01 この子がダンジョン?
目を開けると、誰かが僕をのぞきこんでいた。
長い黒髪の、とてもかわいい子だ。
白いワンピースを着ている。
女子高生くらいだろうか。
夢?
「あれ? 君、どこから出てきたの?」
リアルな彼女の声に、僕は起き上がった。
「わっ、生きてた」
彼女が言う。
「ここは、どこ……?」
「え、私がわかるの?」
彼女は目を見開いて、後ずさりながら言う。
わかる?
なにを言ってるんだろう。
彼女が動きを止め僕をじっと見てくるので、目をそらした。
美少女と見つめ合うのは緊張する。
どこかの通路みたいだけど、コンクリートというよりは、石みたいな壁と天井だ。
天井がぼんやり光っていて、周囲の様子がわかる。
道は左右にまっすぐのびてて、どっちも五メートルくらい先で左右に曲がってるみたいで先が見えない。
僕は高校の制服を着ていた。
なんでここにいるんだろう。
「ねえ、ほんとに私のこと見えるの? すごいね! はじめまして!」
と手を出してくるので、立ち上がって握手をした。
「こんにちは」
「うわー、さわれるんだね!」
「はあ」
なに言ってるんだろう。
「あの、ここは、どこ?」
「ここは第一ダンジョンだよ!」
彼女は、人さし指を立てて言った。
「第一、ダン……?」
「第一ダンジョンはわかるでしょ? もう」
彼女は笑っている。
いや、わかりませんけど。
あと彼女の言葉に、たまに、どこかの方言みたいな、変なイントネーションが混ざることがあった。
方言?
「あなた、名前は?」
彼女が言う。
「僕は、田中ナリタカ」
「ナリタカ? ナリタカはどこから来たの? 変わった格好してるね」
変わった格好?
制服としてはふつうだと思うけど。
「東京から来たんだけど」
「トウキョウ? どこの国?」
「国じゃなくて……」
どういうボケだ。
というとき、足音が聞こえてきた。
通路の、右にのびた道の奥だ。
足音の主が顔を出した。
彼も同年代くらいか。
いや年齢はどうでもいい。
それより彼の格好!
右手に剣、左手に盾、体には鎧。
けっこう本格的なコスプレだ。
そういうの実際に見るのは初めてかも。
彼は僕に気づいて、こちらを見ながら歩いてくる。
そのまま彼女の背中にぶつかりそうになって……。
「あ、うしろ……」
するりとすり抜けた。
え?
彼女を素通りした?
「お前、なにやってんの?」
と彼は僕に言う。
「いや、あの」
「頭でも打ったか? ポーション代くれんなら、使ってやってもいいぜ」
そう言って、肩にかけていたカバンから、ヤクルトくらいの大きさのビンをひとつ取り出した。
中には透明な液体が入っている。
「いや、ケガはしてなくて」
「ふーん?」
彼はビンをしまう。
彼女は黙っていた。
「お前手ぶら? 格闘系?」
彼は僕の手元を見る。
僕にはなんの荷物もなかった。
すると彼の視線が僕の後ろの向いた。
「出た出た」
彼は剣を構え、早足で進んでいく。
振り返ると、通路の先、左側に曲がった方から、ぷよん、ぷよん、と透明なバランスボールみたいなものが出てくるところだった。
ゆっくりと、ぷよぷよ近寄ってくる。
「でかめのスライムだな」
彼は言った。
「スライム?」
コスプレの小道具だろうか。
というかあの、スライム?
どういう原理で動いてるんだろう。
透明で、中になにもないように見える。
スライム、ぷよんぷよんと三メートルくらいまで迫ってきた。
すると、大きく縮む。
ぽーん! とはねて、彼に突っ込んだ。
「よっ!」
彼は盾を突き出して受け止めた。
それでも勢いに押されて、おっとっと、とさがる。
「よっしゃ」
彼は剣を握り直し、スライムへ突進。
振りかぶった剣で真っ二つに切った。
両断されたスライムは、断面からキラキラと光を放ってから、ぷしゅ、と音を立てて消えた。
「よし、一匹目」
彼はくるりと剣をまわした。
「じゃあな」
僕が黙っていると、彼は、すたすたと先に行ってしまった。
スライムが来た側の方へ曲がって、見えなくなる。
僕はスライムが消えたあたりをさわってみる。
ただの床だ。
なんだったんだ……。
「スライム、見たことないの?」
彼女は言った。
黒髪ロングに、白いワンピースという彼女の姿。
かつ美少女。
……よくよく考えると、日常では意外に見かけないファッションだ。
そして、体がすり抜ける。
つまり……。
死んでしまって、成仏ができていない的な……。
「ねえ無視しないでよ。聞こえるんでしょ?」
「ひいっ!」
「なに! びっくりしたあ!」
「あの、成仏してください!」
僕は手を合わせた。
「え、なになに?」
「幽霊ですよね……」
「幽霊じゃないよ!」
彼女は怒ったように言う。
「じゃあ……?」
「私はダンジョン! この第一ダンジョンだよ!」
彼女は言った。
「は……?」