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吠えるライオン、夕暮れのオレンジ

 ぼくはもう嫌です! そう叫んだのかもしれません。パンナとナンナが一斉にぼくを見ました。ぼくは首を振って、これ以上は無理だということを姉妹に伝えて、立ち上がろうとしました。ずっと変な姿勢で座っていたせいでしょう、膝がひどく痛んだのです。その隙をつかれました!

「レオ、落ち着いて。あなた、すごいのよ。あの男はリデル・ネイションよ。わたしもナンナも今まで見つけられなかった、新しいリデル・ネイションをあなたは見つけたのよ。落ち着いて、レオ。あなたって本当にすごいんだから。ねえ、落ち着きなさいってば」

 ぼくの手を、パンナはぎゅうっと握っています。必死です。ぼくはもう少しでパンナを突き飛ばしそうになりましたが、パンナが思いのほか吹っ飛んでなにかの角に頭をぶつけて、死んでしまったらどうしようと心配になったので、パンナを突き飛ばしたい衝動をこらえました。ぼくはパンナを殺したいわけではないのです。ただ、ぼくから離れて欲しいのです。ぼくが去るのを止めないでほしいのです。こんなに近くにパンナがいます。なぜですか、パンナがこんなに近くにいるのです。なぜですか、ぼくはどうしてですか、ぼくはパンナと離れたいのですか、パンナ、ぼくがその気になれば、パンナ、貴女にぼくは、キッスをすることだって出来るのですよ!

「パンナ、ぼくにどうしてほしいのです? ぼくはどうすればいいのです?」

「落ち着いて、お願い、落ち着いて」

「落ち着いています。貴女が思っている以上にぼくは落ち着いています」

「もう少しだけ、お願い、もう少しだけ。もう少しで、あなたはリデル・ネイションが見えるようになるのよ」

「その前にぼくは吐いてしまいます」

 ぼくはナンナを見ます。雰囲気だと、ナンナの方が解りがよさそうです。ナンナは困ったような表情です。

「ナンナ、ぼくはこれ以上あの男の悪態を聞きたくはありません。頭がどうにかなってしまいそうです」

「でもね、レオ」ナンナはどう伝えるべきやら、と言った感じで首を振ります。「彼は何も言っていないわ。ただ、隅っこで黙々とお酒をあおっているだけよ」

「わかっています、そんなことは! 最初っから、わかっています! でも、聞こえるのです! 感じるのです! 彼がなんと言っているのかわかるのです! もう、ごめんです。まっぴらです……いいかげんに手を離せ、パンナ! その手を食いちぎるぞ!」

 ぼくは吠えました。吠えずにはいられなかったのです。パンナもナンナも目を丸くして、体を強ばらせています。ぼくを怖がっているのです。当然と言えば当然です。パンナとナンナ二人掛かりできたって、本気のぼくを止められるわけがないのです。ぼくがその気になったら、ナンナもパンナもひとたまりもないのです。弾けて飛ぶのです。だけどパンナ、ぼくはもうすでに吠えたことを後悔しはじめています。今日、ぼくが目覚めたとき、ぼくが貴女に吠えることになるなんて想像だにしなかったのです。さっき、貴女と出会えたとき、ぼくが貴女に吠えることになるなんて、誰も……それとも、神は知っていたのでしょうか。ぼくは知らなかったと思います。ただ、それだと神ではない……? 神は全てを知っていなければならない……?

「パンナ……声を荒げてしまい、すみませんでした。パンナ、ごめん、ぼくはゆきます」

 建物のなかは、やはり薄暗く、ひんやりとしてかびくさいのでした。お日様の光りを浴びたことがないのでしょう。お日様の熱を感じたことがないのでしょう。こんなところで、あの姉妹は……。なんだか、ふたりが哀れに思えてきましたが、これはさすがに失礼でしょうか。ぼくは見下していたでしょうか。ぼくはあまり見下したくありません。だけど、ぼくは見下てしまうのです。確かに唾棄すべきものも中にはいるのです。悪、と一言で済ませてもさしつかえないものもいるのです。そういう、恥知らずもいるのです。なかなかの数でいるのです。あのふたりは違います。ただただ信じるもののために、日々を送っているのでしょう。あんなに美しいのに。あんなにかわいいのに。見た目は関係ありますか? 本人たちはないと言うでしょう。ぼくには、あります。ぼくは男ですから、やはり水色のお尻に心を奪われてしまうのです。パンナ、もう貴女はぼくと話してはくれませんね? ぼくはどんな顔をして貴女と会えばいいのでしょうか。パンナ、笑ってくれませんか。次、会ったとき、笑ってくれませんか。ぼくも笑います。ぼくは笑います。


 オレンジの夕暮れでした。結局、ぼくは洗濯もしていないのです。後回しにした報いでしょうか。ナンナがぼくの部屋のドアをノックする前に洗濯を済ませていたら、ぼくはここで溜息をつく必要は無かったのです。仕方のないことです。ぼくの決断がかんばしくない結果を招いたことは、初めてではないのです。よくあることなのです。それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、ぼくの決断が素晴らしい結果を招くことだってあるのです。だから、仕方のないことなのでしょう。今日は全体的にかんばしくなかったですか? でも、パンナに近づきました。手を握られました。まだ感触が残っているのです。パンナが触れていた部分が特別な熱を帯びているような気がするのです。もしかすると、パンナ、ぼくを追いかけて来てるかもしれない——

 ぼくは突然に振り返りました。パンナが息急き切ってかけてくるような気がしたのです! ぼくの少し後ろにいた、ひとりの男と目が合うのです。ぼくはとても気まずいですが、男も気まずい顔をしているのです。何かばつの悪そうな顔をしているのです。

「やれやれ。気づかれちまったかい。あんた、なかなか勘がいいね」

 この男は何を言っているのでしょう? 変なやつです! ぼくはパンナだと思ったのです。こいつではないのです。なんだか嫌な感じのする男なのです。何か波長が合わないような感じなのです。ヤビトの言葉を思い出します。尾けられていた……? 胸の鼓動を強く感じます。痛いくらいです。どうすればいいのでしょうか。この男をどうすれば……。

「おっと、止めときな。と言うよりも、止めてくれ。あんたが暴れると、あんたはまずい立場に陥るし、おれだって愉快なことにはならないと思う。あんた、腹減ってるかい。メシでも食おうや。俺のおごりだ」

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