゃちゃんとやるよね。
第百ダンジョン入り口、という看板の横にある入口。
さてと。
と入ろうとしたときだった。
「ちょっと君」
「はい?」
振り返ると、道を歩いてきたときは見えなかったが、木の陰に人が立っていた。
女性だ。
赤い、体にフィットした鎧を着て、赤い髪で、赤い剣を腰にさげていた。
目立つな。
「第百はいま入っても意味ないよ」
「あ、はい」
「……知ってて入ろうとしたわけ?」
「はい。次は第百ダンジョンなので、下見に」
「ふーん」
そう言うと、彼女は僕から視線を外した。
黙って腕組みをし、木にもたれた。
「あの」
「なに?」
こっちを見る。
「なにをしてるんですか?」
「知らないで入る人がいないように見張ってんだけど」
「入っても平気なんですよね」
彼女はため息をついた。
「あのね。入ったらなにも出ない! とかギルドにクレームみたいなこと言ってくるやつがいるわけ。だから監視してるだけ」
「親切なんですね」
「金、もらってるから。仕事」
「そうなんですね。じゃ」
僕は第百ダンジョンに入った。
広さなどは、第十に近いけれども、それほど変わりはない。
「あのー? 誰かいますかー?」
声をかけながら進んでいく。
壁からにゅっ、と出てくる人影がいるんじゃないかと見まわしながら歩くけれども、どこにもいない。
もうここはダンジョンではなくなった、ということなんだろうか……。
そして聞いていたとおり、モンスターも宝箱も出てこない。
このまま外に出そうだな。
そう思いながら歩いていたときだった。
「いたいよー……」
「ん?」
通り過ぎたところから、なにか声が聞こえたような気がした。
立ち止まって耳をすます。
……あれ?
気のせいか。
「いたい」
また聞こえた。
「痛いってなにが?」
言ってみる。
しん、としていた。
「痛いんだよね?」
「……はい」
「おっ」
返事だ。
「どこ?」
「ここですー」
「えーと」
前の角までもどっていく。
「手を振ったりできます?」
「はいー」
壁の中から手が出て、小さく振っているのが見えた。
「あ、ここですね」
「あなた、見えるんですね」
「はい。理由はわからないですけど。それで、痛いっていうのは?」
「これですー」
ぴょこん、と顔が出た!
「うお!」
思わずあとずさり。
顔を出した黒髪女性の、目と目の間になにか刺さっていた。
「どうもー」
「どうもって、これ、大丈夫なんですか!」
ざっくりと、完全になにか、金属片みたいなものが刺さってる。
ついでにいうなら、彼女は前傾姿勢で、黒髪が顔を覆う感じで垂れ下がっていて、髪の間からこっちをぎょろりと見てくる目がこわい。
金属片がなくてもホラーな感じ。
貞子感満載。
「痛いですー」
口調は軽いけど視線が重い。
「えっと……、あなたは、第百ダンジョンさんなんですよね」
「はいー」
「死んじゃったり、とかあるんですかね?」
「あれ取ってくれればたぶん治りますー」
彼女は上を指した。
壁と天井の境目あたり、目をこらすと見える。
なにかが光っている。
近づいて見てみる。
天井の高さは二メートル以上はあって、間近で、はっきりは見えないけど、多分金属だ。
「剣……?」
剣の断面じゃないだろうか。
つまり、剣の先のほうが折れて刺さっているように見える。
「たぶんそうですー。戦ってて、折れたのが刺さったか、振り上げて刺さっちゃったかですー」
「あれを抜くんですか?」
「はいー。ちょっとだけずれててくれればよかったんだんですけど、ぴったり当たっちゃいましたー」
彼女は自分の目と目の間に刺さっているものを指した。
よくわからないけど、あれがこのダンジョンの要所なんだろう。
そのせいでダンジョンとしての機能が失われてしまったというか。
たまたま、不幸な偶然が重なった、というやつか。
「足場があれば届くと思いますけど。宝箱とか出せないですか?」
「無理ですし、頭がかなり悪いので、宝箱が出る床の色を見せることも無理ですー」
頭がかなり悪いって誤解を招くぞ。
「ちょっと外に出て、なにか持ってきますね」
「よろしくですー」
「ダンジョンの形は変わらないんですよね?」
「はいー。でもあんまり長く待ってると、わたしの命の危険が危ないかもですー」
「急ぎます!」
僕は軽く走ってダンジョンを抜けた。
「はあ、はあ」
三十分くらいかかっただろう。
体力のなさでは定評がある僕、たまに歩いてしまった。
やっぱりこれまでのダンジョンよりも長くなってる。
「はあ、はあ、はあ」
外に出ると、さっきの女性が木の陰にいるのが見えた。
僕は彼女のほうへ歩いていった。
途中で僕に気づいて、じっと見てくる。
「はあ、はあ、あの、ちょっと、すいません」
「なに?」
「アイテムで、疲れなくなる薬、とかってあるんですかね」
言いながら、なんかドラッグをくれ、って言ってるヤバイ人みたいだなと思った。
「ないよ」
「ですよね」
「あんたがはあはあいってる疲れくらいなら、ポーション飲めば治るけど」
「そうなんですか」
とはいえポーションは100ゴールド。
1万円で疲労が消えると思ったらすごいけど、1万円の飲み物、飲める?
……でももう動けない。
しょうがない。
栄養ドリンク感覚でポーションを一気に飲んだ。
「おお!」
そうすると疲れが一気に和らいだ。
すごいぞポーション!
「やった、じゃあ、槍、ここに置いておくんで、見ててもらえます?」
「は?」
「じゃ」
槍、じゃまなんだよね。
僕は走って町にもどった。
それから武器屋に行って、いらない木箱をもらって。
ギルドでパンを買って。
ダンジョンへ。
入り口が見えてくると、女性が顔を出した。
「あなたさ。勝手に変なもの置いてかないでくれる?」
僕の槍を持っている。
「荷物番じゃないんだから」
「あ、すいません。これ、よかったら」
僕はパンの入っている紙袋をわたした。
「なにこれ」
彼女が袋の中を見る。
「ギルドのパンです。おいしいですよ」
「ふーん。気が利くじゃん。まあ、安いパンみたいだけど。お腹すいてるから食べてあげなくもないけど」
彼女はもぐもぐ。
「それじゃ」
さっきのところまで走っていく。
「はあ、はあ」
つらい。
「あ、ここですー」
彼女が手を振っている。
「どうも、はあ、はあ」
僕は木箱を置いた。
「だいじょうぶですか?」
「木箱って、結構、重いんだなって、思い、ました」
木箱に座ってひと休み。
「じゃ、いきましょう」
木箱に乗って、光っている剣の一部をつかんだ。
「う……」
しっかり刺さってる。
試しに、つかんで足を離したら浮いた。
「おお」
体をゆらしてみる。
すると、ずず、ずず、と動く感触があった。
続けて体をゆらしてゆらして。
「うわ」
急に抜けて、僕は尻もちをついた。
「ってー」
「だいじょうぶですかー」
とやってきた彼女が、幽霊が四つんばいになって迫ってきたように見えたので気を失いそうになった。
「あ、治った」
彼女の顔から金属片が消えていた。
すると、ダンジョン全体に、地震のようなゆれが起きた。
すぐに静まる。
「はいー。助かりましたー。これで第百ダンジョンとして、力を発揮できますー」
「そっか。……ええっと、僕、モンスターとの戦闘とかできないですけど、どの床をふんだらモンスターが出るかとか、教えてもらえます?」
「はいー、喜んでー! 宝箱もいっぱい開けてってくださいー」




